自己紹介(後編)|30代|2児パパ|公務員10年 → 4つの複業へ|失敗の日々|挑戦は「日常の隙間」から始まった|学生×企業×地域をつなぐ仕事|はじめてのnote
こんにちは、こーたろうです。
これは「自己紹介(前編)」の続きとして、私が松江市役所での10年間をどのように歩き、なぜ公務員を辞めて起業することになったのかをまとめた後編です。
前編では、万能感の崩壊と、松江市役所に入るまでの話をお伝えしました。
ここからいよいよ、私の「キャリアの軸」が育っていきます。
■ 公務員としての10年間が、今のキャリアの“土台”になった
松江市役所では、これまでの人生で味わったことのないほど、濃密で、予想外の経験が続きました。
結果として、それぞれの経験が今の複業・起業の仕事すべてに直結しています。
順番にたどっていきます。
■ 保健福祉課(2年間)
最初の配属は、住民の生活と直結する福祉の窓口業務。
医療証の交付
児童手当の給付
家庭の不安に寄り添う相談対応
目の前の一人の生活が少し軽くなる瞬間を見ながら、
「行政は人の人生の土台を支える仕事だ」
と実感しました。
丁寧に話を聴く力、心に寄り添う姿勢、事務の正確さ。
ここで育った基礎能力は、今の地域づくりの仕事にもそのまま生きています。
■ 東京本部へ出向(1年間)
突然の「国際分野」への抜擢。
自治体国際化協会(CLAIR)で、ALT・国際交流員(CIR)の受け入れ業務に関わりました。
全国自治体との調整
異文化コミュニケーション
研修運営
言語、価値観、働き方…
“違い”をどう橋渡しするかという視点が、この頃に強く育ちました。
■ ニューヨーク支部へ出向(2年間)
そして最大の転機。
約2年間、アメリカ・ニューヨークで働きました。
仕事内容は幅広く、刺激にあふれていました。
アメリカの自治体の政策調査
JETプログラム同窓会の支援
要人アテンド
長期休暇は世界を飛び回る
ニューヨークで暮らした日々で得た最も大きな学びは、
「人生はいくつでも作り直せる」「挑戦する文化が、人を強くする」
という空気感でした。
失敗を笑わない社会。
年齢に関係なく学び直す大人。
「やりたいことに正直でいいんだ」と、胸の奥がゆっくりほぐれていきました。
■ 地域振興課(ジオパーク事務局)
帰国後は、島根半島・宍道湖中海ジオパーク推進協議会の事務局へ。
自治体間連携
専門家との協働
地域を守りながら活かす観光戦略
ここで学んだのは、
「地域を動かすのは人。関係づくりこそ最大の仕事」
ということでした。
■ 文化振興課(茶の湯・八雲・椿文化・イベント)
公務員時代で最も「手触りのある仕事」だったのがここでした。
茶の湯文化の振興
小泉八雲関連事業
椿文化のPR
文化イベントの企画・運営
海外経験も、地域振興の経験も、全部つながっていく実感がありました。
しかし同時に、心の奥ではある想いが強まっていきます。
「公務員には必ず異動がある。自分が本当に貢献できるフィールドを、自分で選べない。」
このモヤモヤが、後の“大きな決断”につながっていきます。
■ 妻が Facebook で見つけた “たった1つの情報” が人生を変えた
迷いがピークに達していたある日、
妻がスマホを見ながら言いました。
「これ、Facebookで流れてきたんだけど」
それは起業家スクールの開催情報でした。
モヤモヤを解消してくれるのではと、なんとなく参加してみたところ…
そこには、公務員では味わえなかった“熱”がありました。
想いを言葉にする
地域課題を事業として解決する
仲間と協働してプロジェクトを動かす
胸の奥が久しぶりに熱くなり、
私ははっきりと気づきました。
「挑戦したい。地域で、新しい価値をつくる側になりたい。」
ここが、起業を志した最初の瞬間です。
■ そして起業へ——しかし、ここからまた“失敗の連続”
公務員を辞め、念願の起業へ。
とはいえ、正直に言うと順風満帆ではありませんでした。
売上が立たない
資金が尽きそうになる
案件ゼロの日々
仲間の離脱
起業してからのほうが、むしろ多くの挫折がありました。
ただ、その話はまた別の機会に。
(自己紹介|起業の失敗編として書こうと思います)
■ 今の私は、4つの仕事を持っています(複業の形で)
現在は、次の4つの軸で活動しています。
株式会社XiNAPSE 代表取締役
株式会社kakki 島根支社長
株式会社COME TREES SNS・採用・研修担当
StArt 代表(個人事業主)
点だった経験が線になり、やがて面になっていくような感覚です。
どれも「松江を良くしたい」という想いから生まれています。
■ こんな人に読んでほしい
この後編は、特にこんな方に届けば嬉しいです。
公務員と民間の間で悩んでいる人
地元で働くことに迷いがある人
何か挑戦したいけれど、動き出せずにいる人
安定か、自分らしさかで揺れている人
海外経験と現実のギャップに苦しんだ人
“普通の自分”でもキャリアはつくれるか不安な人
私も万能ではありませんでした。
才能があったわけでもありません。
ただ、
「動いた」
という一点だけが、私の人生を変えました。
■ 最後に
キャリアは一直線ではなく、曲がりくねった道の連続です。
遠回りでも、迷っても、立ち止まってもかまいません。
大切なのは、
「自分で選んだ道だ」と胸を張れること。
これからも、松江で挑戦を続けていきます。
よかったら、また次の記事も読んでください。
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