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書くと、こんな長い付き合いになるなんて

ねー、思わなかったですよ。

初めて「書く」と出会ったのが、小学校一年生の読書感想文。ほぼ母親との共作でしたが(笑)なにかの賞をもらって、それで気をよくしたんでしょう。国語も好きだし、作文も好き。どーやら、わたしは書くのが好きらしい、そんな自覚が芽生えました。


ああ「文集」も好きでした。ありましたよね?修学旅行に行っては文集、卒業前にまた文集。

この枠の中で、好きなこと書いていいですよ。自分を表現するおもしろさを知ったのは、この頃だったと思います。高校も大きいな。現国の先生と馬が合うというか、いま思えば合わせてくれたんだろうけど。わたしの拙い文章をときどき褒めてくれました。


いろいろあって仕事にして(端折った)

まー、こんな長い付き合いになるとは思いませんでした。大きな声じゃ言えないけど、45年ほど書くと付き合ってることになります。じゃ、そのあいだに一度も浮気しなかったかってそんなことはなく。絵を描くのも好きだったし、仕事では映像に携わったことも。


そうだ、昨日撮り溜めてた『プロフェッショナル 仕事の流儀』を見て。是枝裕和監督の回。

内容はもちろんよかったんですが。わたしが気になったのは、助監督?監督の下でアシスタントのように動かれていた方。ああ、こーなってても何の不思議もなかったよな。わたしにもう少し社交性があれば、そっちへ行ってたかもしれない…


名監督のもとで働けてたとか、そういう話じゃないですよ?

ただ、映像の世界に行っててもおかしくなかった。映画も好きだし。大学の新歓で映画研究会に呼び込まれてたら、その流れで映像制作会社に入ってたかもしれない。仕事で映像やってたとき(まだ若かったんで)キャリアチェンジしてた可能性も大いにあった。


でも、行かなかった。結局は25歳で就いたコピーライターの延長で暮らしてる。もっと言えば、小学校一年生のつづきをやってる。

わからんもんです。じゃ、わたしはそんなに「書く」が好きだったか?これしかない!と確信してたかって、そうは思いません。消去法とまでは言わないけど、どちらかと言えば消極的な選択。一人で書くなら、付き合い下手なわたしにもできるかもしれない。


いま、付き合い下手って言った?

言いましたよ。最近、知ってもらった方には愛想よく見えてるかもしれませんが(そーでもないか笑)本来のわたしは全然です。まあまあ一人でいることを好むし、誰かといっしょに暮らすのも(おそらく)猫が限界です。猫さんだから、なんとかやれてる。


だから、必然でしょうね。こーして一人で書いてるのは、必然だろうなと思います。

そのうち書いて50年、もう倍も書けないけど。この先も何かを書いていくんでしょう。これしかできないから?そんなかっこいいことは言えません。なんていうか、もうわたしの一部なんです。書くと、こんな長い付き合いになるなんて。よしよし。


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