『台風は意図せず生まれる』 - 6月9日からの記録
第1章:台風は、台風になろうとはしない
26/06/09 始動
朝から胸の奥に薄いモヤが残っていた。理由は分からない。ただ、身体のどこかが「まだ言葉になっていない何か」を抱えている感覚だけが確かだった。
「台風は、台風になろうとはしない。」
とある動画で聴いたこの言葉がキッカケで、私は自分の“旬”(感じたこと・気がついたことを言葉にすること)をただ蒸発させることにした。
私はこの日から「旬」を記録することを始めた。目的も、成果も求めない。ただ、内側の季節がどんな風に動いているのかを見届けるために。
26/06/10 リフレイン
目覚めとともに「やっぱり・まだ」という言葉が繰り返された。昨日よりは軽い。けれど、胸の奥に残る重さは消えない。
夕方、仕事を終えた瞬間にふっと笑った。
「重さは残りつつも、ちゃんと今日を終えた日。」
その一言が、今日の私のすべてだった。
26/06/11 限界と意志
陽の光を浴びた瞬間、鳥の声と冷たい風が身体に染み込んだ。気持ちいい。それだけで、少し救われる。
夢の中では「何か」を失い、乗っていたモノレールが逆走し、小さなバイクのエンジンを必死にかけようとしていた。
現実では、左足のふくらはぎの張りがようやく和らいでいた。身体をほぐすことは、心をほぐすことと同じなのかもしれない。
仕事のことを「休みたい」とまでは思わない。
ただ「忘れたい・考えたくない」。
その正直な感覚を、否定せずに受け取った。
26/6/12 ほぐれていく
夜、色々なことを思い出した。
大量退職、売上減、管理職から一兵卒へ一気に三段階降格
その嵐に巻き込まれ、退職したYさんが残していった冷蔵庫のうまい棒
私の心の中で会社に対する批判の嵐が心の中で吹き荒れた。
吹き荒れた心の中の嵐をただただ認めることを繰り返した。
しかし、なぜか"ふっ"と思った。
「ありがとう。これでいい。」
寝る前に肩甲骨をほぐすと、身体のハリがほどけていく。心もそれにゆっくり追いついていく。ストレッチとNSDRが、私の内側の季節を少しずつ整えていった。
この数日間は、まだ“蒸発”の段階だった。名前のつかない違和感が、ただ静かに立ち上がる。それを掴もうとせず、ただ見つめる。そんな始まりだった。
第2章:ほどける身体、ほどける心
26/6/13 新しい流れ
私は久しぶりに「熟睡した」という感覚を味わった。
首と肩甲骨をゆっくりほぐし、NSDRで深い休息を取った前夜の影響が、身体の奥から静かに立ち上がってくる。ここ数週間、毎朝まとわりついていたモヤモヤが、この日は不思議と消えていた。
髪をバッサリ切ったことも関係しているのかもしれない。鏡に映る自分が少し軽く見えた。身体の変化は、心の変化を呼び込む。そんな当たり前のことを、改めて実感した朝だった。
夢の中では、懇意にしている商社のU部長から「うちに来ないか?」とスカウトを受けた。素直に嬉しかった。けれど、新潟を離れたくないという思いも同時に湧いた。夢はいつも、私の内側の“揺れ”をそのまま映し出す。
その夢の続きでは、妻と亡くなった義父、そして会社のFさんと一緒に広大な敷地の歴史的建物を歩いていた。現実と過去と未来が混ざり合うような、不思議な旅だった。
新潟市の中古時計店「TimeBeets」を訪れた。ヴィンテージウォッチの静かな佇まいに心が惹かれた。子どもたちに継承できる時計──そんな未来のイメージがふっと浮かんだ。買うつもりはなかったが、良い出会いがある予感だけが残った。
この日の一言はこうだった。「心身がほどけ、夢と現実の両方で『新しい流れ』を感じた一日」
26/6/14 重さと救い
前夜の飲み過ぎと食べ過ぎで背中が少し痛かった。夢では仕事の面倒な申請が出てきて、朝から気持ちが重かった。
