ある悪魔の王の話

あらすじ

ある世界に住む悪魔の王がその世界の神に勝利し日本に転移する。
そこで謎の教団の信者となる。教主は自らを神と名乗り、悪魔が常に神と戦う理由を尋ねる。悪魔の王はそれに答えることができず、悪魔の王はそこで修行をする事に。教団では色々活躍するが、とある事件がきっかけで教団は存亡の危機に陥る。そんな中で教祖の命が狙われる事態に。
悪魔の王はそんな彼をかばって死んでしまう。そして彼は転生する。

転移

「クハハ・・・今回は私の勝ちのようだな、8000千年ぶりか? 
これでようやくこの世界を我が手に取り戻せる・・・
よくまぁ、これまで好き勝手してくれたものだ。
まぁ、おまえは、次に再生するまでの間、我の偉業をとくと見ておくがいい。・・・ふ・・・ふ、フハハ」

「クソッ・・・今回は破れたが、次こそは・・・(ガクッ)」

悪魔の王ムーライは、神の王ザケロを打ち倒し、高らかに勝利を宣言した。

「ムーライ様、この度はおめでとうございます。
つきましては、この後どうされますか?
まだ天界には多くの神と天使が残っております。」

「うむ。これから掃討戦を開始する。
残ったヤツラと羽虫を始末せよ。準備にかかれ。」

「ははッ、直ちに」

悪魔と神の戦いは、もう何億年も続いている。
両者が何故戦っているのか、もう誰も覚えていない。
最初は高尚な理由だったのかもしれないが、今ではもう、お互いがただただ気に食わないとか、前回の仕返しという単純な理由に成り果てていた。

双方が不滅の存在であるため、死亡と再生を繰り返しては戦いに明け暮れている。戦いがない時代を平和と呼ぶなら、それは数百年というほんの僅かな時間であった。
勝者が全てを蹂躙するのは世の常である。その理はこの世界イイシリカにも通ずる。こうして勝者が新たな世界を創造し、勝者の治世が始まっていくのだ。
とは言え、今始末している神や天使は数百年後に今と寸分違わない姿で再生し、また戦いが始まってしまうのだが・・・

掃討戦も次第に終焉を迎える。

「ムーライ様、掃討戦も終わりを迎えつつあります。
この後はどういたしましょうか?」

「そうだな・・・それでは勝利を祝って宴会でも開くか・・・」

それから盛大な宴が催された。
8000年ぶりということで、それはもう盛大な宴だった。
しかし、さすがに1週間、酒を飲んで騒ぎ続けるのは結構きついものがある。
誰もが宴に飽きてきた頃、

「ムーライ様、さすがに皆も宴会に飽きた様子です。・・・
これから如何しましょう?」

「うーん・・・そうだな・・・そろそろ人間界に行くか・・・誰か手の空いているヤツはいるか?」

「残念ながら、残務処理が多く残っており誰も手が空いておりません。」

「そうか・・・皆も忙しそうだな・・・どれくらいで手が空きそうか?」

「早い者でも、あと数ヶ月はかかりそうかと」

「・・・ふ~む。取り敢えず視察でも良いのだが・・・
神のヤツラがいままで何をやってきたを見るいい機会でもあるのだがな・・・
う~む。であれば、・・・久しぶりに我が行こう」

「ムーライ様が・・・それは恐れ多いことでございます。
ですが、神との戦いで魔力をかなり消耗されているのでは?」

「・・・そうだな、しかし、人間界くらいまでなら転移はできるぞ。
まぁ、その後はカツカツになるがな・・・それでも人間ごときに遅れを取ることもあるまい。」

「承知しました。後のことはお任せください。」

「うむ、では皆も残務処理が終わり次第、人間界へ来るように伝えるののだ・・・」

「はは、承知しました。」

悪魔ムーライは人間界へ通じる転送陣に入って、魔力を込める。
魔法陣が光り始めると転移が始まる。
実は、この転送陣には、別の世界に転移するように、そしてこちらの世界に二度と戻れないようにいろいろ細工が施されていた。

「間抜けなムーライよ、もうお前の顔を二度と見ることはないだろう・・・本当にアホ・・・」

転送装置の影に隠れていた神が最後の嫌がらせをしにきたのだった。
最後に放たれた言葉を最後まで聞き取れずに転移が完了した。

見知らぬ世界

転移した先には、これまでに見たこともない高い高い建物が無数に立っていた。
それは、石?石に似た何かで出来ていた。窓には高価なガラスが無数に散りばめられている。

「な、なんだ・・・これは・・・」

辺りを見渡す。
今は夜のようだ。周りには誰もいない。
いや、遠くに明かりが見える。
よく見ると明かりの中に動く影が見える。姿・形から見てどうやら人間のようだ。

「ここは・・・何処だ・・・」

ここで固まっていても仕方ないので、明かりのある方へ歩き出す。
聡明な悪魔の王は、どうやらここは自分が知っている世界ではないと、すぐ理解した。
それにしても、夜だというのに、なんという明るさだろう。
そして、人間の群れが、その狭い道を所狭しと行き交っている。

「なんだ・・・ココは?」

人間とは・・・夜中には家で縮こまっているような脆弱な生物ではなかったか?
それがなんで、こんなに・・・そうか、今日は祭りか何かか?

「おい、そこのお前・・・ここは何処だ?」

思いっきり無視された・・・いや、今の聞こえただろう。聞こえたはずだ。
その証拠にその男は突然加速して去っていった。

「おい、お前・・・」

その後、何人かに話しかけたが、皆足早に去っていく。
気がつくと、周りに人が居なくなっていた。なんか遠巻きにこちらを見ている。
これはちょっとマズイかもしれないと思い、場所を変えてみた。

ちょっとした広場に出た。先程より人通りが多いようだ。
人間達はグループを作って歩いている。
一人のヤツ、二人連れのヤツ、少人数のヤツラがまとまって歩いている。
たしか人間は、パーティーとか呼んでいたか?

