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あとでやる島

あなたには、ずっと「あとで」にしていることが、いくつありますか。

田中みのりが目を覚ましたとき、そこは砂浜だった。
見慣れない空、見慣れない海。そして砂浜に、無造作に転がる大量の「もの」たち。
一番近くにあったのは、くしゃくしゃに丸められた紙だった。拾い上げて広げると、こう書いてある。
ジムの入会申込書(記入途中)
その隣には、埃をかぶったヨガマット。さらに奥には、誰かの「読もうと思っていた本」が山積みになっていた。タイトルはバラバラだが、どれも帯に「一生に一度は読むべき」と書いてある。
「ここ、どこ?」
みのりが呟くと、後ろから声がした。
「あとでやる島へようこそ」
振り返ると、くたびれたアロハシャツを着た中年男性が立っていた。首には「島内案内人」と書かれた手書きのプレートがぶら下がっている。
「あとでやる……島?」
「世界中の人間が『あとでやろう』と思って放置したものが流れ着く島です。あなたも何か置いてきましたね?」
みのりは思い当たることが多すぎて、逆に何も言えなかった。

案内人の名前はおじさんだった。本名を聞いたら「あとで教えます」と言われたので、みのりはずっとおじさんと呼ぶことにした。
島を歩くと、世界中の「あとで」が所狭しと並んでいた。
送りそびれた誕生日カード。半分だけ編まれたマフラー。「今月こそ始める」と毎月思い続けて三年が経過した家計簿。
思わず笑いそうになって、みのりはすぐに笑えなくなった。どれも、自分にも心当たりがあった。
「これ全部、誰かの『あとで』なんですか」
「そうです。あとでやろうと思った瞬間に、ここへ飛んでくる」
「じゃあ私の『あとで』は、何個ここに来てるんですか」
おじさんはにこりともせずに言った。
「全部で三百四十二個です」
みのりは黙った。
「平均より少し多めですが、記録ではありません。安心してください」
全然安心できなかった。

島の奥に進むと、小さな小屋があった。中に入ると、壁一面に棚が並んでいて、小瓶がぎっしり詰まっている。
「これは?」
「言葉です。あとで言おうと思って、結局言えなかった言葉」
みのりは一本手に取った。ラベルには小さな字で書いてある。
ありがとう、お母さん。いつも応援してくれて。
胸がちくりとした。
「これも……私のですか」
「いいえ、それは別の人のです。でもあなたのも、ありますよ」
おじさんは棚の端から、少し大きめの瓶を取り出した。みのりは受け取って、ラベルを読んだ。
もうちょっと自分を信じてみようかな。
「これ、言葉じゃないですよね」
「言葉にする前に、あとでにした気持ちです。言葉にしないまま、ここへ来てしまった」
みのりはしばらく、瓶を眺めていた。こんなに小さいのに、なんだか重かった。

気がつくと、砂浜に戻っていた。
手の中に、小瓶はなかった。でも、その言葉だけははっきり覚えていた。
もうちょっと自分を信じてみようかな。
みのりはスマホを取り出して、ずっと下書きのままだったメッセージを開いた。お母さんへの、他愛もない近況報告。送るタイミングを逃して、もう二ヶ月が経っていた。
「あとでじゃなくて、今でいいか」
送信ボタンを押した。既読がついたのは、三秒後だった。
みのりはスマホを閉じて、空を見上げた。特に何かが変わったわけじゃない。でも、胸のどこかが、少しだけ軽くなった気がした。

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