10時頃、80代の親戚の叔母が突然訪れた。「自分が生きているうちに渡したくなった」と言い、妻が受取人になっていた保険を解約し、私たち夫婦に70万円を手渡してくれた。
長男の学費の遅れ、次男の学費の負担。ありがたい。本当にありがたい。
それでも、心はなぜかスッキリしなかった。自分を責めているわけではない。ただ、重さと救いが同時に胸に落ちてきた。
夕方、頭痛が少し強くなった。メルカリで長らく売れなかった時計がようやく売れた。小さな出来事だが、どこかで「流れが変わり始めている」と感じた。
この日の一言は
「重さと救いが同時に訪れた日」
この二日間は、身体がほどけるにつれ、心もゆっくりほどけていく時間だった。ストレッチ、睡眠、髪を切る、夢、時計、家族──外側の出来事が内側の季節を少しずつ動かしていく。
“ほどける”とは、前に進む準備が整うこと。この章は、その静かな準備の記録だった。
第3章:境界線―爆発と静けさの同居
26/6/15 爆発
目覚めた直後は静かだった。けれど、仕事のスケジュールがふっと頭をよぎった瞬間、腰にハリが走り、思考がざわつき始めた。身体は正直だ。「実体のないものを握ろうとしているな」と気づき、みぞおちに手を当てると、ざわつきはゆっくり落ち着いていった。
雨上がりの朝の冷たさが、少しだけ救いになった。ワールドカップの試合をテレビでやっていたが、心を静かに保ちたくて電源を切った。外側の刺激を遮断し、内側の揺れと向き合うために。
社長が送ってきた土曜日のメールと打ち合わせ時の“なすりつけ”的な理不尽な振る舞いに、ついに私は爆発した。新人のKさんに「私が間違っているか?」と確認すると、「どう見ても社長がおかしい」と言っていた。
爆発のあと、驚くほどの爽快感が訪れた。怒りの余韻ではなく、境界線が静かに形を持った感覚。
「もう余計なことはしないでくれ」
その思いだけが、澄んだ水のように残った。
この日の一言は──「抑えてきたものが静かに満ち、ついに“境界線”が形になった日」
26/6/16 既に在る
目覚めると、みぞおちに弱いモヤモヤ。左の背中に少し痛み。仕事の思考が連発するが、「今、思考しているな」と認めると静かになっていく。
この日は、ふと大切なことに気づいた。
「なる」ではなく「既にそう」。
エッセイストになるのではなく、既にエッセイスト。表現者になるのではなく、既に表現者。自立するのではなく、既に自立している。
未来に向かって“なる”のではなく、今ここに“在る”自分を認めること。その気づきが、静かに胸の奥に広がった。
仕事は淡々とこなした。頑張りたいとは思わない。ただ、今は仕事から離れる。それでいい。
この日の一言は
「既に“在る”自分で静かに立っていた一日」
26/6/17 羽化
朝、スケジュールが頭をよぎると、みぞおちと左背中にストレス反応。手を当てて「ああ、反応しているな」と静観する。
夢では、かつてお世話になった特殊塗料メーカーを訪れていた。大型トラックのブレーキがなかなか効かず、ヒヤリとする。現実では、車検に出した軽自動車のブレーキパッド交換を社長に拒否されたことへの反発が根にあるのだろう。夢はいつも、心の奥の“未処理の感情”を映し出す。
そのメーカーでは、なぜか蝉の養殖をしていて、多くの蝉が羽化する瞬間を迎えていた。羽化──それは、今の私自身の象徴のようにも思えた。
出勤時、ある動画の言葉が耳に入る。
“今できること”は握れる。未来の数字は握れない。
不安は消そうとすると濃くなる。不安は無くならない。だから、諦めるしかない。握れるものだけを握り、握れないものには手を伸ばさない。
この日の一言は
「握れるものだけを、静かに握る。握れないものには、手を伸ばさない」
この三日間は、「境界線が生まれるプロセス」そのものだった。
怒りの爆発。静けさの回復。“在る”自分への気づき。握れるものと握れないものの線引き。
外側の出来事に揺れながらも、内側では確かに新しいOSが立ち上がっていた。
