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棺に、食べかけのカップラーメンを入れた

葬儀屋というのは、人の「最後」を何百回も見る仕事だ。

だから、たいていのことには驚かない。

でも、あの日の棺だけは、今も忘れられない。

1年越しの、カップラーメン

故人は、72歳の男性だった。

胃がんで、入院して1年2ヶ月。

病院食しか食べられなかった。

塩分制限、脂質制限。

食べたいものは、何も食べられない1年だった。

長女が言った。

「父、ラーメンが好きだったんです」

「最後まで、食べたいって言ってて」

入院中、何度か買っていったらしい。

でも、「食べてはいけない」と言われた。

結局、食べられないまま逝った。

長女は、スーパーで買ってきた。

故人が好きだった、豚骨のカップラーメン。

棺に入れた。

「食べていいよ」

火葬場の職員が、棺の中を確認した。

カップラーメンを見て、一瞬止まった。

「あの、これは容器が...」

長女が、静かに言った。

「父に食べさせてあげたかったんです」

「ダメですか」

職員は、少し考えた。

それから、「わかりました」と言った。

棺の扉が、閉まった。

炉の前で、長女がつぶやいた。

「食べていいよ、お父さん」

「もう、誰も止めないから」

私は、その言葉を聞いて、少し横を向いた。

10年間で見てきた、棺の中

葬儀屋を10年やって、棺の中に入れられるものを、数えきれないほど見た。

生前好きだった日本酒。

孫が描いた似顔絵。

50年連れ添った妻への、初めての手紙。

「ありがとう」とだけ書いてあった。

余命を告げられた日から、こっそり書き続けていたらしい。

A4の紙が、30枚あった。

棺の中は、その人の「言えなかったこと」が詰まっている。

人は、最後に何を持っていくか

仏教では、棺に入れるものを「副葬品」という。

古くは、故人があの世で使うものを入れた。

現代は違う。

遺族が「持たせてあげたいもの」を入れる。

それは、故人への贈り物であり、

遺族自身の「後悔しないための儀式」でもある。

長女は、カップラーメンを入れることで、何かを手放した。

「食べさせてあげられなかった」という、1年分の後悔を。

火葬が終わって

1時間後、お骨を拾った。

長女が、小さな声で言った。

「食べてくれたかな」

私は、答えなかった。

葬儀屋に、答える言葉を持ち合わせていない。

でも、心の中で思った。

食べたと思いますよ。

湯気が立ってたから。

おわりに

人が死ぬとき、持っていけるものは何もない。

でも、棺に入れることはできる。

食べられなかった豚骨ラーメン。

言えなかった言葉。

渡せなかった手紙。

棺の中は、この世とあの世の、境界線だ。

遺族が「最後に何を渡すか」で、その人の人生が、少しだけ変わる気がする。

葬儀屋を辞めた今も、そう思っている。

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