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【ハッピーハロウィンだったらいいな】

ハロウィンが近づくにつれて、施設の廊下やロビーに派手な飾りつけが施される。オレンジと黒のガーランドが天井から垂れ下がり、壁にはコウモリやお化けのシルエットが貼り付けられる。そして、玄関の正面に置かれたかぼちゃのモンスター・ジャックオーランタンが、イタズラっ子のように笑っている。

この季節になると、いつも決まってある一人の入居者を思い出す。ハロウィンの日に亡くなった人だ。目を閉じると、僕の脳裏にはあの人の笑顔が浮かぶのだった。


うちの施設は開設から10年以上が経っている。これまでに、多くの方の笑顔や思い出が生まれた一方で、悲しい別れも何度か経験してきた。突然の急変により入院先で旅立たれる方もいるが、朝の静かな時間に息を引き取られる方もいる。まるで夜の静寂に身を委ね、穏やかに旅立つことを選んでいるかのように。

島さん(仮名)という女性入居者も、そんな朝の静けさの中で天国へと旅立った。彼女を思い出すたびに、僕の心に温かな光と切ない痛みが同時に広がるのだった。

島さんはいつも太陽のような笑顔で、大きな声で「おはよう!」と声をかけてくれる。「おはよう! 今日も元気だね、島さん!」と返す僕に、ニヒヒと笑うその表情は、まるでハロウィンのジャックオーランタンのようだった。とても94歳とは思えないほど若々しく、車椅子を自ら操作して縦横無尽に施設内を動く。頭も衰えを知らないほどシャープで、いつもユーモアに満ち溢れていた。口が達者で、僕やスタッフを笑わせてくれる施設のムードメーカーだった。

島さんのお子さんはすでに他界されていた。お孫さんが定期的に施設を訪ねてくるのが、彼女の大きな楽しみだった。
「お婆ちゃんがいつもうるさくて、ホントすいません!」と大きな声で言うお孫さんの姿に、島さんの血が確かに流れていると感じる。


あれは数年前の10月30日のことだった。島さんはその日、いつも以上に元気だった。「おはよう! 島さん!」と声をかける僕に「ねぇ、あんたはいつデートに連れてってくれるんだい?」と目をキラキラさせて軽快に笑う。僕も負けじと「明日はハロウィンだから、仮装デートでもする?」と返すと「火葬場に行けってか!?」と、島さんらしいブラックジョークで周りを爆笑の渦に巻き込む。彼女の笑顔はいつも周囲を明るく照らしてくれるのだ。

その日はお孫さんも施設を訪れてくれた。島さんの部屋にハロウィンの飾りつけをしてくれる。タンスの上に置かれた小さなジャックオーランタンの人形を見た島さんは「わたしは本物のかぼちゃが食べたいけどねぇ」と冗談を飛ばす。しかし、目を細めて嬉しそうな表情をみせる。
お孫さんと一緒に豪快に笑い合う姿はあまりに元気で、明日のハロウィンは本当に一緒に仮装して街を歩けそうな勢いだった。

島さんやお孫さん、そしてスタッフたちの笑顔を見ながら「この時間がずっと続けばいいな」と僕は思っていた。

しかし、翌日の10月31日、ハロウィンの朝だった。島さんは静かにこの世を去ったのである。

朝、島さんの部屋に訪れたスタッフから連絡が入る。なんとなく胸に冷たい予感を抱いた。スタッフは震える声で僕に告げた。
「島さんが……息をしていません」
僕は急いで島さんの部屋に向かった。ベッドに横たわる彼女は、まるで穏やかな夢を見ているかのような安らかな表情だった。すぐにかかりつけ医とお孫さんに連絡をする。
施設に到着した医師が寝ている島さんの脈をとったり、眼光を確認したりと診察を施すが、数分後に島さんの死亡が確認された。
「とても穏やかな顔ですね。おそらく苦しまず、眠るように亡くなったと思います」
医師は静かに言った。島さんの最期が安らかだったことに、少し救われた気がした。

しばらくしてお孫さんが駆けつけてくれた。島さんの穏やか表情を見て、涙を流しながらお孫さんは呟いた。
「昨日が本当に幸せだったんだなぁ……。お婆ちゃん、いい顔してる」
お孫さんの言葉に、胸が熱くなった。こみ上げてくるものを必死で抑えた。お孫さんの愛情に満ちた言葉が、安らかに眠る島さんに届いて欲しいと心から願った。


こうして島さんは、ハロウィンの日に天国へと旅立った。だが、島さんの存在が消えることはない。島さんは確かにここにいた。そしていつも僕らを笑顔にしてくれた。
お孫さんのご厚意により、島さんの部屋に飾られていたジャックオーランタンの人形は、施設で引き取らせていただいた。毎年ハロウィンの時期になると、その人形を施設に飾っている。
「施設に飾るんだったら、もっと高いヤツ買ってもらえば良かったわ!」
そう言って、ジャックオーランタンのように笑っている島さんの顔が目に浮かんだ。


島さんが本当に幸せだったかどうかは、今はもう知ることはできない。だけど僕は思う。きっと島さんなら、ニヒヒと笑いながらこう言うのだろう。
「わたしの死に顔見れば分かるでしょ!」

今年もハロウィンがやってくる。天国にいる島さんがハッピーハロウィンだったらいいな。


おしまい


#秋だからやってみた
#ハロウィン

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