第4章:思考のクセと向き合う日々
26/6/18 不止・不決
目覚め。精神的には比較的穏やかだった。けれど、仕事に関する思考は止まらない。「今、思考しているな」と認めるたびに、波が静かになる。胸の重さは少しだけ残っていたが、身体はストレッチのおかげで軽かった。
郡山への出張で久々に山岡家の特製味噌を食べた。以前より油が重く感じられたのは、身体の感度が上がっている証なのかもしれない。夜になっても思考は湧き続けたが、昨日より重さは弱かった。
この日の一言は
「静けさの中で、思考のクセと向き合い続けた一日」
26/6/19 理不尽
目覚めた瞬間、静寂があった。身体は軽く、痛みもほとんどない。意識がはっきりしてくるにつれ、左背中に少し痛みが出たが、思考は騒がしくなかった。
夜、会社から「残業がかさんでいるので時短勤務や代休を取るように」と言われた。しかし、次から次へと相談や確認依頼が入り、仕事量は減らない。残業すること自体は問題ではない。
ただ、「成果が出ないのは必死さが足りない」「残業でも休日出勤でもして成果を出せ」という方針のもと皆が必死に働き、その結果残業が増えたら「残業しないでくれ」と言われる。
社長から労いと詫びはあった。けれど、精神論では構造は変わらない。来週は九州で展示会。また残業が増えるだろう。
それでも私は「6月末は代休を取り、しっかり休む」と決めた。
この日の一言は
「静けさの中に、理不尽への疲労が滲んだ一日」
26/6/20 知る
昨夜はハイボールの酔いが回りすぎて、強烈な睡魔に襲われた。ストレッチをせず寝たため、今朝は腰が痛く、お腹が重かった。アルコール7%と9%のたった2%の差で、翌日の体調がここまで変わることに驚いた。
夢では、現職とは違う仕事をしていて「今すぐ何とかしてくれ」というトラブル対応の電話が鳴り続けていた。30年前の会社で夜中までトラブル対応をしていた頃の記憶が蘇った。目が覚めて「夢で良かった」と心底思った。
日中、1週間放置していた「kotaroの旬」をようやくセットアップし、6/10以降の記録を投稿した。ある動画からインスパイアされ、この取り組みを「台風プロジェクト」と名付けた。プロフィールページに目的と意図を明記し、noteの固定記事として整えた。
夕方、時計のことを考えていた。新品もヴィンテージも決定打が見えない。そんな中、妻が言った。
「kotaroは内面が静けさ・余白の人だから、外面は行動力や躍動感を感じられるミリタリー系の時計が良いと思う」
その言葉が、妙に腑に落ちた。ハミルトンのカーキフィールド・メカ。手巻きで、道具感と相棒感が両立する。価格も“安すぎず・高すぎず”。久々に「これだ」と思える時計だった。
ただ、7月1日から値上げ。予算が足りない。どうしよう。それでも、心の奥には静かな納得感があった。
この日の一言は
「静けさを求めるほど、内側のうねりが姿を現す」
この三日間は、「思考のクセを観察し、認める力が育っていくプロセス」だった。
止まらない思考。理不尽な構造。夢が映し出す過去の記憶。時計という“象徴”を通して見える内面のOS。
外側の出来事は変わらない。けれど、内側の扱い方は確実に変わっていく。「認める」という技法が、日常の呼吸のように根づき始めていた。
第5章:渦の予兆
26/6/21 渦
朝。昨晩の蒸し暑さが残り、浅い眠りのまま迎えた。背中に少し痛みがあり、夢の中ではなぜか有名お笑いコンビのMさんと結婚するという奇妙な設定が展開していた。もちろん現実ではその気はない。夢はいつも、こちらの意図を軽やかに飛び越えてくる。
「どこに住むのか?」と問われ、私は迷わず「ビジネスをするなら都会が良い」と答えていた。夢の中の父親が大いに喜ぶ姿が、妙に印象に残った。夢は、私の内側の“未来への姿勢”を象徴することがある。