すこし観察して分かった事がある。
次々と幾つものパーティに話しかけている人間がいることに気がついた。
そいつはパーティを見つけると、足早にパーティの前に立ち、何かを話している。
だが、そいつが話しかけても相手にされてなさそうだ・・・物売りか?
しかし、そいつとは何か話ができそうな気がした。

「おい、おまえ」

「あ、え、はい・・・何か?」

「こ、ここは何処だ」

「えッ、・・・こ、ここは新宿ですけど・・・」

「シ、シン、シンジューク?」

「いや新宿・・・えーと・・・おたく外国の方?」

「外国?・・・なんだ、それは・・・私は悪魔だ。偉大なる悪魔の王ムーライである」

「・・・え? えーと・・・あぁ、そっち系の人ですか?」

「・・・何?そっち系? そっち系とは何だ」

「あー、いや、今忙しいんで。それじゃあ、そういうことで・・・」

もう少しこの世界の情報が欲しかったので、我は少し大人しめに喋ることにした。

「あーすまん、すまん・・・ところで夜中にこんなに人がいるということは今日は祭りか何かか?」

「・・・えっ・・・?
・・・えーと、あぁ、外国の人からみたらそう見えるんですかね・・・
夜中ってまだ8時くらいですよ。
あと、ココは、いつもっていうか毎日こんな感じですけど。」

「毎日?・・・そうか」

どうやら、本当に異世界に来たのだと実感した。私がいた世界とは全く違うようだ。
たしかに、こんな高い頑丈そうな建物はなかったし、夜を照らすようなこんな光の街は見たこともない。まして真夜中に出歩こうとするバカな人間なんて見たことがない。
真夜中に出歩こうものなら肉食動物や魔物に襲われるので、夜中はひっそり家に閉じこもっているのが、私が知る人間だ。

「・・・大丈夫ですか?」

「あぁ、大丈夫だ。問題ない」

「そうですか・・・じゃあ、そういうことで」

「いや、待て。お前、パーティ相手に何をしているのだ。」

「パーティ?・・・なんですか、それ?
・・・外国人かもしれないけど、まぁ日本語通じるし、・・・
うーん、まぁいいか・・・
えーと、お時間ありますか?」

「ああ、今は特に何もすることもないからな・・・」

「・・・えーと、そ、それでは・・・えーと、あなたは神を信じますか?」

「・・・何? いま何と言った? 神とか言ったか?」

「はい。そうです、そうです。神です。(食いつきがすごいな、この人)」

「そうか・・・この世界にも居るのか。
神、神はいるに決まっているだろう。
この前倒してきた。」

「えっ、た、倒した?・・・えっ?
・・・まぁ、いいや・・・
えーと、私、『みんなでハッピー教』という宗教団体の布教活動をしている者です。
いえ、決して怪しい者ではありません。

我々の教義に賛同していただける方を探しておりまして・・・
本当に怪しい団体ではありませんので。

それで、あの、近くに我々の教団があるますので、是非お話を・・・
できましたら、我々の神に会っていただきたく・・・」

「おぅ、合わせてくれ・・・」

「おぉ、そうなんですね・・・(なんかトントン拍子で怖いな)・・・
まぁでも、これまで布教し続けた甲斐がありました。
私もこれでやっと功徳を積むことができそうです。」

「功徳? なんだ・・・それは」

「いやまぁ、こちらの話です。ここじゃなんですから、こちらに・・・」

私は流暢な日本語を話す外国人?を連れて小さな雑居ビルに入った。

入信

「教祖様、是非教祖様に会いたいと仰っる方がこちらに・・・」

小太りの男が椅子から立ち上がる。年は40歳手前だろうか。

「えーと、こちら、ム、ムーラ・・・あ、そうそう村井さんでしたっけ? 
そして、こちらが我々が信仰しております『みんなでハッピー教』の教祖であり、神でもあらせられます後藤光輝様でございます」

「ようこそ、村井さん。私が神 後藤光輝です。」

「何? おまえが神?・・・ふむ・・・全く神威を感じぬな。
お主、本当に神か?・・・いや、待て・・・そうか神威を隠しているだけなのか?」

「神威?・・・あぁ・・・そうです、そうです。
そんなものは見せびらかすものではありませんし・・・」

「やはりか・・・であれば、かなりの実力を持っているのだな・・・」

「えーと・・・まぁ・・・そ、そうですかね。
まぁ、そんな話は置いておいて・・・
ところで、あなたも我が教団に入り世界のために働きませんか?」

「何を言っているのだ。私と戦うのだろう?」

「・・・戦う? 何故? 何のために?」

「何故・・・?」

そう、この問いはもう数千年は聞いたことがなかったし、答えた記憶もない。
重要な事だったかもしれないが、何故戦っているのか、何のために戦っているのかは、当の昔に忘れてしまっていたのだ。 

「いや・・・たしか戦う定めなのだ・・・」

「定め? 本当に? 何故そう思うのですか?」

何故、そう思う?・・・これまで考えた事もない単純な質問をされて、私は考え込んでしまった。

「どうやら、貴方にもお悩みがあるようですね・・・
であれば、私を信じていただければ、その悩みを解決して差し上げましょう。」

「何?・・・うーむ。お前といれば、それを思い出せると・・・」

「はい。誓って。そのために、我が教団に入りませんか?」

「・・・うむ。魔力の回復にも時間がかかるし、この世界の情報も得たい。
そして、その理由を思い出すことができれば、何かが変わるのかもしれない。
お前を信じるとはどういうことか、いま一つ分からないが、お前たちから情報を得られるのは好都合だ。
よし、お前らと一緒にいてやろう。」

