花嫁_4
この記事はマスクドnote企画投稿作品です。
【ピリスタチーム 4 小説】

御嫁に征きます。
御馬に乘り征きます。
稚ひ頃より共にゐた栗色の麗しい愛馬とも御別離です。
眸子が睫が濡れて暎るのは錯覚でせうか。
隣の隣の隣の町へ征くだけなのですけれど。
其れでももう死ぬ迄逢へません。
婚礼の御相手には、未だ逢ふてゐません。
御寫眞では、少し怖ひ鋭利な眸子でした。
壱等の長者ださうです。
隣町のダヰヱーの側迄来ました。
此処へはおたあさまと外商へ赴ひたことがありますが、此れより西の世をわたしは、一寸も識りません。
ダヰヱー西の境界線たる國道は、わたしの宿星を揺がす厖大な河です。
横断歩道は橋です。
信号の向うではぱちんこやたちのみや御馬の居ないけいばぢやう等、奇怪な建造物が奇怪な音を吐ゐてゐます。
わたしを見物するひとも数多居ます。
「綺麗な花嫁」
「花の首飾と髪留が似合ふ」
「今夜は彼の男が花弁を毟るのね」
「若ひのに不憫」
「富豪なら善ひわ」
等と、脣に手を添へてはゐますが昭々と聞へます。
直ぐ後ろで黒の御馬に乘る、端麗な微笑の凝固したおたあさまも、言葉こそ典雅ですが似たことを昨晩言ひました。
忘れてゐたか忘れたフリをしてゐたか、ダヰヱーより南、橙の屋根の家がならぶ新興住宅のひとつに、初戀の御仁が住まはれてゐます。
學校は別ですが、夏の御祭で、秋の区の運動會で御姿を視ました。
おたあさまの言ひつけを護り口ひとつ利いてゐませんし、元より彼の御仁は無口でした。
線は細く少女のやうですが、祭太鼓を叩かれたり、徒競走で周りを抜かれる様は、神の遣ひでありわたしの初戀の光でした。
御友達の處へゆくと嘘をつき壱度、彼の御仁の町へ独り征きました。
でも訪ねられる筈もなく。仮に逢へたとて、何が出来たでせう。
橙の屋根とダヰヱーのロゴに似た落陽が重なり滲んでをりました。
彼の御仁と、長者と、何処が違ふのでせう。
何も正体を識らぬ殿方なのは同じ。
わたしは未熟で膚浅です。
此れより河を橋を渡り、きつとわたしは大人へと羽化します。
如何なる遣方であれ、おたあさまが言ふのですから其れが善ひのです。
ダヰヱー前の赤信号が、靑に変りました。
たちのみやの御爺さんが指笛をならし頭がキヰンとしました。
わたしたちを見物する群の隙間に、彼の御仁の仄かに碧い眸子と桃色の脣が視へた氣がしました。
わたしは御馬を留めかけ、又進むやう促しました。
橋を、横断歩道を渡ります。
風が違ふやうに、感じます。
旅は始まつてゐるのです。
征き先が隣の隣の隣の町に過ぎなくとも。
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