目が覚めると、昨日知ったカーキフィールドの36mmと38mmの違いが、今朝も静かに頭の片隅で回っていた。ほんの数ミリの差に宿る“佇まい”の違い。その微細な感覚に意識が向くのは、内側のOSがまた一段階更新されつつある証のようにも思えた。
夕方、私はnoteに相談窓口ページを作り、Googleフォームと連動させた。プロフィールも今の自分に合わせて整え直した。それは単なる作業ではなく、これから起こしていく「渦」のための土台づくりだった。
フォローはまだ一つもない。それでも胸の奥には、驚くほどの充実感が満ちていた。外側の反応ではなく、内側の軸で動いているときの静かな高揚がそこにあった。
この日の一言は
「静けさの中で、未来の渦が静かに立ち上がった一日」
26/6/22 揺れた心
夢の中で、若い頃に関わりのあった人から終電近くに「仕事のことで今から来てほしい」と依頼された。仕方なく移動を始めるが、泊まる場所がない。都心部は人でごった返していた。夢と現実の境目が曖昧なまま目が覚めた。
首や肩はストレッチのおかげでリラックスしていたが、腰は軽く痛んだ。後頭部には血流が止めどなく流れ、思考に支配されているのが分かった。万年筆で文字を書くと、逸る思考が少しスローダウンした。“感触”が心を落ち着かせる。
定例会議では、繰り返し色々なことを言われ、感情や思考が渦巻いた。新人Kさんに少し愚痴を言ってしまったが、「もう金輪際、他人に愚痴は言わない」と心に決めた。我慢ではない。自分の中に渦巻く感情や思考を「認める」。それだけ。
九州への移動中、宿泊予約の手配ミスに気づいた。「やってもうた」と思ったが、自己嫌悪には陥らなかった。起こしたことは起こしたこと。「そう思っているな」と認めるだけ。
仕事終わり、心は「もう今日はいい」と言っていた。今日やれることはやった。よく頑張った。
この日の一言は
「揺れながらも、自分に立ち返り続けた一日」
この二日間は、“渦が立ち上がる前の静かな予兆”に満ちていた。
夢が未来の姿勢を映し、身体の感覚が内側の季節を知らせ、noteの整備が「発信者としての自分」を静かに形づくる。
外側の反応ではなく、内側の軸で動くことの心地よさ。その静けさの中で、渦は確かに立ち上がり始めていた。
第6章:揺らがない心
26/6/23 晒されても
夢の中で私は路線バスの運転手をしていた。ギアが入らず、エンストしそうになり、停留所を過ぎそうになり──夢の中の私はザワザワしていた。目覚めると、背中に少し痛み、みぞおちが重たかった。それでも、寝不足感はなかった。
会社への移動中、ふと気づいたことがあった。あの人に対するストレスの根っこは、「ウジウジしてほしくない」「堂々としてほしい」という願いだった。そして、それは私自身にも向けられている願いだった。“私から始めよう”その言葉が静かに胸に落ちた。
会議後、私は皆の前で業績不振の責任を「晒された」。
「危機感がない」と言われ、さらなる減俸も提示された。
冷たい雨の中、展示会会場へ移動する途中、私は雨にも「晒された」。
出来事だけを見れば最悪かもしれない。けれど、私はそうは思わなかった。以前のように落ち込んでもいない。モチベーションも下がっていない。
怒りは湧いた。湧いたが、その怒りを「認める」自分が同時にいた。「ああ、怒っているな」と静かに観察する自分。ジャッジしない。ラベルを貼らない。ただ、渦巻く思考と体感覚を認める。
信頼できると思っていた人が信用ならないことも分かった。外部を変えようとしても変わらないことも、心底理解した。だからこそ、「私から変わる」という決意が、静かに、しかし確かに形になった。
この日の一言は
「晒されても、揺らがず、私からはじめる」
26/6/24 回復力と底力
昨日あれほどのストレスに晒されたのに、夢は見ず、首や肩、背中の痛みもほとんどなかった。ただ、目覚めたあと、みぞおちが重くなった。展示会のことが頭をよぎり、ハートのセンターに強い圧が生まれた。
