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ものごとの当たり前について

平均気温が氷点下だった時期から早4か月、昨日は30℃を超える夏日になった。あれだけ待ちわびていた春から、気がつけば半袖が当たり前の生活に変わった。

この季節を当たり前に思わずに、感謝して生活しなければ…

そんなことを考えながらキャンパスを歩いていると、西洋風の建造物が当たり前になっている自分に、はっとさせられた。

この6月上旬、とても心を動かされた文章を読んだ。それは日本のセパタクローチームの成長の軌跡について書かれていた。

文章の中には「その出来事にビックリしなくなったころに夢は叶う」という言葉があった。この背景には、今シーズン協会発足36年目にして、世界屈指の強豪国であるタイに、日本代表がストレート勝ちした事実が記載されていた。

これまで数十年、日本のセパタクローチームは、厳しい環境の中でも、強豪国タイの背中を追い続け、着実に力をつけてきた。この期間には、打ちのめされたことも、(サッカーW杯のブラジル戦のように)近くて遠い強豪国との距離に、もどかしさを感じたこともあったはずである。

私とセパタクローの接点は、小さな頃にテレビで紹介されていただけにとどまらない。2018年アジア大会で、当時仕事で選手村に入っていた時、日本チームが銀メダルを獲得した勇姿を見届けることができた。

あくまで仕事の一環だと、一喜一憂しないように心掛けていた中でも、彼らの姿に感情が揺さぶられた。それは、選手村という寝食をともにする空間で、チーム全体、協会、スタッフ、選手の皆さんが一体感を持って競技に取り組む姿を見てきたからであった。特にスタッフの方々の献身は、仕事をしていて学ぶことばかりであった。

あれから約8年。そんな背景があったからこそ、この文章の「その出来事にビックリしなくなったころに夢は叶う」という言葉が刺さった。

私は現在、憧れの指導教官のもと、オタワ大学で学問に励んでいる。3年前、大義を掲げて前職を退職したにもかかわらず、大学院から合格を得られない時間が続いた。その期間、何者でもない自分がふがいなく、人に会うことが怖くなった。だからこそ、初めてキャンパスに足を踏み入れたときの高揚感、オタワの街の美しさに驚いた気持ちは忘れられない。

そして今、私はこの街とキャンパスにいる日常が当たり前になっている。これから数年後、博士号を取得した自分にも、ビックリしなくなる日が来るように、これからも努力を続けていきたい。

この秋、愛知・名古屋で行われるアジア大会にセパタクローチームが出場する。モチベーションを与えてくれた感謝とともに、競技はもちろん、自分と同じ36年を歩んできた協会の時間を噛みしめながら応援していきたい。


修士号時代の友人と訪問したケベックシティ(いい天気!)

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