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吃音の「まもなく開式でございます」

『まもなく開式でございます』

人の死は、
待ってくれません。

でも、
僕の言葉は、
時々止まります。

深夜二時。
枕元でスマホが震えました。

暗い部屋の中で、画面だけが光っています。

「〇〇病院です」 


その瞬間、眠気より先に、体が仕事の顔になります。

葬儀社で働いていると、電話の音で季節が分かるようになります。

冬の電話は冷たい。

夏の電話は、少し湿っている。

雨の日の電話は、なぜか長く感じます。

僕は布団から起き上がり、喉を触りました。

 

昔から、緊張すると喉が固くなります。

子供の頃からです。

 

「あ」
が出ない。

 

それだけで、
人生って結構変わります。

洗面台で顔を洗いながら、僕は小さく声を出しました。

 

「あ……」

 

出ない。

 

もう一回。

 

「あ……ありがとうございます」

 

よし。

出る日は、少し安心します。 

出ない日は、朝から世界が狭い。

制服に着替え、会社へ向かいました。

夜の町は静かです。 

コンビニだけが明るい。

信号機だけが、ちゃんと働いている。

こんな時間に起きている人間は、
どこか少し壊れている気がします。

会社へ着くと、先輩の車がありました。

タバコの火だけが、暗闇で浮いています。

「おはよう」 

そう言われて、僕は軽く頭を下げました。


夜勤の仕事でよくあるように、おはようは、時間の意味を持ちません。

 

深夜二時でも、朝五時でも、葬儀社では、全部おはようです。

病院へ向かう車の中、先輩がラジオをつけました。

小さな音で、昔の歌が流れていました。

僕は、その時間が少し好きでした。

仕事前なのに、どこか静かで。

世界に、まだ僕たちしか起きていない感じがして。

 

病院へ着くと、
消毒液の匂いがしました。

この匂いは、たぶん一生忘れません。

自動ドアが開くたび、冷たい空気が流れる。

夜中の病院って、不思議なくらい静かです。

 

看護師さんの足音だけが響く。

ご遺族の方が、ソファに座っていました。

 

泣き疲れた顔でした。

 

僕は頭を下げます。

 

「この度はご……」

 

ご愁傷様
が引っかかりました。

 

喉の奥で、
言葉が止まる。

 

一瞬、空気が止まる。

でも、ご遺族の方は、気づかないふりをしてくれました。

その優しさが、逆につらい時があります。

 

僕には吃音があります。

 

子供の頃から、言葉が時々止まります。

小学校の音読。 

出席確認。

自己紹介。

 

全部嫌いでした。

 

特に嫌だったのは、教室が静かになる瞬間です。

みんな、待つんです。

まだかなって顔で。

僕は、あの時間が苦手でした。

言葉が出ない数秒間、自分だけ世界から置いていかれた気がする。


先生が困った顔をする。 

後ろで笑う声がする。

 

でも、一番苦しかったのは、

「頑張れ」
って言葉でした。

頑張ってるんです。

出そうとしてるんです。

でも、頑張るほど、喉が閉まる。

吃音って、気合いではどうにもならない。

でも、説明もしづらい。

だから僕は、逃げ方を覚えました。


言えない単語を避ける。

違う言い回しに変える。

電話を人に任せる。

自己紹介を短くする。

コンビニで、言いやすい商品を選ぶ。

「ナポリタン」
が言えない日は、
「ミートソース」にする。

 

ただ、それだけの話なのに、
その積み重ねで、
少しずつ自信が削れていく。 

周りは気づきません。

でも、吃音の人って、毎日、喋りやすい人生を探しています。


中学二年の時、国語の授業で、一行ずつ教科書を読む時間がありました。

 

順番に、前から読んでいく。

ただ、それだけの授業です。

でも、僕にとっては、処刑みたいな時間でした。

自分の番が近づくたび、前の人の背中を見ながら、頭の中で練習する。

この文章は読める。

この言葉は出やすい。


でも、最初が「あ」だから危ない。

「か」なら出る。

「た」は微妙。

そんなことを、ずっと考えていました。

でも、考えれば考えるほど、喉が固くなる。

先生が言いました。

 

「じゃあ次、〇〇くん」

教室が静かになる

窓の外の風の音だけが聞こえる。

僕は口を開きました。

でも、最初の一文字が出ない。


「あ……」

止まる。

頭の中では、ちゃんと読めてるんです。

でも、喉だけが動かない。


後ろの席で、誰かが笑う。 

小さな笑い声なのに、頭の中では大きく響く。

先生が、
「ゆっくりでいいよ」
と言う。

でも、その優しさが、逆につらかった。

 

僕は、
あの時間が「嫌い」でした。

 

教科書じゃなく、自分の番が嫌だった。

だから、授業中は、内容なんて頭に入っていませんでした。


次の文字。 

次の音。

どうやったら詰まらないか。

それだけ考えていた。

 

高校生になる頃には、僕は、言いやすい人生を作るのが上手くなっていました。

自己紹介を短くする。

注文しやすい店を選ぶ。

電話を避ける。

 

でも、それって、少しずつ世界を狭くしていくんです。

 

本当は行きたい店がある。 

でも、名前が言いづらいから行かない。


電話したい人がいる。

でも、最初の一言が怖くてかけられない。

 