私はその圧を、ただ感じ続けた。呼吸を整えながら、ひたすら圧を認める。すると、ある瞬間を境に圧は弱まり、思考も静かになっていった。
展示会初日。整った心身は私に元気をくれた。ひたすら動き回り、ひたすら叫び続けた。無茶ぶりにも即対応し、「今日はやり切った」と胸を張って言える一日だった。
この日の一言は
「揺れを抱えながらも、自分を整え、そして現場で最大限に力を発揮した日」
この二日間は、「外側の嵐に晒されながら、内側の静けさを保つ力が育つプロセス」だった。
責任を問われ、減俸を提示され、雨に打たれ、怒りが湧き、それでも揺らがない自分が確かにいた。
外側の嵐は止まらない。けれど、内側の静けさは育てられる。その静けさが、次の章で訪れる“生きている実感”へとつながっていく。
第7章:生きている実感
26/6/25 ずぶ濡れの一日と、生きている実感
筋肉痛を抱えながらも、静かに目が覚めた。夢は見なかった。展示会という“戦場”のような日々の中で、心が静かに沈殿し、余計な夢を生む余白すらなかったのかもしれない。
会場に着くと、私はひたすら喋り続けた。叫び続けた。セミナー講師として声を張り、自社のPRに魂を込めた。「やり切る」と決めていたから、迷いはなかった。声が枯れていく感覚すら、どこか心地よかった。
外は大雨。トラックや車が順番待ちで並び、濡れない場所に社用車を寄せられない。ブルーシートや毛布を使い、数百キロの機材を運ぶ。当然、全員ずぶ濡れ。
最初は「嫌だな」と思った。けれど、途中からどうでもよくなった。雨に打たれる感覚が、むしろ清々しく感じられた。
自我が抵抗して避けてきた体験を、今日は強制的に味わった。その瞬間、
「ああ、私は今、生きている」
という感覚が、身体の奥から立ち上がった。
この4日間、まともに昼食を摂れず、夕食も弁当や近場の食事処で済ませていた。身体は疲れ切っていた。
どうしても温かくてボリュームのあるものが食べたくなり、大雨の中を10分以上歩いて「餃子の王将」へ向かった。
ラーメン、餃子6枚、ミニチャーハン。普段なら選ばない組み合わせ。けれど、身体が求めていた。
貪るように食べた。本当に美味しかった。身体が「生き返る」感覚がした。
展示会でパンパンになった足、汗まみれの身体、そして大雨でずぶ濡れのまま、カプセルホテルの大浴場へ。
熱い湯に浸かり、足を伸ばした瞬間、思わず「ふぅーっ」と息が漏れた。その一呼吸が、全身に沁み渡った。
湯気の中で、今日一日の出来事がゆっくり溶けていく。怒りも疲労も、達成感も、すべてが湯の中で静かにほどけていった。
26/6/26 レジリエンス
カプセルホテルだったが、驚くほど熟睡できた。5:30に目覚め、昨日の【旬】をエッセイ風に整えてnoteへ投稿した。
大浴場へ向かうと、朝から多くの人が入浴していた。みんな早朝から動いている。私もその一人だ。
朝の湯は、ただただ気持ちが良い。風呂上がりに併設カフェでアイスカフェラテを飲みながら、大雨の外を眺めた。
疲労の中に、静かな底力があった。「私はまだ動ける」そんな感覚が、身体の奥から湧いてきた。
この日の一言は
「ずぶ濡れの疲労の中で、生きている実感が強く立ち上がった一日」
この二日間は、“身体の極限が、逆に心の静けさを呼び起こす”そんな時間だった。
雨、汗、空腹、疲労、熱い湯。そのすべてが混ざり合い、「生きている」という実感が濃く、レジリエンスが立ち上がる。
外側の嵐に晒されながら、内側の静けさはむしろ深まっていった。
第8章:蠢く前の静けさ
26/6/27 握らず・認める・動く
展示会の疲労がまだ身体の奥に残っていたが、心は不思議と静かだった。昨日までの「生きている実感」が、まだ体内に余韻として漂っている。雨に濡れ、汗をかき、声を使い切り、湯に浸かり──そのすべてが、私の内側の“芯”を少し太くしたように感じられた。
