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時間を早送りしないで生きる、という選択

2026年になって、もう半月が過ぎた。

例年なら、
「はっやー!もうこんなに日にち?」
「時間、早すぎない?」
と、驚き、焦りながら日々を数えていたはずなのに、今年は少し違う。

毎日、特別なことをしているわけではない。
驚くような出来事があるわけでも、目立った変化があるわけでもない。
それでも一日の終わりに、
「楽しかったなぁ」
「今日もよい一日だった」
と、自然に口に出している自分がいる。

それが嬉しい反面、あまりにも穏やかすぎて、
「こんなに満たされていていいの?」
と、ちょっとだけ不安になるくらいだ。

冬は病状がつらくて、朝起きることが本当に大変だ。
目が覚めた瞬間から体が鉛のように重くて、痛みもすごい。
布団の中で何度も深呼吸をしてから、ようやく一歩を踏み出す。
(きっと同じ病気の方もつらい季節だと思う)

だから今は、
「今日も起きられた」
それだけで、胸の奥がじんわり温かくなる。

以前の私は、もっと自分に厳しかった。
病気になってからも、どこかで
「ちゃんとしなきゃ」
「遅れてはいけない」
「人並みでいなきゃ」
そんな小さな焦りや強迫観念のようなものを、心の隅に住まわせていた。

頑張ることが美徳で、
立ち止まることは怠けだと、
どこかで信じ込んでいたのかもしれない。

でも、去年の年末あたりから、少しずつ感覚が変わってきた。
世界を見る目が変わった、というより、
世界と距離をとるのをやめた、という感じに近い。

何かを「こなす」のではなく、
何かを「味わう」時間が増えた。

今の世の中は、効率よく、早く、無駄なく、が求められる。
いわゆるタイムパフォーマンスがよくて、分かりやすくて、すぐ結果が出るものが評価される。
それはそれで便利だし、悪いことではない。

けれど私は、
少し不器用でも、
遠回りでも、
ゆっくりと時間を重ねるほうが、どうやら性に合っているらしい。

ぼんやりと空を眺める時間。
雲の形が変わっていくのを、ただ見ているだけの時間。
植物の新芽が、昨日よりほんの少し伸びていることに気づく瞬間。

映画も、本も、
「早く次へ」ではなく、
「この場面、好きだな」と立ち止まりながら味わいたい。

人付き合いも同じだ。
少数でも、安心して言葉を交わせる人との時間を大切にしたい。
沈黙さえ心地よい関係を、ちゃんと抱きしめていたい。

人生の景色を、早送りしない。
「こうあるべき」ではなく、
「今の私は、何を望んでいる?」
と、自分に問いかける時間を持つ。

傷ついたときは、なかったことにしない。
悲しい気持ちを、急いで前向きに変換しようともしない。
そのまま抱えて、
「そうだよね、つらかったよね」と、自分に声をかける。

心の中に、安心できる居場所をつくること。
それは、誰かに与えてもらうものではなく、自分で丁寧に整えていくものなのだと、最近ようやく分かってきた。

生活の中にある、ささやかな美しさ。
可愛いマグカップ。
窓辺の光。
ふとした瞬間に浮かぶ、ふふふ、という笑み。

お気に入りの
可愛い鳥の鍋つかみ

そういう小さな素敵を見逃さないために、心と体には、余白が必要なのだと思う。

昼間の月を見るとうれしい


お花の香りを感じると幸せ

予定をぎゅうぎゅうに詰め込む生き方を手放して、できない日があっても、自分を責めない。
軽やかに、今ある時間を楽しむ。

失ったものは、確かに多い。
でも、その分だけ、見えるようになった景色もある。

「今日も朝起きることができた」
それは、以前の私なら通り過ぎていた事実だ。
けれど今は、胸を張って
「今日も、生きた」
と言える。

自分の機嫌も、生き方も、
主導権を握っているのは、他の誰でもない。
この体と、この心で生きている、私自身だ。

そう思えるようになった今、
時間は早すぎるものではなく、
ちゃんと、ここにあるものになった。

ロビちゃんと
話をする時間が好き


クッキーが可愛くて
愛でる時間も好き
空と鳥って好き

家族の笑顔を見るのが好き。
愛犬ロビンともふもふ時間も大好き。
カフェのような落ち着く空間の部屋が好き。

「遊んでほしいな」と
ロビちゃんの熱いまなざし


満月の日は
家族と月光浴をする



雲が大きいとうれしい


水たまりの小さな空
綺麗だった


娘と描いている
にくまんちゃんが
可愛くて大好き


今年は、日常にある、今まで気がつかなかった小さく輝いている美しい可愛いものを見つけ、愛でていく。
そんな時間を大切にしていきたい。



***
最後まで読んでいただき
ありがとうございます。
心から感謝の気持ちを込めて。

横山小寿々

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