研究と水の流れ
5月も間もなく終わり、気温も20℃を超える。緑が映え、リスやウサギが顔を出す、カナダらしい季節がやってきた。その中で週明けの指導教官とのミーティングに向けて、ここ1か月を振り返っていた。
今回の報告は、Behavioral Theory of the Firm(BTF)と呼ばれる理論について深く学んだことである。この理論は、組織学習やイノベーション研究の源流にあたり、認知心理学を基盤とした理論である。
組織の行動を学ぶ上で知るべき理論の一つで、サイモン、マーチ、サイヤートといった著名な研究者が、この理論の発展に貢献した。
この理論を学ぶ中で、この「源流をたどる」というプロセスが、水の流れに似ていると思った。
以下は、うまく言語化ができていないものの、あえて残すことで、今後の振り返りに役立せる意味で記載することにする。
BTFを見ていく中で、研究とは川の流れを時としてさかのぼったり、下ったりすることではないかと思った。源流から流れる川は、さまざまな養分、つまり理論や概念(例: 組織学習)が交わりながら、河口へと近づいていく。
論文において大切なのは、どのような川が交わり、一本の川となっているのかを確認していくことではないと思う。そのプロセスには、時として別の川をさかのぼり、その養分が何かを確かめる作業も含まれる。こうして行ったり来たりした先に、論文という一つの結果が生まれる。
多くの論文を読みながら感じたのは、源流に近い論文もあれば、河口に近い論文もあることである。ただ、どの論文にもそれぞれの場所から水の流れをつくり、やがて海へと流れていく。
そして、その海で日々戦っているのが、マネジメントで言えば実務者である。実務者はこの大海原のような、ゴールがはっきりとは見えず、多くの目的地を設定できる世界の中で、日々判断をしている。
責任者は、時として天候といった外部環境に左右され、不確定でありながらも、目標に向かって舵を取る。
組織が船なら、その船員は従業員である。失敗が容易には許されないシビアな世界で、実務者は舵を取り続けている。
と、ここまで、源流から河口までの流れを研究に例え、その先に広がる大海原を実務に見立て、水の流れとして表現しようとした。一方で、自分でもまだ納得のいく説明に至っていない。
オタワに来て、この夏で1年になる。自分の中での博士課程、組織研究者、そして論文執筆について、今回のように言語化しながら、よりわかりやすい表現ができるようになっていきたい。

