トレンド記事に挫折した私が、noteで「自分だけのネタ」を見つけるまでー外の世界に正解を求めるのをやめたら、書くことがまた救いになった話
外を見続けていた私が、自分に戻るまでの記録
書くネタがない。
書くことが楽しかったはずなのに、いつの間にか苦しくなっている。
そんな声をよく見かけます。
私もまさにそうでした。
ブログを書いていた頃は、
「今日は何を書こう」
「これで合っているのかな」
と、常に正解を探していました。
でも今、noteでは不思議なくらいネタに困ることがありません。
この差は何だったのか。
何が、あの頃の私を苦しめていたのか。
私が自分を取り戻すまでの記録を、ここに残します。
🌿書くことは、もともと救いだった
最初にブログを始めた理由は、とても個人的なものでした。
誰かに相談するのは苦手。
嬉しかったことや「こうしたらよかった」
という話も、話し方を間違えると
マウントだと思われてしまう。
だからブログは
自分の気持ちを言語化して吐き出す場所。
自分を取り戻すための場所でした。
書くこと自体は、好きだったんです☘️
🌿「稼がなきゃ」と思った瞬間から、ズレ始めた
コロナ禍をきっかけに、意を決して受けたブログコンサル。
学んだのは「トレンド記事」の書き方でした。
手法としては、たしかに理にかなっています。
でも、どうしても書けなかった。
たとえば芸能人の結婚、離婚、不倫。
世の中にニーズがあるのはわかる。
でも、私の心は1ミリも動かないのです。
そもそも私は、誰かが傷つくかもしれないことを追いかけ回して、それを消費するようなメディアのあり方そのものが、好きになれませんでした。
「甘えだ」「割り切れ」
そう自分に言い聞かせようとするほど、書けない自分が無価値に思えてきました。
楽しかったはずの「書くこと」が、いつしか苦痛な「作業」に変わっていったのです。
🌿なぜか、noteでは書けてしまう
noteを始めた最初の目的は、
神社参拝の記事をまとめることでした。
参拝記事は、私にとって
魂の成長記録のようなものです。
あがきながら生きていた証を
いつか子どもに残したかった。
参拝した神社を振り返って書く時間は
とても楽しくて
あのとき感じた空気や感覚が
自然とよみがえります✨
「これを誰かにも感じてもらえたらいいな」
そう思いながら書いていました。
🌿日常のことを書き始めて、気づいたこと
最近は、神社だけでなく
日常の気づきも書いています。
「役に立つ記事を書かなきゃ」
という思いは、頭のどこかに残ったままでした。
でも
「ひとりくらい、何か感じてくれる人がいたらそれでいいよね」
そんな軽さで書いてみたら
不思議と、言葉が出てきたんです✨
そして、ここでようやく
昔コンサルに言われた言葉が腑に落ちました。
あとになってわかったのですが、コンサルの言葉は間違っていませんでした。
私が「アンテナを向ける方向」を間違えていただけだったのです。
ここから先は、
「自分には書くネタなんて何もない」
「毎日同じことの繰り返しで、発信することがない」
と感じている方にこそ、読んでほしい内容です。
私がどうやって日常からネタを拾い上げているのか。
具体的な「視点の切り替え方」についてお話しします。
ここから先は
¥ 150
いただいたチップは、神社へのお賽銭として大切に納めさせていただきます。 受け取った感謝を、また次へ巡らせていきたいと思っています。