そうやって、少しずつ、
人との距離ができていく。

だから僕は、スマホが好きでした。

文字なら、詰まらないから。

LINEでは、普通の人になれました。

 

既読をつけるタイミングとか。

返事の速度とか。

スタンプだけの会話とか。

そういう、声を使わない関係が楽だった。

 

でも、急な部署異動で、葬儀社に入ってから、僕は逆の世界へ行くことになります。


そこは、声の仕事でした。


電話。

打ち合わせ。

案内。

説明。

 

そして   、   司会。

 

新人の頃、先輩に言われました。

「来月から司会も覚えようか」

その瞬間、胃が痛くなりました。

マイクなんて、一番ダメなやつです。

 

静かな場所で。

大勢の前で。

絶対噛めない空気の中で。

そんなの、僕にできるわけがないと思いました。

 

初めての司会の日、今でも覚えています。

式場の空気が、怖かった。

先輩方の目が、怖かった。

会葬者の目が、怖かった

人って、静かすぎると怖いんです。


咳払い一つでも響く。 

椅子を引く音さえ目立つ。

焼香の足音まで聞こえる。

 

その中で、自分の声だけがマイクで広がる。

 

逃げ場がありません。

 

「ただいまより――」

 

最初の言葉が、出ませんでした。

 

喉が閉まる。

呼吸が浅くなる。

頭の中では、ちゃんと文章がある。

 

でも、口だけが動かない。

 

ほんの1秒程の時間です。

 

でも、自分の中では、数分みたいでした。

 

やっと出た声は、震えていました。

式が終わったあと、控室で、しばらく動けませんでした。

 

向いてない。

辞めたい。

何回も思いました。

 

でも、次の日も電話は鳴る。

人は亡くなる。

葬儀は続く。

この仕事って、誰かの気持ちが整理されるのを待ってくれません。

 

ある日、三十代の男性の葬儀がありました。

 

若い死でした。

友人たちが、たくさん来ていました。

みんな、黒い服を着ているのに、スマホだけが明るかった。

受付の前で、一人の男性が、画面を見ながら笑いました。


「昨日までLINE返ってきてたのにな」

 

5年前の事でも、その言葉が、今でも鮮明に残っています。

 

今の時代、人間関係って、スマホの中にあるんだと思います。

 

既読。

未読。

通知。

着信。

また今度な

そのまま終わる会話。

返そうと思って、返してないLINE。

急に思い出す人。

スマホって、人を近づけたけど、人が消えた時の静けさも、鮮明にした気がします。

 

亡くなった人のLINEって、急に止まるんです。

もう、オンラインにならない。

アイコンも変わらない。 

でも、トーク履歴だけ残る。

 

それが、妙に現実的で怖い。

 

僕は、そういう終わりを、毎日のように見ています。

 

ある日の葬儀で、故人のお名前が読めなくなったことがあります。


練習した。 

控室でも読んだ。

でも、本番になると、最初の文字が出ない。

静かな式場で、言葉だけが止まる。

 

焼香へ向かう足音だけが、ゆっくり響いていました。

僕は、喪主様の顔を見られませんでした。


終わったあと、本当に辞めようと思いました。

 

自分より、ちゃんと話せる人がやった方がいい。

普通の人がやった方がいい。

 

そう思いました。

 

でも、帰り際、喪主様に呼び止められました。

怒られると思いました。

 
すみません、って先に言おうとした時。

その人は、頭を下げて言いました。

「ゆっくり読んでくれて、ありがとうございました
 あなたに担当してもらって本当に良かったです。」

 

正直、意味が分かりませんでした。

でも、たぶんその人は、気づいていたんだと思います。

 

僕が、詰まりながら読んでいたこと。

一生懸命、言葉を置こうとしていたこと。

 

その時、初めて思いました。

 

上手に話すことだけが、全部じゃないのかもしれない。

ちゃんと、相手を見て置いた言葉は、
少しくらい震えていても、
届くのかもしれない。

 

ずっと、司会前は怖いです。

開式十分前。

式場が静かになっていく時間。

遺族席で、誰かが涙を拭く。

親族がスマホを閉じる。

小さな子供だけが、空気を読まずに動いている。

その景色を見るたび、喉が苦しくなる。


今日は、出るだろうか。 

名前をちゃんと読めるだろうか。

「開式」の「か」が、出なかったらどうしよう。

何百回やっても、慣れません。

むしろ、経験が増えるほど怖い。

一つの言葉が、誰かの記憶に残ることを、知ってしまったから。

でも、
それでも、
マイクを持ちます。

 

故人の人生を読むために。

残された人へ、最後の時間を渡すために。

式場の後ろでは、誰かのスマホが、小さく震えていました。
マナーモードの振動音だけが、静かな空間に、かすかに響く。

きっと、誰かからの連絡です。

「今どこ?」

「もう始まる?」

「間に合いそう?」

生きている人たちは、今日も、通知で繋がっています。

でも、僕の前にいる人は、もう、返事をしません。


だから僕は、今日も、言葉を置きます。 

少しゆっくりでも。

時々詰まりながらでも。

最後の時間が、ちゃんと誰かに届くように。

深呼吸をして、マイクを持ちます。

そして、静かな式場で、いつもの言葉を読み上げます。

 

「――まもなく開式でございます」


#創作大賞2026

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