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挫折ってどこよ?挫折ってなによ?

挫折した経験ってあったりしますか?

身動きひとつしたくなくなるような、
心にダンベルがのしかかったような、
おもさを感じる挫折。

その挫折、どうやって乗り越えましたか?

時が忘れさせてくれましたか?
新しく別の何かを見つけて脱出したかもしれませんね。
まさかいま…挫折の真っ只中でしょうか。
それならば…「その挫折には終わりがある」とだけ言いたいです。

挫折って、どんなこと言うんですかね。
希望が叶わなかった瞬間のこと?
無力感を感じたできごと?
朝ねぼうして遅刻したとき?
単なる失敗とはちがう、挫折。

ぼくはですね、
35歳のときに大きな挫折を経験しました。

どうもこんばんは、
芸人に憧れて故郷を捨てた男、
のざきでございます。

ぼくは20歳のときに、
芸人をこころざして上京しました。

半年間、居酒屋のアルバイトをして、
上京資金100万円を貯めたんですよ。
すごくないですか?
週6ではたらいて、バイト代はぜんぶ貯金して。
わくわくする未来のことしか頭になかったから、
バイトがたのしくて仕方ありませんでした。

貴重品と衣類だけをもって東京へ行きましたね。
故郷が離れていく、東京が近づいてくる。
あのときの胸の高鳴りは、
20年以上たった今でもよく覚えています。
確実に20代だから感じる高揚感でしたね。

東京、右も左もわからなかったけれど…
中学校の修学旅行でディズニーランド行ったっきりの東京。
千葉やないかいっ!
「俺には夢がある。両手じゃかかえきれない」
頭の中ではブルーハーツが流れていました。

10年間…フラフラとしながら、
もがきながら、しがみつきながら、
夢に追いつこうとしたんですが、
夢ったら…逃げ足が早くてですね…
まったく売れる気配がなく…
ぼくは芸人を辞めることにしました。

はや!もう芸人やめてらぁ〜。

書ききれないほど、たくさんの出来事があったようにも思うし、
たった数行で語れる20代だったような気もします。

夢を追いかけている時は、
ふわふわと宙に浮いているような身軽さがあって、
しかし、地に足が着いていない不安定を感じつつ。
芸能の仕事を現実的に捉えて、
着実に自分を磨いていった者だけが売れていったとも思うし、
理想だけを追い求めて、
銀河を駆け抜ける汽車に乗って旅をしている者のようにも見えて、
ぼくにはわからなかったです。掴めなかった。
本当に、奥深い世界でした。

30歳で芸人を辞めてから、
ぼくは次の人生を始められないでいました。
何をしたいか。何かできるのか。何がやりたくないか。
くらやみの中にいました。
部屋のすみで体育座りをしていました。
自分で幕引きをしたくせに、次の決断ができないまま、
東京に残り、2年くらいアルバイトをして生活をしていました。

空っぽです。生きているのか死んでいるのかわからない状態です。
それなのに、飯は食う。ゲームをする。酒を飲む。
生きているのではなく、ただ暮らしているだけ。
正直、芸人を辞めてからの数年のこと、
記憶があいまいで何をしていたか思い出せません。

次の人生を踏み出そうともがき、
カーネギーの本を読んでいたことだけは覚えています。

なかば強制的に、
「一般の社会人になるためには、ビジネス本を読んだ方いい」
それらしい本を読んで心を誤魔化していただけかもしれない。
そうでもしないと、
本当に生きている意味がわからなくなってしまいそうでした。
いまもぼくの本棚にはカーネギーの本があります。いい本です。

あのね…ここはまだ挫折ではないんですよ。
ここが挫折ポイントだとおもたでしょ。
もうちょい先なんです。

しばらくして、ぼくは実家に帰りました。
東京にいる意味がなかったから…ではなく、
生活費が底をついて、借金もありましして。
ぼくは東京から逃げたんですね。

実家に帰り、
手続きのために市役所へいき、
ハローワークへも行きました。
東京にいるときも、求職活動はしてたんですが、
芸人をするために東京に出てきたもんですから、
東京で普通の仕事をすることに現実味がなく、
印刷会社の営業職に就いたのですが、
半年で辞めてしまっていました。

働ければ何でもいい。
お金さえ稼げたらどんな仕事でもいい。
そう思えたら楽なのかもしれないけど、
目指すものがない人生の苦しさは、
東京で嫌というほど味わったから、
芸人を目指したときの、
またそういう心の虫が、
うねうねとからだをよじらせては、
おなかのあたりをこしょぐってくるんです。

たとえ生活が苦しくても、
他人にうしろゆびを指されても、
生きている時間がない人生は空虚で、
生きている実感がある人生は充実する。
無意識ではそう感じていたんだと思います。

ぼくはホームページ制作の仕事に興味を持ち、
Web制作の職業訓練に通うことにしました。
つくることが好きでした。

職業訓練を卒業して、
ホームページ制作会社の求人に応募する毎日。
書類選考すら通らず、50社以上に履歴書と作品を送りました。
早朝から近所のイオンで品出しのバイトをし、
昼からはプログラミングの勉強、そして、求人応募。
半年以上、自宅にこもって作業と求人応募の繰り返しです。

ほんとーに…箸にも棒にも引っかからなかった。

リアル社会で拒絶されて、
ぼくは無力感を感じていました。

35歳になっていました。

ここが挫折ポイントです。

まじで…もう諦めて、
別の仕事を探そうと思ったとき、
アルバイトで雇ってくれる制作会社があって、
おもわず、「助かったぁー!!!」って声が漏れましたね。
20人くらいの選考の末の結果だったらしい。
面接で「芸人してたの?」って聞かれたことを、
あとで思い出しました。

結局 全てが中途半端になろうとも
半端じゃなく楽しめたのなら
結局 それが全てだろ
挫折したことなんて一度もない
正確には
挫折したことを自覚したことがない
笑い飛ばして生きてきた!
笑い飛ばして死んでいくだけ!
最期の最期の最期が訪れたなら
最期の最期の最期に
朗々と読み上げてやるさ
世にも愉快な辞世の句 くっくっく。
みんな吹き出しちゃうような辞世の句
くっくっく。くっくっく。くっくっくっくっくっくっく。

竹原ピストル 辞世の句

このうたを聞いて、なんとかやれた夜がありました。


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のざき寿(ひさし)@エッセイ@元お笑い芸人 介護は大変。介護職はキツイ。そんなネガティブなイメージを覆したいと思っています。介護職は人間的成長ができるクリエイティブで素晴らしい仕事です。家族介護者の方も支援していけるように、この活動を応援してください!よろしくお願いいたします。