宇宙人とか狼とかプリキュアとか、母という冒険は、まだまだ続く。
――17年前の私へ
診察室で医師に言われたよね。
「子どもは、難しいかもしれません」って。
「やっぱり、そうか」と、どこかで納得していた。
自分の親とうまくいかなくて、
「親になる」という言葉に、どこか苦い気持ちを抱いていたよね。
子育てって一人でできないし。
そんな思いから他人と深くつながることに、
少し臆病になっていた。
だから、「母になる」なんて
自分とは関係のない世界だと思っていた。
まぁ夫と二人で生きていけばいい。
そう思って小さな家を建てた。
二人だけで住む家を。
けれどね——人生って、本当に思い通りというか、
脚本どおりにはいかない。
このあとあなたは、まさかの展開を迎える。予告なしの、超大作SFヒューマンドラマ。
タイトルは『母という冒険』
主演、あなた。
そう私。
結婚10年目に妊娠がわかって、
「えーーー!!!」と叫びながら、嘘でしょ? っと思いつつ、
ちゃんと、子どもと向き合おう。と、スイッチが入った。
とはいえ、子供とか赤ちゃんのことなんて、まったくわからない。
まさに
未知との遭遇。
それが、私の“母という冒険”のはじまりだった。
捕らわれた宇宙人、母になる
出産のあと、私は立ち上がれなかった。
ひどい難産だった。
高熱は下がらない。
気持ちが悪い。
ベッドの上で何度も体を起こそうとして、まるで重力が十倍になったみたいに、全身が言うことを聞かなかった。
「子どものころ本で見た捕らわれた宇宙人みたいだな」
そんなふうに思いながら、看護師さんに引きずられながら病室へ戻った。
そこの産婦人科名物の「出産後のご褒美フランス料理」も、楽しみにしていたのに、疲れすぎて一口も食べることができなかった。

自宅に帰ってからも、
立ち上がれず、四つん這いで家の中を動き回った。
床に落ちたタオルを拾い、泣く娘と転がって過ごす日々。
電気をつけることができず、真っ暗闇の部屋の中で目だけギラギラと輝かせ娘のオムツを変える。
「私はいったい何の動物だろう」と笑ってしまった。
狼の母親が、巣の中で仔を守っているみたいだった。
鏡に映る自分を見る。
ボサボサ頭に憔悴しきった顔。
「いやぁ……ひどい」とつぶやいた。
でも、腕の中の小さな命は、私を見つめニコニコしていた。
私も、ヨボヨボした風体で娘にとびっきりの笑顔で見つめ返した。
ほぼワンオペ育児。夫が帰宅するまでは私と娘だけなのだから、たくさん笑って過ごしたいと思った瞬間だった。
笑いながら、変身をくり返す
「おっぱい!」
娘がそう叫び、
周囲が一瞬静まり返った。
スーパーのレジ前で、指をさされて私は苦笑いする。
どうやら、私は「おっぱいの人」として紹介されたらしい。
娘はおっぱいが大好きだった。
母乳育児は楽と言えば楽だったけれど、私がいないと娘の食事は成り立たない。
なので本当にいつでも一緒だった。
そのせいなのか、娘が言葉を話し始めた第一声は「ぱいっ!」だった。
「とぉおちゃん」と夫のことを呼びはじめたのに、ずっと私は「ぱい!」または「おっぱい!」と呼ばれ、友達や、お客さん、見知らぬ人に「おっぱい」と娘から紹介されていた。
「こちらが、おっぱいの人です!」みたいに。

