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【ゴミムシの一生】

介護施設の廊下は、いつもどこか懐かしい匂いがする。古い洋服の匂いや、どこからか漂うお茶の香りが混じり合い、穏やかな時間を醸し出している。ある朝、入居者の佐藤さん(仮名)が車椅子から少しお尻を上げて、窓辺の床を指差した。「ほら、あそこ」と。彼女の声はかすれていたが、目は生き生きと輝いていた。指の先には、黒い小さな虫がモゾモゾと歩いている。「かわいいね」と佐藤さんは呟いた。だが、僕の目にはただの気色が悪い虫にしか見えなかった。覗き込んだ別のスタッフが、「ああ、こいつはゴミムシだね」と笑う。「ゴミムシ? そんな悲しい名前の虫いるの?」と僕が尋ねると、スタッフは肩をすくめて「まぁ、そういう名前がついちゃっただけよ」と答えた。

ゴミムシ。名前だけ聞くと、蔑んだような響きだ。ゴミのような存在なのか?それともゴミのそばにいるからなのか?名前の由来は分からないが、もし自分がそんな名をつけられたら屈辱的だろう。ゴミ人間。あれ?なんだかアウトローでちょっとカッコいいかも。

佐藤さんはまだその虫を見つめている。彼女の目は、80年以上の人生を刻んだ深い皺に縁取られながら、まるで子供の好奇心を宿していた。その視線は、ゴミムシの小さな動きを追い、どこか遠い記憶と重なっているようだった。

後で調べてみると、ゴミムシは甲虫目オサムシ科に属する昆虫の総称で、日本だけで1000種以上が生息しているらしい。その多くは夜行性で、昼間は落ち葉や石の下に隠れ、ゴミ溜まりに集まる小さな虫を捕食する。ゴミムシという名前は、どうやらゴミの中で見かけるからついたものらしい。ただ、ゴミを食べているわけではない。ミミズやカタツムリ、ヨトウムシなどの害虫を食べている。ゴミのような存在というよりも、むしろ畑や庭の立派な益虫えきちゅうだと言える。生態系の中では、土の中で害虫を抑え、作物を守る縁の下の力持ちなのだ。ゴミムシの名前とは裏腹に、彼らは自然のバランスを支える重要な役割を果たしている。

佐藤さんが指差したゴミムシは、地味な黒い小さな虫だった。でも、彼女の「かわいいね」という一言は、その小さな命の懸命さを見抜いた言葉なのかもしれない。認知症で、言葉が途切れがちな佐藤さんだけど、こういう瞬間、彼女の世界が少しだけ開いたように感じる。ゴミムシを見つめる彼女の目は、かつて子供たちと一緒に遊んだ、あの頃の土遊びを思い出しているのかもしれない。小さな虫の存在一つに、大はしゃぎしていた子供たちの笑顔が、佐藤さんの記憶のどこかで蘇っているのだろう。

少しして、佐藤さんがまた同じ窓辺を指差した。そこにゴミムシはいなかった。だけど、彼女は「いたよ」と微笑んだ。いたのはゴミムシじゃなくて、彼女の心の中の何かだったのか。彼女の目に映るのは、生き延びるために必死な虫たちの姿なのか。彼女の「かわいいね」は、そんな小さな努力に共鳴した言葉なのかもしれない。

介護の仕事は、命と向き合うことだ。入居者の命、スタッフの命、そして、ゴミムシみたいな小さな命。施設の床を這うあの虫は、誰かにとっては「ゴミ」かもしれない。だけど、佐藤さんには「かわいい」存在だった。ゴミムシは、ゴミの中で生きてるだけじゃない。ただそこにいて、自然の中で害虫を食べて畑を守る存在。佐藤さんも、認知症の中で生きてるだけじゃない。ただそこにいて、僕らに大切なことを教えてくれる存在。彼女の指先が教えてくれたのは、小さな命にも、ちゃんと物語があるということだ。

翌朝、今度は僕が窓辺でゴミムシを見つけた。僕はゴミムシを指差して「ほら、あそこ見て!」と急いで佐藤さんに教える。彼女は目を細めて、僕の指先に視線を移す。ゴミムシを確認した彼女は、掠れた声で「やだ、気持ち悪い。早よ取って!」と声をあげた。昨日「かわいいね」と言ったあの優しい瞳はどこへやら、今の彼女はまるで、苦虫を噛み潰したような顔だった。「かわいいね」も「気持ち悪い」も、きっと佐藤さんの本音だろう。その落差のあるギャップもまた、彼女の魅力なのかもしれない。

「早く!早く!」と喚く彼女の声を背に、僕は苦虫を噛み潰したような顔で、慌ててティッシュを取りに走ったのだった。


おしまい


#創作大賞2025
#エッセイ部門
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#ゴミムシの話


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