時計との一時的な別れ
「もうこんな時間だ、起きなきゃ」
「こんな時間!?掃除しなくちゃ」
時計を見ては、少しストレスを感じていた。
でも、家の猫を見ていてふと思った。
「時計にとらわれるなんて、おかしくないか?」
猫には時計なんて関係ない。
仕事や人との約束があるときは
時間を見る必要がある。
でもそうでないときは、
時計なんていらないんじゃないか?
時間を見ないで過ごすことができるのは、
朝起きてから、夫が帰宅する18時まで。
壁時計を取り外す。
置き時計を裏返す。
そしてiPhoneの画面左上。
時刻が表示されている所に
シナモロールのシールを貼って、時間を隠す。
こうして、時計無し生活は始まった──
結論から先に言うと、時計を見ない生活はとても良かった。
目が覚める。アラームはかけていない。
夫はすでに出勤している。
いつもなら時計を見て、
「こんな時間だから起きなきゃ」とか
「まだ早いから二度寝しよう」となる。
でも今日は、時間が分からない。
目覚めたことだし、とりあえず起きる。
カーテンを開けてギョッとした。
まるで夕方みたいな陽が差していたのだ。
「遅くまで寝ちゃったのかな…?」
前日は夜中の2時半に寝たので、
もし寝過ぎたとしてもおかしくはない。
(私は12時間以上寝ることがある)
心臓の鼓動が速くなる。
時間が猛烈に気になる。
何時なのか分からない、漠然とした不安。
メガネをかけず、ボヤけた視界で携帯を開く。
メモに「起きた」と記入する。
(後で確認すると、9:06だった)
当然、携帯のホーム画面には時間が表示される。
だから携帯を開いても時間が読めないよう、
前日の夜、時計を「インド数字」にしておいた。

猫と一緒に、ゆっくりと朝ごはんを食べる。
「もう◯時だ!」「◯時までに〇〇したいな」
がなくなり、次第に心にゆとりが出てくる。
陽は夕方みたいだけど、もし本当に夕方なら
すぐに暗くなって夜が来るはずだ。
ならば今は、この明るさをめいっぱい使おう。
紙のメモに「今何時かなんて、知らん」と書く。
なんだか、
時間なんて最初から無いような気さえしてきた。
外出は、時計と鉢合う危険が潜んでいる。
でも時計の在処は把握しているので、
思い切ってジムに行く。
ジムの受付で会員証を出し「こんにちは」と言うと、
受付のお姉さんに「おはようございます」と返された。
衝撃が走る。
今は「おはようございます」の時間なんだ!
夕方はおろか、お昼でもない。
もしかして早朝だったりして…?
普段、1時間は筋トレをしないと気が済まない。
でも今日は時間が分からないので、
自分の身体と対話しながら
身体の気が済むまで身体を動かす。
じっくり身体と向き合い、
最後にシーテッドケーブルフライで背中を鍛える。
「疲れてきたから、そろそろ終わりにしようかな?」
と、ふと目の前の鏡を見た。
そこに、予期せぬ落とし穴があったのだ──
鏡の中には、後ろの壁につけられた時計。
バッチリ見てしまった。
そこには、上部が少し曲がった縦線。
その反転した時計の針は、
紛れもなく11:30を指していたのだ。
「一瞬だから見間違えてるかもしれないよ」
必死に自分をなだめる。
記憶から消そうとするが、残像はくっきりとした形で追いかけてくる。
その残像から逃げるように、ジムを退散した。
当然のことだが、時間を見る可能性をゼロにしたいのであれば、外出しないことである。
反省しながら、仕切り直して帰路につく。
昼食
いつもなら12時を過ぎているかどうかで
昼食を取るか決めるのだが、今日は違う。
お腹が空いたら食べようと思う。
少し経ってから、昼食を食べる(12:30)
そしてピアノの練習を始める(13:36)
だいたいいつも1時間〜1時間半ハノンをして、
そこから曲の譜読みやら練習をする。
でも今日は時間に囚われず、より自分の身体や心と
対話しながらピアノと向き合う。
窓の外、青と黄色のグラデーションに染まっている空を眺める。
そして再度集中してピアノに向かう。
良い練習ができた。
(結局、5時間半ほど練習していた)
空が暗くなったところで、夫が帰ってきた。
手には、掛け時計。
「時計見たくないんだろうなと思って、職場まで持って行ったんだ」と言う夫。
(人のことは言えないが、夫も変わり者である)
確かに、「裏返したはずの時計がない」と思っていたけれど、まさか夫が持って行ってくれていたなんて。
夫は物理的にも、私から時計を遠ざけてくれたのだ。
ただ夫は、私がどうして時計を見ないのかを知らない。夫はその理由をものすごく知りたがっていたが、私は「明日話すね」と言った。
誰にも言わず、やってみたかったのだ。
夫に理由を話す。
「俺は時間に追われていたよ」と笑いながら話す。
中学の教員をしている夫の今日は、
一分一秒を争う忙しさだったらしい。
改めて、私にこんな生活をさせてくれる夫に
深く感謝した。
時計を見ないことで、自分の頭を使って考える時間が増えた。そして、目の前に自由な空間が広がっていくような感覚が生まれた。
携帯をろくに見なかったのも、とても良かった。
(普段からあまり開かないけど、それでも)
だから、月に1度は時計無し生活をしようと思った。
でも、現代のこの世の中で、一体どれくらいの人が
時計を見ずに生活できるのだろう。