「おぉ、やはり村井さんは賢明な方のようですね。
では早速ではありますが、係の者が手続きをしますので、あちらへ・・・」

そう促されると一人の女性が我を別室に連れて行った。
その部室には体格のよい男が4人いた。

「はいはい、入信希望ね・・・じゃあ、ここに署名して下さい。」

「・・・署名? 署名とは何だ?」

「・・・は? サインだよ、サイン。」

「サイン? サインとは何だ?」

「は? バカにしてんの? 
・・・じゃあ拇印でいいや・・・そこの朱肉に親指を乗せて、ここに押して。」

「朱肉?」

横にいた男がゼスチャーをする。
どうやら、誓約書を書かされているようだ・・・しかし、この紙からはまったく強制力を感じない。
コイツらは何がしたいのだ?
誓約と言えばお互いの命を代償に魔力を封じ込めるものだろう・・・
コイツらはこんな紙切れを作って何をしようとしているんだ。
まぁ、ここで暴れてもしょうがないので、彼らの言う通りにしてみた。

「よし、これで晴れて入信完了だ。
おまえは・・・そうそう、信者49番だ。じゃ49番、頑張って修行して功徳を積むように。
今日はもう帰っていいぞ。明日から色々説明するから。」

「帰る?・・・いや特に帰る場所などない」

「なんだ、お前・・・まさかホームレスじゃないよな
・・・うーん、おい、こいつを連れてきたヤツを連れてこい。」

「信者23番、入ります。」

「・・・おぅ。23番、こいつの面倒を見てくれないか?」

「・・・えっ・・・」

「いや、信者同士の親睦と言うか、助け合いも功徳を積む修行の一部だ。
光輝様も言っておられる。
お前にとっても良い修行になるだろう。良い功徳を積めるぞ。
・・・そうだ。じゃあポイント18点を加算してやろう。」

「功徳ポイント18点ですか・・・うーん、じゃあ、やりましょう。」

「よし。後は頼んだぞ」

取り敢えず、僕は村井さん?を連れて外に出た。

「村井さんは何処から来たんですか?」

「こことは違う世界だ。」

「えーと、そういう設定はもういいんで。・・・で、何処なんですか?」

「イイシリカと呼ばれる世界から来た。」

「イ? イシ・・カ?」

「イイシリカだ。」

「それ何処にあるんですか? 名前からして南米ですか?」

「南米? なんだそれは・・・我にもよく分からん。」

「えー・・・じゃあ、今何処に泊まっているですか?」

「泊まるも何も先ほどこの世界に来たばかりだ。」

「えッ・・・? っていうことは・・・ホームレス? いや事件に巻き込まれて記憶がないとか?」

「なんだ、それは?・・・とにかく、腹が減った。
さっきの男が言っていたように、お前は我の面倒を見るのだろう。
であれば、我はまず腹を満たしたい。その後は疲れを癒やすために寝る場所を所望する」

「えッ・・・私が・・・?」

「そう聞いたが。」

「まぁ、・・・そう言ってましたね。
しょうがないなぁ・・・
今月はピンチなんでコンビニで飯を買って、家に帰りますが、それで良いですか?」

「コンビニ? よく分からんが、お前に任せよう」

その男は青木と名乗った。
そして、青木と我はコンビニへ歩き出した。

我々はコンビニという所で、弁当というものを買った。
何が良いか聞かれたが、この世界の食べ物は見たことがなかったので、取り敢えず肉を所望した。
店には、何でもあった。品数が豊富で、色とりどりで・・・兎に角、凄かった。
このような店は他にあるのかと尋ねると、青木は、まぁかなりありますねと答えた。
今は閉店した店も多いけど、昔はあちこちにあったということだった。
もし、それが本当なら、この世界はなんて裕福なのだろう。
是非、この世界を手に入れなければと思った。

その後、青木の家に向かった。
最初は牢獄かと思った。牢屋のような狭そうな部屋が幾つも並んでいる・・・
私を牢獄にいれるつもりかと思い、この辺り一帯を吹き飛ばそうかとも思ったが、魔力がほとんど残っていないことに気がついた。
青木は当たり前みたいに振る舞っているので、どうやらこの監獄が彼の家なのだろうと理解した。
そして、「こちらです」と促されるまま、部屋に通される。

なんだ・・・ここは?
せ、狭い・・・狭すぎる・・・気が狂いそうだ。
よくこんな所にいられるなとは思った。
狭すぎて息も苦しくなってきた・・・もう少しで暴れるところだったが、腹も空いていたし、弁当にも興味があったので、すこし我慢することにした。