やがて娘から「かあちゃん」と、呼ばれるようになった。
そんな日々の中で、テレビに映る女優さんたちはまぶしいほどに美しかった。
娘はどういったわけか、その画面を指さして「かあちゃん!」と言う。
どう見ても違うけれど。
1ミリも似ているところはないけれど。
CMに出ていた美しい
キャサリン・ゼタジョーンズさんも、
テレビ番組の神々しい美輪明宏さんも、
MVに出てくるドラァグクイーンも、
なんかキラキラしている人がテレビに映っていると、娘は猛スピードで画面の前まで行き、指をさして「かあちゃん!」と言ってくれた。
いったい娘の目に私はどのように見えていたのだろう……。
めんどくさがりの私と夫。
2人で過ごす最高な時間は
自宅で読書、映画鑑賞だった。
そんな私たちは、娘が3歳になったとき、初めてハロウィンという行事を経験することになる。
ハロウィンなんてしたことがなかったのに、娘と同級生のお子さんがいる友達に誘われ、ハロウィンパーティーに参加することになった。
「何になりたい?」と娘に聞くと
「プリキュア」って目をキラキラさせて言ってきた。
そのころ、スイートプリキュアを家族そろって毎週見ていた。
プリキュア……。
そうね、っと夫と頷きあい、
娘のためにプリキュアに変身した。
鏡の前で「似合ってる?」と聞くと、娘は嬉しそうに何度もうんうんと頷いた。
その姿が可愛くて!
その瞬間、自分の何だかわからないプライドとか、そういったものが砕け散り、世界がちょっとだけ明るくなった気がした。

夫と娘のプリキュア
娘のおかげで、毎年仮装をするようになった。

ルージュラ私
娘はサトシだった
幼稚園では、役員になった。
副会長になったものの、仕事で忙しく、
いろんな人に助けてもらってばかりだった。
いろんなママさんたちと仲良くなって、人が好きになっていった。
秋祭りでは忍たま乱太郎の格好で、
「みんなー!息を吸ってー!」と指導した。
私はヨガレッスンも仕事にしていたため、
乱太郎になり舞台の上から親子ヨガを教えることになったのだ。
観客席の娘が、誇らしげに笑いながら夫と一緒にヨガをしている姿が目に見えた。
もらった写真はなんだかシュールな感じだった。

子供たちに大人気だった
……よかった
ベリーダンス、そして家族でステージへ
ある日、なんだかすごく体を動かしたくなり、健康のためにベリーダンスを習い始めた。
腰に巻いたヒップスカーフのコインベルトがしゃらんと鳴るたび、
忘れていた「自分の体のリズム」が戻ってくる気がした。
「かあちゃん、わたしもやりたい!」
娘がそう言って、幼稚園に入ると同時にベリーダンスを習い始めた。
どういったわけか、夫まで巻き込み、
気づけば家族全員でベリーダンスの発表会に出ることになった。
スポットライトの下で、揺れる衣装と、笑い声と、しっかりと交わす視線。
その夜の私たちは、ただの家族じゃなくて、一座のように、ひとつの物語を踊っていた。
野外でも屋内でも娘と、(時々夫とも)踊った。
数年後、ベリーダンスの大会で賞をもらうくらい、
娘のほうが私より上手になった。

踊った日は野外だった
涙の日々と笑顔になるまで
小学校高学年になり娘は、つらい経験をした。
でも、娘のまわりには、私や夫、友達、
そして今まで出会ってくれた多くの人がいて、
力強く、優しく応援してくれた。
いただいた温かい言葉を娘に伝える。
娘の悲しみが少しでも癒えるように、たくさん娘と話し合った。
そして、自分の子供がつらい時、
そのつらさを全部変わってあげたいと思う気持ちを学んだ。
私が病気で倒れたとき、
いちばん強かったのは娘だった。
「大丈夫だから、母ちゃん。絶対よくなるよ!」
その言葉が、どんな薬よりも効いた。
今思い返すと、娘にすごくつらい思いをさせてしまったと、情けなくなる。
「どんな母ちゃんでも大好きだから」
小さかった娘が私より大きくなって抱きしめてくれた。
現在治療法がないけれど、痛みもしんどさもある体でも、楽しんで生きよう、そう思えたのは娘のおかげだ。
そして娘が体調を崩した日、
今度は私が娘を抱きしめた。
苦しい思いを全部聞いて受け止めた。
毎日毎日、たくさんいろんなことを話し合った。
「二人で楽しく病んでいこう! いつだってなんだって母ちゃんの宝物さんだから」
そう娘に伝え、
泣きながら笑い合った夜のことを、今も鮮明に覚えている。
そして世の中には
娘の成長を楽しみにしながら
あたたかく親戚のように
接してくれる素敵な大人がいることも知った。
娘を育てるまで、子供と接点がほとんどなかった私は、
出会ってくれた優しい人たちから、
娘と共に、たくさん愛情をいただいている。
感謝の気持ちいっぱいなのだ。
そして、いま
いま、あの小さかった娘と並んで、
絵を描いたり、童話を書いたりしている。
ジャスミンティの香りが漂うリビングに、ペンの音と笑い声が混ざる。
娘が赤ちゃんの頃、絵本を読み聞かせながら、
「はやくたくさんお話したいね」と何度も何度もつぶやいた。
その願いは、17年かけてゆっくり叶っていった。

