見出し画像

AIの台頭と人間の意思決定

組織の学習を研究する上で、AIや機械学習の論文に触れないわけにはいかない。その中で、私の博士課程の審査委員の先生から紹介された、Balasubramanianらが執筆した論文が興味深く、noteに残しておこうと思った。

Balasubramanianは、現在、オハイオ州立大学に所属する研究者である。彼らが執筆した『Substituting Human Decision-Making with Machine Learning: Implications for Organizational Learning(2022)』は、人間の学習と機械学習の違いを、組織学習の視点からわかりやすく説明している。

彼らが強調するのは、私の理解では「それぞれの長所と短所を理解したうえで、機械学習を用いる場合にはさらに頭を使って考えよう」ということであった。

この研究の主張は、人間の意思決定を機械学習に置き換えると、組織内のルーティンの多様性や、その背景にあるニュアンスやノウハウが失われ、組織学習の近視眼性が強まる、というものである。

と、少し小難しい説明になってしまったが、要するに、機械学習は人間を上回る高度なデータ処理や統計的な予測には優れている一方で、雰囲気を理解したり、将来起こり得る変化まで考えた判断には限界がある、ということである。

実際に、論文内のシミュレーションでも、機械学習は短期的には高い成果を示すものの、環境が変化したり、物事が複雑に関係し合う状況では、人間の学習や適応性が長期的に上回る可能性が示されていた。

この論文を読んで私が思い浮かべたのは、6月に報じられた読売巨人軍・阿部元監督の退任をめぐるニュースであった。家族内での喧嘩について子どもがChatGPTに相談したことをきっかけに、事態は阿部元監督の逮捕にまで発展した。その後、子ども自身が報道機関を通じて、自らの判断が浅はかであったと認めたものの、最終的には阿部元監督が騒動の責任を取って職を辞するという、誰も得をしない結果となった。

ここまで論文に合わせて「機械学習」と述べてきたが、ChatGPTを含む現在のAI全般にも通じる議論だと思う。

もちろん、このニュースの出来事をこの論文だけで説明することはできない。ただ、AIの回答をそのまま受け入れるのではなく、その場の状況や文脈、その先に起こり得る影響まで人間自身が考えることの大切さを改めて感じさせられる事象だった。

今、世間は機械学習を含むAIを積極的に活用しようという流れが強い。確かに、かゆいところに手が届くし、検索にかかる時間も大幅に短縮してくれる。特に、留学中の勉強では私自身も大いに助けられている。

ただし、この「助けられている」という感覚は、あくまで自分がAIを使いこなしているという意識の中で持たなければならない。だからこそ、「AIに使われてはならない」という言葉の本当の意味は、目先の効率や利益だけを追い求め、その先にある落とし穴を見落とさないように、という忠告なのだと思う。

AIに助けられる時代であると同時に、自分自身の自立と自律が、これまで以上に求められる時代になってきている。


カナダグースの行進

いいなと思ったら応援しよう!