「う、美味い・・・なんだコレは?」

生まれて初めて食べた弁当に、思わず涙がでそうになる。
我は今まで何を食っていたのであろうか? 
これと比較したら前の世界の食事が生ゴミに思えてくる・・・

「・・・もうない・・・」

「あぁ、量が減ったんですよね・・・ほんと少ないですよね・・・カップ麺ありますけど食べます?」

私は何も考えずに「おぅ」とだけ答えた。

「なんだコレは・・・これも、美味い・・・」

「ご苦労されてきたんですね・・・」

「・・・?」

青木は何を言っているのかさっぱりだが、兎に角、このカップ麺というのは美味い。

「この世界には、こんな美味いものがあるのか・・・」

「へっ? この世界って・・・
って言うか、カップ麺なんて普通じゃないですか・・・美味い物なんて金を出せば幾らでも・・・」

「何、これより旨いものがまだあるのか?」

「そりゃ一杯あるでしょう。村井さん、これまで何食べてきたんですか?」

「それは・・・まぁ、ゴミみたいな・・・」

「えッ、そんな物食べてたんですか? 
・・・見た目では分かりませんでしたが、かなりご苦労されたんですね・・・
でも、そんなもの食べちゃ駄目ですよ」

「まぁ、・・・それしかなかったし」

「・・・そうなんですね。まぁコレからは、いろんな物が一杯食べられんじゃないですか?」

私はまた泣きそうになっていた・・・たかが食べ物ごときで。
しかも脆弱と蔑んでいた人間に同情される日がこようとは・・・
あっという間にカップ麺を食べ尽くした我は、この世界について色々質問した。
青木は我の質問を鬱陶しがっていた。
それはそうだろう。我にとっては全てが未知であり、彼にとっては全てが当たり前なのだから。
取るに足らない物であっても、私にはそれが何か特別なものであるように思えたのだ。

「・・・じゃあ、そろそろ寝ますか」

鬱陶しさが頂点に達したのか、青木はそう言った。
私は1ヶ月位は寝なくても大丈夫なのだが、この日は初日ということで彼に合わせることにした。

最初の修行

朝起きて昨日教わったテレビという物を見ている。
我の世界にも映像や音声を伝える魔道具があったので驚きはしなかったが、こんなに多くのチャンネルというものがあることには驚いた。最初は、別の情報を流すように、命令したり指示を出していたのだが、相手は我の命令を一切無視して、ただただこの世界の情勢や文化的な情報を垂れ流している。
我を無視するとはいい度胸だと感心し、お礼にこの部屋もろとも爆破してやろう思ったが、魔力が枯渇していることと、これは一方通行しかできないものなのではと、すぐに理解して一旦落ち着いた。
あやうく手軽に情報を入手する方法を失う所だった・・・ということで今に至る。

「おはようございます・・・お早いんですね」

「あぁ、おはよう。今日はまた、あの神の所にいくのか?」

「そうですね。ご飯食べてから出かけましょう」

朝飯もまた美味かった。トーストと卵、ベーコンとか言ったか、味は昨日の弁当より劣っていたが、といっても、これはこれで美味い。でもコーヒーというのは不味かった。泥水かと思った。
だが、青木はうまそうに飲んでいる・・・味覚の違いってやつか・・・
しかし、本当に前の世界の食事って何だったのか・・・

「おはようございます。23番と49番入ります。」

「おぅ、おはよう。えーと、49番は・・・昨日の新入りだったな・・・
それじゃあ、23番は布教活動をお願いします。世の人を救うために我々の教えを早く広めてください。
では、頑張って。
・・・えーと、49番はこちらに。」

そうして我は別室に連れて行かれた。

「49番、貴方は少々いかつい感じがしますし、度胸と根性があるようにお見受けしましたので、9番と組んで修行していただきます。少々お待ち下さい。」

そう言われて部屋で待っていると、一人の男性が入ってきた。

「えーと、49番さん。村井さん?でしたっけ。私、9番の木下です。
あなたの指導を任されました。よろしく。」

「うむ。我は偉大なる悪魔の王ムーライである。」

「えッ、ム、ムーライ? あ、悪魔?
・・・えーと・・・村井・・・村井さんじゃない?・・・のかな?・・・
えーと、書類には村井って書いてあるけど・・・
・・・うーん、大丈夫かな・・・まぁ・・・いいか・・じゃあ、そういうことで・・・
それでは説明を始めますね。」

「うむ。よろしく頼む。」

「・・・えーと、貴方には、まず、体験修行コースをやっていただきます。
初日は、この町内の清掃活動です。ゴミの回収や除草をお願いします。
この5区画なのでちょっと広いかもしれませんが、よろしくお願いします。」

「うむ・・・これを我一人でするのか?」

「はい。そうですね。これをやっていただけると功徳ポイント2点を貰えます。」

「功徳ポイント・・・昨日も言っていたな。何なんだそれは?」

「功徳ポイントは・・・まぁ一言で言うなら、この教団の貨幣みたいなものですかね・・・それを集めることで神 後藤光輝様と接見したり、聖水とかお札とかが買えますよ。」

「なんか・・・うさんくさい・・・」

「な、なんて事言うんですか・・・それは、それは凄い力を持った物なのですよ」

「そうなのか・・・どうも人間のやることはよく分からん・・・」

「・・・? まぁいいです。それで出来ますか?」

「うむ。やってみよう。」

木下の指導の元、ゴミ拾いと除草作業を行った。
範囲は広いと聞いていたが、さほど時間はかからなかった。
そもそも前の世界から考えると散歩にもならない距離だった。
どちらかというと木下が我のスピードについてこれず、我の後を付いてくるのがやっとという状況だった。

「村井さん、早いですよ・・・以前、何かやっていたんですか?」

「いや、特に。あれこれ命令したり、戦ったり・・・」

「戦う? 誰と?・・・あぁ現場監督かなんかですかね」

「ちが・・・まぁ、それでよい」

あれこれ訂正してもどうせヤツラには通じまい。
また、こちらの手の内を晒すのも避けたほうが都合がよいのではと思い始めていた。
我は少しの間、自分の正体を隠すことにしてみた。

「それにしても、修行だったか・・・我の昔の仕事とあまり変わりない・・・」

「村井さん、過去にも教団に入っていたんですか?」

「いや教団ではないが・・・我々は人間に生きがいを与えていたのだ。」

「え、そうなんですか? 村井さん、自分は悪魔って言ってませんでした?
悪魔って、そう、人間をたぶらかして堕落させたり、厄災を振りまいたりするんじゃ・・・」

「我々はそんなことはしない。それは神がやる事だろう」

「えッ、神って、その逆で人間を助けたりしますよね・・・」

「この世界ではそうなのか? 