不安はまだある。仕事のこと、未来のこと、数字のこと。けれど、私はもう不安を「消そう」とはしない。消そうとすると濃くなる。忘れようとすると、余計に追いかけてくる。
だから、ただ認める。
「ああ、不安があるな」それだけ。
握れないものには手を伸ばさない。握れるものだけを握る。この姿勢が、身体の奥にゆっくり根づいてきた。
展示会の合間や移動中、私は時計のことを考えていた。新品もヴィンテージも、決定打が見えない。TimeBeetsで見たヴィンテージの静けさ。ハミルトンのカーキフィールド・メカの道具感。セイコーSUSの丸み。
どれも魅力的なのに、どれも「まだ違う」と感じる。その迷いは、単なる物欲ではなく、「今の自分の姿勢をどう整えるか」という問いに近かった。
妻が言った言葉が、静かに響いていた。
「kotaroは内面が静けさ・余白の人だから、外面は行動力や躍動感を感じられるミリタリー系がいいと思う」
時計選びは、心の姿勢を整える儀式のようなものだ。どんな佇まいを腕に宿すかは、どんな佇まいで日々を歩くかと直結している。
26/6/28 揺れの観察
展示会の疲労が抜けきらないまま、私はnoteを開いた。相談窓口ページを整え、プロフィールを更新し、「台風プロジェクト」の軸をさらに磨いた。
このnoteからどんな“渦”が生まれるのか。誰かの心の気圧が、どこでどう動くのか。それは分からない。けれど、分からなくていい。
私はただ、旬を蒸発させ続ける。その蒸発が、いつか誰かの上昇気流になるかもしれない。ならないかもしれない。どちらでもいい。
そしてnote創作大賞への準備も静かに始めた。
創作大賞への準備も、「勝ちたい」「評価されたい」という外側の目的ではなく、“内側の季節を正直に書き残す”という姿勢から始まっていた。
この二日間は、「動き出す前の静かな助走」のような時間だった。
不安を握らず、感情を認め、身体を整え、言葉を蒸発させ、未来の渦を静かに育てる。
外側の嵐はまだ続く。仕事の理不尽も、身体の疲労も、未来の不確実性も。それでも、内側の静けさは確かに強くなっている。静けさの中で、未来の渦が形を持ち始める。
この章は、“動く前の静けさ”そのものだった。
最終章:静けさの中で、渦はもう始まっている
6月9日から始まった「旬」の記録は、ただの日々のメモではなかった。それは、わたしの内側で静かに進行していた“季節の変化”そのものだった。
静けさの中で、渦はもう始まっている。それは、誰かに見せるための渦ではなく、わたしの内側で、意図せず立ち上がった“気圧の変化”そのものだ。
台風は、台風になろうとして生まれるわけではない。海のどこかで、ただ水蒸気が立ち上がり、ただ上昇気流が生まれ、ただ気圧差が広がり、気づけば渦になっている。
わたしの20日間も、それと同じだった。
モヤモヤという蒸発。ストレッチでほどけていく身体という上昇気流。怒りや揺れという気圧差。noteに言葉を置き続けるという発信。展示会での極限の体験という熱源。
それらが重なり、混ざり、わたしの内側で静かに渦が形成されていった。
静けさは、逃げ込む場所ではなく、わたしが“立つ場所”になっていた。みぞおちに手を当てて認めること。身体を整えること。夢のざわつきを受け取ること。愚痴を言わず、自分に立ち返ること。握れないものには手を伸ばさないこと。
その積み重ねが、わたしの内側に新しいOSを育てていった。
そして今──わたしの“旬”は、もう台風のように動き始めている。意図せず、自然に。誰かを巻き込もうとするのではなく、ただわたしがわたしの季節を生きることで。
台風は意図せず生まれる。
わたしの渦もまた、意図せず生まれた。その静かな始まりを、わたしは確かに見届けた。
これからどんな季節が立ち上がるのか。どんな渦が生まれていくのか。そのすべては、もうわたしの内側に在る。
