【創作】片足になったエイ
むかしむかし、あるところに一人のおじいさんが住んでおりました。
海沿いの小さな村で暮らすおじいさんは、毎日海岸へと足を運んでは貝殻を拾い、それを売ってなんとか細々と暮らしていました。
おじいさんのささやかな楽しみが毎晩の晩酌でした。安い焼酎を水で薄めてクイっとやるのがおじいさんの生きがいでした。
ただ、ここ最近はお酒を飲んでいませんでした。
ある日のことです。
おじいさんがいつものように海岸へ向かうと、岸辺でなにやら騒ぎ声が聞こえてきます。近寄ってみると、まるで海の落とし物のように打ち上げられた一匹のエイを子供たちが取り囲んでいました。
「目に見える部分が実は鼻の穴ってキモイんだよ!」
「口に見える部分が実は口ってそのまんまじゃないかよ!」
少年たちはそう口々にエイを罵り、容赦なく棒でつんつんしたりしていました。
おじいさんは、まるで笑っているたれ目のように見えるエイの鼻の穴をまじまじと見つめて、(確かにキモイなぁ……)と心の中で呟きながらも、いじめられているエイが流石に可哀想になりました。
「そこの子供たちよ。あまり生き物をいじめるでないぞ。エイの鋭い尾っぽには毒があるんだぞ」
おじいさんの話を聞いた子供たちは顔をひきつらせて「コイツ、毒があるの!? マジでキモー!!」と叫ぶやいなや、海岸から一目散に逃げていきました。
「やれやれ、もう海岸に打ち上げられるんじゃないぞ」
エイに優しく囁き、おじいさんがその場を去っていこうとしたその時です。
「お礼をさせてください!」
おじいさんの耳に、ハッキリと声が届きました。おじいさんは驚いて辺りを見渡しましたが、周りには誰もいません。首をかしげるおじいさんに、再び声が響きます。
「お礼をさせてください!」
よく見ると、足元でエイが、口のような口を動かして喋っているではありませんか。
え? エイが喋った? キモ……と、一瞬ドン引きしたおじいさんでしたが、「お礼」という甘美な響きが、持ち前の強欲さに火をつけました。
「あのう……お礼というのは?」
おじいさんは欲の塊のような目をギラつかせながら、エイに尋ねました。エイはまた口のような口で答えます。
「竜宮城ってご存知ですか?」
竜! 宮! 城! キターーーーーー!! おじいさんは心の中で激しくガッツポーズを決めました。あの酒池肉林で有名な伝説の竜宮城に自分が行けると思うと、おじいさんの中の湘南乃風が「Ah~! 真夏の jamboree! (レゲエ 砂浜 Big wave!)」と激しく騒ぎ立て始めました。
しかし、おじいさんには大きな心配事がありました。
実は先日受けた健康診断で、おじいさんはお医者さんからこう言われていたのです。
『おじいさん、あなたは痛風の一歩手前です。もう既に片足を突っ込んでいますから! お酒は絶対に控えてください!』
おじいさんは、(片足を突っ込んでいるなら、一歩手前じゃなくて、それはもう痛風なんじゃ……?)とも思いましたが、自分が痛風だなんて惨めすぎるので、そのまま「一歩手前」ということにして、自分の気持ちを都合良く整理しました。
おじいさんは痛風に恐怖を感じていました。
”風が当たるだけで激痛を感じるから__痛風”
そんな怖すぎる名前をつけた頭がおかしいヤツこそ、痛風になってしまえ! そんな風に思っていました。
そんなこともあり、最近のおじいさんは大好きなお酒もやめて、食事にも気を使っていました。今ここで竜宮城へ行って、酒池肉林を堪能してしまえば、これまでの努力は無駄になり、痛風に両足を突っ込んでしまいます。一歩手前どころか、二歩進んで完全アウトです。痛風乃風には絶対になりたくありませんでした。
おじいさんは泣く泣く竜宮城を諦めようとしました。
しかし、こんなチャンスは二度と訪れません。おじいさんの中の湘南乃風も「濡れたまんまでイッちゃってー!!」と陽気に唄いながら、タオルをこれでもかというくらいグルグルと回しています。
決めかねている様子のおじいさんに、エイが尋ねました。
「何か気になることでもあるのですか?」
「本当は、今すぐにでも竜宮城へ行って jamboreeしたいのじゃが、実はわし……痛風に片足突っ込んでおるんじゃ」
悲しそうな顔で俯くおじいさんに、エイは思い切った提案をしました。
「では、僕の片足を酒の肴にしてはどうでしょう?」
「片足を!?」
エイは力強く頷いてひっくり返ると、自分の腹をおじいさんに見せました。
「ここにあるのが、腹ビレと言って、海底ではこれを使って歩くように泳いでいます。つまり、僕にとって腹ビレは足みたいなものです」
おじいさんはエイの下腹部を見つめました。そこには翼のようにヒラヒラとした二つのヒレが柔らかく揺れていました。まるで短くて丸い足が覗いているかのように見えます。
「腹ビレは、コラーゲンがたっぷりと含まれているのに、とっても低脂肪なんですよ。焼いて乾燥させたエイヒレは、お酒のつまみにピッタリなんです! きっと、おじいさんの痛風にも悪くないはずです!」
おじいさんは、エイヒレでお酒を飲んでいる自分を想像しました。噛むほどに広がる魚介の強い旨味を、図々しいほど無遠慮にアルコールでガッと喉に流し込む。それはもう至福の時間に違いなく、お酒がどんどん進むに決まっています。