我が知る神はそんなことはしない。
奴らは何もしない。そう何もしないのだ・・・。
人間が救いを求めても、何もせずにただ静観するだけなのだ。何故かは知らん。
だが人間が過ちを犯しすぎた時は、罰を盛大に執り行う。
人間達はそんな神を盲信して、どんどん堕落していくのだ・・・

しかし我々は違う。」

「えッ、何が違うんですか?」

「いや・・・色々喋りすぎてしまったな・・・その話はまた今度だ。次は何をするのだ?」

「あ、ええ、今日の予定はもう終わりです。では明日は聖水とお札を売りましょう。」

「なんか胡散臭いな・・・」

「ち・が・い・ま・す。・・・本当に凄いんですよ。」

「売れているのか?」

「・・・えーと、まぁまぁですかね・・・」

「ほら見ろ・・・」

「でも、感謝されたりすることもあるんです」

「ほう・・・」

「おっと、こんな時間か・・・じゃあ、また明日来てください。」

「分かった。」

こうして今日の修行は終わり青木が事務所に帰ってくるのを待った。
青木は、アルバイト?とかいう仕事もしていて、帰り際に布教とか言う修行をしているそうだ。
青木が帰ってきたのは、夜の8時を回ってからだった。

「遅い。」

「すみません。遅くなっちゃいました。今日も誰も勧誘できなかった・・・
・・・でも給料が入ったので、今日は奮発してファミレスでも行きませんか?」

「ファミレス?」

「えッ、ファミレス・・・って、まさか知らないって訳ないですよね。」

「いや、知らん」

「マジっすか・・・まぁ、一言で言えば美味い物を腹いっぱい食べれる所ですよ・・・」

「・・・何? それは本当か。よし、すぐ行くぞ。」

「あぁ、でもあんまり高いものは注文しないくださいよ・・・」

ファミレスに行った。
メニュー?とか見て涎が出そうになった。どれも美味そうだ。
説明は読めたが意味がわからん。結局、肉が食いたいと言って青木に任せた。
テーブルに置かれた料理は、それはもう、どれも美味かった。
青木は白い穀物と葉物、それと甘い飲み物は腹一杯飲んでも食べても良いと言ったので、かなりの量を食べた。今日は腹が一杯だ。

そして狭い青木の監獄部屋に戻る。
そこでまた我は青木を質問攻めにする。青木は最初はまともに答えているが、小一時間もすると返事もいい加減になり、鬱陶しい態度を見せてくる。本来なら吹き飛ばしてやりたいところだが、魔力の回復にやたら時間がかかっていることと、青木がいなくなると、この部屋からも追い出されかねないことに気が付いて、思いとどまった。

販売

今日は、聖水やら札を売るという修行だそうだ。
木下が聖水と札が入った箱を持って部屋に入ってきた。

「これが聖水で、こちらがお札です。よく見てくださいね・・・」

「・・・」

「どうしました?」

「・・・いやいや、これは凄いな。こんな緻密な魔力はなかなか見る機会がないな。
聖水にも札にも、かなりの技巧を凝らして魔力が練りこまれている。
こういった代物はなかなか見れるものではない。これを作ったのは、かなりの術者と見た。
誰が作ったのだ?」

「教祖の光輝様です。」

「何? やはり、アイツはなかなかの実力者なのだな・・・」

「えーと・・・教祖様をアイツ呼ばわりするのはちょっと、やめていただきたいのですが・・・。
でも、そんな事が分かるなんて村井さんも凄いんですね・・・」

「あぁ、ちょっとな。いや、しかし、久々に凄いものを見たな。
これならチョットした状態異常なんかは、たちどころ治るだろう。」

「へぇ、そんな事もわかるんですね・・・説明が要りませんでしたよ。
じゃあ、これを売ってきてください。
我が教団もなかなか金欠状態でして・・・」

「いや、これ程の物は放って置いてもおいても売れるだろう。何故売りに行くのだ?」

「・・・いやいやいや、売れませんて。世の中そんなに甘くはないですよ。」

「そんなものか?」

「そんなものです。」

我は木下と聖水と札を売りに出かけた。
行く先々で怪訝な顔をされる。
宗教団体と話した途端にいきなりドアを閉められる、怒号とともに追い返される・・・いやいや、修行とは、まことに大変なものだ。
途中から青木も加わり、3人で売ることになったのだが、話だけでも聞いてほしいという懇願さえも拒絶された。いわゆる取り付く島もないというやつである。

