母の戸籍を出生から取り寄せたら“江戸時代のひいひいじいちゃん”までたどり着いた話 〜5200円払って得た最高の知的冒険〜
役所の窓口で始まった「思わぬタイムスリップ」
母の死去に伴い、あちこちの手続きで戸籍謄本が必要になった。
区役所でサポートの方と話していたら、さらっとこう聞かれた。
「お母様の戸籍、どこから記載しますか? 出生からも出せますよ」
へぇ、出生から?
そう言われて、ふと気づいた。
僕、母のことを意外にちゃんと知らない。
子どもの頃の写真は見たことがあるのに、そのずっと前は空白。
「じゃあ出生からで……」と軽い気持ちでお願いした。
これがロマンの始まりになるとは思わなかった。
「10〜15分です」→からの「2時間待ち」
窓口の女性が、なぜか申し訳なさそうに言う。
「少々お時間をいただきますが、大丈夫ですか?」
「え、どれくらいですか?」
「10分とか15分とか……」
それなら余裕。午前休を取ってきたし、コーヒーでも飲むつもりで待つことにした。
しかし現実はこうなった。
30分後 → 呼び出し → “まだ終わりません”
理由は「戸籍がいくつかに分かれていて、市外の戸籍も取り寄せている」とのこと。
その間、窓口のひとつに「調査中」の札がかかったまま停止。
周囲の視線が痛い。
僕のせいで“ライフライン”がひとつ完全に止まっている。
最終的に伝えられた仕上がりは、
結果:2時間待ち
そしてお会計。
5200円!!
いや、戸籍って数百円じゃないの?
僕の笑顔はたぶん、かなり引きつっていたと思う。
でも、その5200円は「知的エンタメ代」として破格だった
戸籍を見て驚いた。
知っているようで、知らなかった母のルーツがぎっしり詰まっている。
まるで Netflix の新作ドラマ。しかも主人公は“わが家”。
母方の祖父母は寛さん(仮名)と美智子さん(仮名)。
どちらも僕が生まれる前に亡くなっていたので、写真でしか見たことがない。
で、うちは父が婿養子なので、母方の姓を名乗っている。
祖父・寛さんが建てた墓に僕も入る予定だが、なぜ寛さんが分家し、新しい墓を建てたのかも戸籍でわかった。
三男は本家の墓に入れない? 「家制度」という日本の不思議
寛さんは三男だった。
明治〜昭和の日本では「長男が家を継ぐ」というルールが強く、墓も同じ。
つまり 二男以下は“本家の墓には入れない”のが普通。
だから寛さんは自分の墓を建てた。
これを知ったとき、僕は軽く「へぇー」と声が出た。
長男の和男さん(仮名)は僕にとって大叔父にあたるが、なんと子ども11人(九男二女)。
昔の家族構成はケタが違う。
ちなみに明治の平均子ども数は4〜5人だが、農村部では7〜10人も珍しくなかったらしい。
和男さん家は“明治ハードモード”の家系と言える。
本家はきっと繁栄しているだろうが、僕は家や墓の場所さえ知らない。
親戚付き合いもゼロ。
行方を追ったらドラマが一本作れそうだが、今のところ資金も時間もない。
江戸時代まで遡る「戸籍タイムトラベル」
さらに読み進めると、曽祖父の権太郎さん(仮名)が登場する。
生まれは明治2年。曽祖母・イヅミさん(仮名)は明治元年生まれ。
つまり 1歳差の姐さん女房。
思わずこうつぶやいた。
「おっ、うちと同じじゃん」
知らない曽祖父が、急に親近感のある“同じタイプの男”に見えてきた。
母から聞いた話では、権太郎さんは酒飲みで怒ると怖かったらしい。
なるほど、姐さん女房じゃないと手に負えなかったのかもしれない。
僕が酒を一滴も飲めない下戸になったのを知ったら、権太郎ひいじいちゃんは残念がるかな。
戸籍には権太郎さんの父、つまり僕の高祖父・柳平さん(仮名)まで記載されていた。
ただ、権太郎さんは養子に入っていた。
実の父は久保林平さん(仮名)。
もし養子に出されていなかったら、僕の苗字は「久保」になっていた可能性が高い。
5200円払った価値がここにきて爆上がりしてきた。
世界でも珍しい「日本の戸籍制度」
実は、日本の戸籍制度は世界的に見てもかなり特殊らしい。
フランス:戸籍なし。個人単位での記録のみ
アメリカ:出生証明・婚姻証明だけ
中国:戸籍はあるが人口管理が目的で家系までは追えない
日本は家系を丸ごと記録する、ほぼ唯一の国。
だから江戸末期までたどれるケースが多い。
ちなみに、明治2年の戸籍(壬申戸籍)は国宝級の資料だが、プライバシー問題で公開されていない。今では御法度の身分まで記載されている。
とはいえ、現行の戸籍でも多くの家は江戸まで遡れる。
うちの柳平さん(高祖父の父)は生年の記載がなかったが、計算すると嘉永〜弘化あたり。
僕にとっての 江戸時代のひいひいじいちゃん というわけだ。
「父方の謎」も興味深いテーマに
父は婿養子なので、父方の戸籍は僕の苗字と別。
こちらもいずれ調べたら、知らないドラマが潜んでいそう。
直系尊属であれば、戸籍が残る限り追跡可能。
それより前は、
菩提寺の過去帳
宗門人別改帳(江戸時代の住民台帳)
墓石
古文書
などから復元できる。
つまり、本気で調べたら江戸どころか戦国まで行ける家もある。
ルーツを知るという “人生の棚卸し”
母の戸籍を読みながら感じたのは、妙な爽快感だった。
自分が「一本の線」で過去とつながっている実感。
僕は単に知的好奇心を満たしていただけかもしれないが、それでも心が澄むような清々しい気持ちになった。
その日の夜、妻と子どもにも話した。
「うちのルーツって、こんな感じらしいぞ」と。
普段は生物や野球の話しかしない息子も、珍しく真剣に聞いていた。
家族でそういう話をする時間って、意外といい。
血筋とか格式じゃない。
ただ、「自分たちの前に確かに人がいた」という事実が、静かに家族をつなげる。
最後に:5200円かかったけど、値段以上に面白かった
振り返ると、
窓口で2時間拘束
5200円の予想外の出費
他の窓口を止めてしまった罪悪感
と、なかなかの体験だった。
まぁ家族3人で映画を観に行ったぐらいのお金と時間…ぐらいか。
だが得られたのは、
江戸時代まで遡る家系の発見という“5200円では絶対に買えない知的冒険”
だった。
ちなみに、あのときの窓口のお姉さん。
2時間もかけて膨大な戸籍を束ねてくれたけれど、
帰り際に僕の顔を見て一言。
「大変お待たせしました!」
いや、あなたが一番大変だったと思う。
僕は心の中でこう返した。
「あなたのおかげで、ひいひいじいちゃんに会えました」
たぶん、次に戸籍を取りに行くときは、コーヒーと文庫本を持っていく。