おじいさんは思わずゴクリと唾を飲み込みました。
「でも、ええのか? お前は片足になってしまうんじゃぞ?」
「大丈夫です。助けてもらったお礼をしたいのです! それに水中ですから、片足でも不自由なく動けます」
おじいさんはエイのありがたい提案を受け入れることにしました。
こうして、おじいさんはエイの背中に跨がり、竜宮城へと向かいました。
エイの背中にはギョロリとした本物の目がついており、おじいさんは(うわあ……キンモ……)と思いましたが、自分のために片足を差し出してくれる心優しいエイに、そんなことは口が裂けても言えませんでした。
海の中をしばらく進むと、豪華絢爛な建物が姿を現しました。
「こちらが竜宮城です」
おじいさんとエイが竜宮城の中へと進むと、受付のようなカウンターがありました。
エイは受付にいたカサゴに「お一人様。飲みホとエイヒレプランで」と手慣れた様子で耳打ちしました。カサゴは少し口角を上げて「……かしこまりました」と深く頷き、おじいさんを奥の座敷へと案内しました。
竜宮城の中はどこを見ても煌びやかに輝いており、おじいさんはまるで夢の中にいるようでした。思わず頬をギュッと強くつまんでみましたが、しっかりと痛みを感じて「夢じゃない」と安心しました。
大理石のテーブルに案内されたおじいさんの元に、美しく着飾った女性が静かに歩み寄ってきました。
「竜宮城オーナーの乙姫と申します。うちのエイを助けていただきありがとうございます。本日のお代は結構ですので、どうぞ楽しんでいってくださいね」
乙姫はそう言って、高級感溢れるお皿をテーブルに置きました。そこには、香ばしく焼かれて乾燥されたエイヒレが乗っていました。
おじいさんの脳裏に、あのエイの笑った顔が浮かびます。目だと思っていたのが、実は鼻の穴だったことを思い出して、キモッと一瞬思いましたが、目の前のエイヒレからは芳醇な香りが漂ってきました。
おじいさんはエイヒレに辛子マヨネーズをたっぷりと付け、口の中へ一口放り込みました。そして、キンキンに冷えたハイボールを一気に喉へと流し込みます。
おじいさんの五臓六腑に、エイヒレの奥深い塩味と久々のアルコールが染みわたっていきました。
「うまい!!」
おじいさんの口から、歓喜の叫びが思わず漏れ出しました。
その様子をフロアの影から見守っていたエイは、満足そうに微笑むと、二つの腹ビレを上手に使って、スイスイと優雅に泳いで竜宮城を後にしました。
それからおじいさんは、エイヒレを最高のつまみに、ハイボール、生ビール、焼酎、日本酒と、まるで理性をどこかに落としたかのように一晩中飲み明かしました。
……そして、いつの間にか寝落ちしていました。
翌朝。
目を醒ましたおじいさんの枕元に、一枚の紙が置かれていました。紙を拾い上げると、そこには”請求書”と書かれていました。
【宿泊代 1,000,000円】
「いちじゅうひゃくせんまん……ひゃ、ひゃくまんえん!!」
おじいさんが驚いて飛び起きた瞬間、足に激痛が走りました。
「イタタタタ……」
おじいさんは昨晩の不摂生がたたり、片足どころか全身を痛風に浸らせてしまったのです。おじいさんは完全に痛風乃風になったのです。
足をスリスリと擦るおじいさんの横には、あの乙姫が立っていました。
「これはどういうじゃ? たしか、お代は無料のはずじゃろう?」
おじいさんは乙姫を問い詰めました。
「昨晩、飲み食いした分はもちろん無料でございます」
「じゃあ、この百万円は一体なんなんじゃ!?」
乙姫は全く動揺することなく、おじいさんの目を真っ直ぐに射抜いて言いました。
「宿泊代でございます」
冷徹に淡々と言い放つ乙姫の言葉に、おじいさんは何を言っても無駄だと悟りました。
まるでスローモーションのように膝から崩れ落ちるおじいさんの脳裏には、エイの笑った顔が浮かんでいました。
(キモォ……)
その日から、おじいさんは借金返済のために、馬車馬のように竜宮城で働かされました。
痛風による足の痛みに耐えながら、尿酸値を落とすため慎ましい生活をするおじいさんでしたが、なぜかエイヒレだけはやめられませんでした。
竜宮城のエイヒレは法外な値段で売られていましたが、おじいさんは今日もまた買ってしまうのでした。
もはや、おじいさんはエイヒレを買うために働いているようなもので、借金は減るどころか利息がかさみどんどんと膨らんでいくのでした。
おじいさんは竜宮城ではなく、地獄に落ちてしまったのでした。
海沿いの小さな村の海岸では、今日もまた落とし物のように、エイが打ち上げられていましたとさ。
おしまい
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こちらの企画に参加しています。
今回の【チャレがや】のテーマは『おとしもの』。
創作同期のくまさんが『片脚のポルカドット・スティングレイ』という美しく切ない物語を創作大賞に応募されました。
このお話が本当にすごくて面白くて、創作同期の僕も「負けてられない!」と思い、『エイ』のお話を書かせてもらいました。
今回のお話はくまさんの秀逸な作品とは全く関係ありません。くまさんの書いた物語はおふざけなしの本当に素晴らしい作品です。是非ご一読ください。
コッシー