「売れませんね~」

「売れないね~」

「まったく売れんな。何故だ?
この辺りの人間はこのような物は必要としていないくらい元気なのか?」

「いや~そんなことないと思いますけどね・・・」

「では、何故売れん?」

「いや~何故でしょうね~」

「こんなことを続けても無意味だ。
・・・そうだ、状態異常にかかったヤツをかたっぱしから見つけて売りつければ良い」

「そんな事ができるんですか?」

「あぁ、簡単だ。それほど魔力も使わない。ちょっと待ってろ
・・・うんうん・・・うーん・・・おぉ、ここなら良いんじゃなかいか?」

「えっ、そんなにすぐ見つかるんですか?」

「ああ。それより聞いて驚くな。凄いぞ。
数十のまとまった状態異常反応を見つけたぞ・・・あの建物だ」

「あれって、木下さん・・・」

「あぁ、病院だね・・・」

「村井さん、あそこはヤバイですよ。商売なんてできません。すぐに叩き出されますよ。」

「何を言っている。状態異常に効く聖水や札なんだから、そこでしか売れないだろう。
さあ、いくぞ。二人とも我についてこい」

「村井さん、村井さん、待って下さい。僕たちの話を聞いて・・・あぁ、行っちゃったよ。
もう知らないぞ・・・」

「おい青木くん、俺等も追いかけよう」

村井さんは、病院の前で思案していた。
よかった。思いとどまってくれたのだと思った。
ところが、村井さんは別のことを考えていたようだ・・・

「この聖水とか札は良いんだが・・・即効性が弱いんだよな・・・ちょっと待ってろ」

「えッ・・・何をするんです」

そう言ったかと思うと、突然村井さんの手が光り始めた。と思った瞬間、その光は聖水と札に向かって飛んでいった。

「これで良し」

「今、何をしたんですか?」

「あぁ、即効性を上げてやった。これですぐ状態異常が治るはずだ。じゃあ、あの松葉杖で歩いている男で試してみるか・・・」

「ちょっと、待っ・・・」

と呼び止める間もなく村井さんは札を持って、松葉杖をついて歩いている男に近寄っていった。
案の定、その男と口論になっている。すぐ木下さんと向かった。

「だから、この札をだな、お前の足に貼れば、すぐ治るから貼ってみろ」

「だから・・・あんた誰。医者じゃないよね? 何その札? 何か宗教の人?」

「村井さん、帰りましょう。ここはヤバイですって。すぐ帰りましょう。」

「馬鹿な。こんな札を作っておいて使わない手なんてない。・・・もう言うことを聞かないんなら直接貼るしかないな。」

そういった瞬間、御札を膝辺りにビシッと貼り付けた。

「ちょっと・・・イ、イテー、てめぇ何しやがるんだ・・・ん・・・あれ・・・痛くない・・・ん・・・どうなった?」

男は不思議そうに足の周りを見ている。

「ほら、治っただろう。」

「・・・あれ・・・どうなってる。あれだけ痛かったのに。
・・・あれ・・・松葉杖なしでも歩ける・・・あれ・・・あれ・・・どうしたんだ・・・」

「この札のおかげだ。この札に感謝するのだな」

「あんた、あんたスゲーな。なんだ、コレ。・・・嘘みたいだ」

その男はぴょんぴょんと走り出した。

「村井さん、ここはマズイんで。すみません。ちょっと事務所に帰りましょう。」

「何故だ? うまくいったろう。
この建物の中には数十の状態異常者がいるのだ。売るにはもってこいの場所な筈だ。
何故帰ろうとする?」

「いや、ここは病気を治すところだから・・・
仮に治ったとしても営業妨害みたいになっちゃうし、病院の敷地内で騒いでるって警察まできちゃうと大変な事になっちゃいますから・・・って、人が集まりはじめちゃったな。」

「あ、木下さん。さっきの男、周りに何か言いふらしてそうな雰囲気ですけど・・・」

「ヤバイな、青木さん、村井さん、撤収しますよ。早く・・・」

僕らは足早にその場を去った。

事務所への帰り道、木下さんはトクトクと村井さんに注意を言い聞かせていた。
木下さん、青木の指示には従うこと、物の言い方に気をつけること。
そもそも村井さんの言い方はいつも尊大で横柄なのだ。ちょっとは気をつけてもらいたい。
しかし当の村井さんは「何故だ」とか「我は自分が正しいと思ったことをするまでだ」とか「我はこういう話し方しかできないがな・・・」とか抵抗を続けていた。
事務所についた時、木下さんはなんかゲッソリしてちょっとヤツレたように見えた。

しかも当の村井さんは「あ、金貰うのを忘れた」と言うと、すぐに金を取りに戻ろうとしたので、二人で必死に止めた。疲れ切った顔をした木下さんは、村井さんに町内の清掃をお願いした。

僕は、木下さんとさっきの話をしていた。

「木下さん、ヤバかったですね」

「だな・・・病院の警備員とか職員に見つからなくてよかったよ。
っていうか見つかっていたかもしれないがな・・・あぁ・・・あの病院行けなくなっちゃうかも・・・」

「それにしても村井さん凄かったですね。あの人も何か特殊な能力みたいなものがあるんでしょうか?」

「そうかもね・・・でもいつも横柄な態度だけど、なんかこう、悪い人じゃないっていうか・・・
根は正直っていうか真っ直ぐな感じがするんだよね。
だから、どうやって指導するか悩んじゃうんだよね・・・」

「あぁ、それ、分かります。
変な所で素直っていうか・・・それと好奇心が半端ないんですよね。
当たり前みたいなことを知らないんですよ・・・
とにかく毎日毎日『あれは何だ?』とか『それは何だ?』とか、最初は、もう気が狂いそうでしたよ。」

「そういえば、青木くんは村井さんと一緒に住んでるんだっけ・・・
ねぇ、村井さんと言えば・・・前に、自分は異世界から来た悪魔だとか言ってなかったか?」

「あぁ、言ってましたね。始めてあった時はうわ~ヤバイ人だって思いましたけど。」

「案外、本当だったりして・・・」

「ははは、そんな分けないじゃないですか? 悪魔って人助けみたいなことしないでしょう」

「まぁ、そうだね。でもなんか前に変な事言っていたな。」

「何を言っていたんです?」

「何だったかな、神は人間を助けたりしないとかなんとか・・・」

「なんですか? それ」

僕らが話していると村井さんが帰ってきた。

「えッ・・・村井さん、もう帰ってきたんですか? 早くないですか?」

「あぁ、運動にもならん」

「普通、結構な時間がかかりますよね。僕なんか丸1日かかりますよ。」

「鍛え方が違う。」

そういうと事務所に入っていった。
僕らは顔を見合わせて笑いながら後を追った。

飲み会

その日は木下さんを交えて僕の部屋でちょっとした飲み会をすることになった。
木下さんの差し入れもあって、ちょっとした豪華な飲み会になった。
村井さんは、オードブルを見て、「これは何だ?」とか「美味すぎる」とか「どうやって食べるのか」とか「もっと強い酒はないのか」と絶え間なくしゃべり続け、一人で盛り上がっていた。
宴会も進み、差し入れのオードブルが少なくなりかけた頃、