絵を描いたり
お話を作るのが大好きな娘

字を覚えて
お手紙をくれた娘
サンキャッチャーの虹が広がるリビングで「このセリフ、どう?」と相談し合う。
今では娘が指揮を執り作品を作っている。
二人で空想の世界を話し合う時間が大好きで幸せ。
一緒に本を作ろうね! と、目標をもって楽しんでいる。
人生って何がおこるかわかんない!
そう強く思った。

ぐらすらんどわーるど
というユニットを組み
作品を作っている

二人で表彰式に参加した
母という冒険は、まだ続く
私は自分を、
飽き性で、責任感がなくて、いい加減な人間だと思っていた。
でも、娘のことだけは、
誰よりも一生懸命に愛してきた。
今も、愛している。
泣いたり、笑ったり、怒ったり——
その全部が、まるでカラフルな絵の具で描いた絵のように、ときにぐちゃぐちゃで、ときにキラキラしていた。
17年の時間が過ぎて、いま思う。
完璧じゃなくても、
立派じゃなくてもいい。
母になるって、
「完璧じゃなくていい」を受け入れる力のことだったんだと。
そして、17年前の私へ
あのとき、「子どもは難しい」と言われて、ああ、やっぱりか、と静かに思った私へ。
あなたが親とぶつかり、愛し方を探していた時間は、全部、この17年に意味を与えるためのプロローグだったんじゃないかな。
宇宙人にも、狼にも、プリキュアにも、忍たま乱太郎にもなって、
その日その日を必死に生きてきて、
たどり着いたのは、
「母ちゃん」という、最高に面白い自分だよ。
あなたの物語は、
ちゃんとここまで続いている。
無条件に、こんなにも自分を大好きでいてくれる可愛い娘に会えた。
無償の愛を娘から学ばせてもらった。
辛いことなんて、どうでもよくなるくらい、たくさんの幸せをもらった。
命を懸けて守る気持ちを、知ることができた。
おかげで私も、バージョンアップし続けている。
とにかく、よく頑張った!
えらい!
大好きな娘を褒めるように、
自分のことも褒めてあげたい。
高校生になった娘は、新幹線や飛行機に乗って、どこまでも行けるようになった。
いろんな事を学び、全国に友達がいる。
忙しそうだけれど、頑張っている娘の姿を見るのは嬉しい。
今までより、そっと見守ることが多くなった。
口だしはしない。
でもどんな時も、味方だし、何かあってもなくても、不安なことも、嬉しいことも話してくれればいい。と伝えてある。
優しくてしなやかで強い子に育った。
あっという間に大きくなってしまった!
ちょっと寂しいような気もする。
あんなに大変だった、ボサボサでガサガサだった、あの頃。
四つん這いになりながらも、鼻息荒く娘に向き合っていた時間に、
ちょっと戻りたい、と思う時もある。
娘は来年で18歳。
成人を迎える。
それでも——母という冒険は、
まだまだ終わらない。
次はどんな物語が待っているのか、ドキドキワクワクしている。
いろんな事があった17年間だったけれど、全部笑える思い出になっているから
大丈夫だよ。と、あの頃の私に伝えてあげたい。


大きくなっちゃった
***
最後まで読んでいただき
ありがとうございます。
心から感謝の気持ちを込めて。
横山小寿々