「ねぇ、村井さん。村井さんって本当に異世界から来たの?」

かなり酔っ払っている木下さんが、赤ら顔でいきなりぶっ込んできた。

「あぁ、本当だ。イイシリカという世界から来た。」

「へぇ・・・そこってどんな所なの?」

「神と我々悪魔が毎日のように戦っている殺伐とした世界だ。」

「へぇ・・・そうなんだ・・・それって、こう、光と闇みたいな?
光は闇と交わらないとか、闇は光を許さないとかいう感じの?」

「どうかな・・・そういう一面もあるかもしれないな。今では戦う理由を誰も覚えていない。」

「へぇ・・・じゃあさ、神と悪魔ってどんなのか教えてよ」

「前に話したことがあったか・・・
我々と神はその世界をかけて戦っているのだ。
その理由の1つに人間界をどうするのかというのも入っている。
神の勢力は、人間にはまったくといって興味がほとんどないのだ。
だから人間が神に救いを求めても何もしない。何故かは知らん。

我はそういう光景を何度も見てきた。何故助けてやらないのかとな。
そういう事が積み重なって・・・すまん、あまり思い出せない。

我らは、あの世界では悪を司っていた。いや正確に言えば悪や魔という役割を担っていたのだ。
例えば、悪とは何だ? 魔とは何だ?」

「悪って悪いことじゃないんですか? 例えば良くないことが起こるとか、起こすとか・・・
魔ってよくわかりませんが・・・」

「まぁ普通はそう考えるのだろう。
だが我々はそうは考えていないし、そのような事はしない。

我々の世界の悪は、不完全であることなのだ。神は常に完全であるが故に我々を善しとしない。
ヤツラは不完全なものを嫌う。それ故、我々とすぐに対立する。
ヤツラは完全な物だけを美しい物として受け入れ、それ以外は拒絶する。
それ故、ヤツラは完全で良き物だけを集めた、反吐がでそうなおぞましい世界を作り上げるのだ。
しかし、よく考えてみろ。不完全があるが故に完全が語れるのだ。ヤツラにはそれが理解できていない。
そして、完全なものほど完成されすぎてとても退屈だ。
ヤツラは平和だとのたまうが、進歩もなにもない世界がどれほど退屈で窮屈なのかも理解できていないのだ。

そして、魔とは何か? 我々の世界では、人を不思議な力で惑わすものとして考えられている。
魔とは、その言葉通りなのだ。我々は人間を魔を以て惑わす。そして欲を与えるのだ。
時には人間はそれに取り込まれ自壊していくものもあれば、我々の想像以上に人生を謳歌する者もいる。結局はその人間次第なのだ。
我々のちょっかいが、その人間の生きがいになるか、重荷になったりするのかは分からない。
我々はそれを意図的にできるわけではないのだ。それを生きがいと感じるか重荷と感じるかは、結局のところ我々が決めるのではなく、その人間だけが決断できることなのだ。
きっかけを作る・・・その後はその人間に任せる・・・それが我々のやり方だった。
我々の治世ではそうやって人間の文化は進歩してきた。

・・・ん、何の話だったか? 久しぶりの酒で少々饒舌になってしまったか・・・」

僕と木下さんはなんかすごい話を聞いたなと思って、顔を見合わせていた。
その時、村井さんの手が光り始めた。
なんだろうと思って見ていたら気を失っていた・・・気がつくと朝だった。

木村さんと僕は昨日の事はあまり覚えていなかった。
美味しいオードブルを囲んで、美味しいお酒を飲んで、色々話し合ってとても愉快だったことは覚えているが、話の内容がどうも断片的で、全部を思い出せなかった。
ただただ楽しかったという記憶だけは残っていた。
「また、やりましょう」と言って木下さんは帰っていった。

事件

僕らは朝飯を食べながらテレビを見ていた。
僕は思わずコーヒーを吹き出してしまった・・・
昨日のあの松葉杖をついていた男性が、テレビに出ていたのだ。
しかも御札を手に持って。
僕は嫌な予感がした。

事務所に到着すると人だかりができていた。
やはり嫌な予感は的中したのだ。
御札の件でマスコミやら、噂を聞きつけた病人や家族が小さなビルの入口に群がっている。
入口で何人かの信者が応対していた。
僕は村井さんを連れて家に帰った。
その日、木下さんから連絡があった。
当分事務所は閉めるということだった。

事務所が閉まって暫く経った。
人の噂もなんとかと言うが、あれだけいた人だかりも今ではもう見る影もなかった。
それから何日かして事務所が再開した。

事務所の倉庫にはまだまだ大量の聖水や御札が残っていた。
教団の幹部は売るべきだとする派と処分すべきという派に分かれて対立していた。
木下さんと僕は、いわゆる中立派として振る舞っていたが、どっちつかずの少数派ということで両派から疎まれていた。
教祖の光輝様はこの件に関しては何も言わなかった。
村井さんは、「やはり即効性は駄目だな」と呑気な事を言ってはいたが、どちらの派に加担するわけでもなく私達同じく中立派として、やはり周りからは疎んじられていた。

そして、暫くして事件が起きた。
あれほど大量にあった聖水と御札が倉庫から消えていたのだ・・・いや盗まれたのだ。
犯人はおおよそ検討がついていた。
それというのも、時を同じくして、聖水と御札を売るべきだとする派の幹部との連絡が、一斉に取れなくなっていたからだった。
警察に被害届をだそうにも、物が物だけにどう説明して良いか分からず、残った幹部と相談した結果、そのままにしておくとされたのだった。

暫くして、そろそろ教団も元に戻るだろうと誰もが考えていた矢先、またしても事件が起こった。
テレビで聖水と御札が大々的に取り上げられたのだ。
「奇跡の聖水」とか「奇跡の御札」とか大層な名前が付けられ、あちこちで高額でやり取りされているらしい。そして、それをキッカケとして大量の紛い物が横行しているとの事だった。
結局、何処の誰が作ったのかということが話題になって、またビルの前に人だかりが出来た。
抜けた幹部の補充として木下さんが駆り出されて、毎日毎日対応に追われていた。
人の噂はなんとかと言っていたが、騒ぎは収束するどころか拡大する一方だった。

教団では毎日幹部が対応のための会議を開いていた。
早く何か手を打たないと、もっと大変なことになることは皆理解していた。
だが良い案がなかなか出ない。

「私が行って説明しよう」

突然、教祖 光輝様が立ち上がると、そう言った。

「駄目です。危険です。我々が微力ながら対応しますので、もう暫くお待ち下さい。」

「いや、私が行く」

これに関しては教祖 光輝様は頑として譲らなかった。
普段の大人しく優しい表情がいつになく険しいのがわかる。
結局のところ、誰も光輝様には逆らうことができず、記者会見というか説明会を開くことになった。

説明会


「光輝様、ご準備はよろしいでしょうか?」

「うむ。」

「では、こちらです。」

木下さんが光輝様を先導していく。
記者会見の席には数人の幹部が既に座っており、前座の質問会を既に終えていた。
真ん中の空いた席に光輝様を誘導しはじめた時、それは起こった。

記者席の後ろに立っていた男が突然奇声を上げたかと思うと、包丁を取り出して光輝様を目掛けて走り出したのだ。声にもならない声を上げながら突進していく。
皆何事かと思い固まっていた。

「まずいな・・・」

そう言い残した村井さんは、あっという間に、光輝様の前に立ちはだかった。
あっという間というより瞬間的に移動したのだ。そのスピードはもはや人間が出せるものではなかった。

「愚か者め・・・」

そう言って、包丁を弾き飛ばす。

「大丈夫か?」

と言って光輝様を振り向きざまに見ようとした時、再びその男は奇声を上げて、隠し持っていた別の包丁を村井さんに突き立てた。

記者席から悲鳴が上がる。

「救急車。救急車を早く、早く・・・」

「誰か止血を・・・」

「そいつを早く・・・早く取り押さえろ・・・」

怒号と悲鳴の中、包丁を持った男が取り押さえられた。

「おれは・・・おれはこんな事をしたかったんじゃないんだ・・・病気を・・・病気が・・・」

そう言ったかと思うと急に嗚咽し始めた。

一方、僕らは村井さんを囲んでいた。
脇腹を刺されたらしい。血が止まらない。木下さんが患部をスーツで必死に圧迫していた。

「神 光輝よ・・・」

「村井さん、しゃべらないで・・・もうすぐ救急車がきます。だから・・・」

「いや・・・いいんだ。
何時ものクセがでてしまった。
普段ならあんな刃物など体に当てたとてなんともないのだが・・・
まぁいい。この体はもう使えそうにない」

「そ、そんな・・・」

「神 光輝よ。以前、我に『何故戦うのか』と問うたことがあるな。

あれから我は・・・思い出した・・・のだ。

何故戦うのか・・・それは我が神の行いに我慢ができなかったからだ・・・

だから、神に逆らった・・・

そうして我は神格を剥奪され追放されたのだ・・・

そうだ・・・我は人間という希望ばかり夢見る愚かで脆弱な生物を庇護しなければと、あの時思ったのだ・・・

我も傲慢だったのかもしれない・・・でも、あの時の選択は・・・正しかったと思いたい。

・・・あの世界にもどったら我は、また戦う選択をするだろうか?・・・

・・・そうか、我は人間が好きだったのだ・・・

あの脆弱なくせに夢ばかりみる愚かな・・・不完全が故に懸命な・・・

もう少し、人間の・・・この世界の・・・お前たちが歩む・・・を、あと少し・・・」

村井さんはそう言うと急に静かになった。

誕生

あぁ・・・我は・・・どうしたのだ。
・・・あぁ、あそこで死んでしまったのか・・・
前の世界では不滅の存在だったが、この世界ではどうなのだ?
このまま消滅して終わりなのか・・・
次第に意識が遠のいていく・・・

「おぎゃー、おぎゃー」

(「ん、なんだ、ここは・・・真っ暗だ・・・なんだか体が思うように・・・動かせんし・・・喋れん・・・」)

「よく頑張りましたね・・・元気な男の子ですよ。」

私は出産の疲れでベッドに横たわっていた。
もうすぐ旦那と両親がやってくる。
私は出産の時に見た奇妙な光景を思い出していた。
あの光り輝く手のようなものは何だったのだろう・・・

旦那と両親が病室まで来てくれた。
なんでも赤ちゃんを見てきたそうだ。
両親は、しきりに可愛かったと喜んでいる。
旦那は、私も子供も心配していてくれていたようで、出産が無事終わったことに感極まったらしく、少し涙ぐんでいた。

私は旦那と両親に向かって言った。

「ねぇ、この子の名前、光輝、光輝にしない。
後藤 光輝。いい名前でしょ。」

<おしまい>

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