見出し画像

【発掘調査という仕事 #7】「人間史考古学」という展望

これまでの記事で、「歴史は上書き保存」「歴史はものがたり」そして「人間はものがたりをつくりながら生きている」と書いてきました。
その中で思い浮かんだコトバがあります。
「人間史」です。

そして、「人間史考古学」。

「遺物・遺構・土層・景観・地理・社会・思想を総合的に読み解き、"人はなぜそこに生き、何を願い、どのように社会を築いたのか"を探究するスタンス」

とでも言えるでしょうか。
僕が目指したいビジョンです。

◆考古学では「人間」はわからない

考古学は遺物や遺構、土層など「モノ」を対象にする科学です。
それゆえに現代科学としてここまで発達してきました。
学問としては「人文科学」に属するものの、そのアプローチは極めて即物的です。

そしてそれら「モノ」たちは「人間」ではありませんから、何も語りません。
あくまでモノから事実を積み上げて、かつての暮らしや人間の生き方を仮説立て、推論することに留まります。
そしてその仮説、推論の扱い方も慎重です。集落つまり社会の性格まではおぼろげに見えてきても、そこで生きていた人間の性格までとなると、仮説を越えて「想像」、下手をすれば「妄想」の域に入ってしまいます。

実際に、発掘調査終了後に刊行される記録である「発掘調査報告書」も、事実記載がベースとなります。
ピットの直径や深さが何センチだとか、土器片の割れ方や文様はどうだとか、集落と周辺地形の関係は物理的にどうだとか、「モノ」に対する緻密で徹底したアプローチが求められるのです。
悪く言ってしまえば無味乾燥な学問。
そこに「人間性」は一見、ありません。

◆見えてくる「人間性」もある

しかし、間違いなく「見えてくる」ものもあります。
現代のように精密な機械など無かった時代。

同じ建物を構成するピットでも、その大きさや深さには微妙な差異があります。遺物の文様なんてまさに個性的。パッと見、機械的に付けられているように見えても、歪んでいたり、「失敗したなw」と思える付け方があったりします。

集落の位置もそう。
集落から視える山城、古墳はランドマークだったんだろうなとか、近くに荒れ川があり土層も氾濫の痕跡が多ければ、治水に苦労したんだろうなとか、大きな街道沿いであれば交易地として賑わっていたんだろうな、とか。

モノだけを見る、と言っても、そこから「人間の匂い」を感じざるを得ないことはたくさんあります。
それは「人類」という大きな括りではなく、間違いなく個人、私たちと同じ「人間」が生きていたという匂いなのです。

◆「人間の生き様」を復原したい

人間が何を考え、感じ、どのようにしてその土地で生きてきたのか。
それは発掘調査そのものではわかりません。調査によって発見された遺物や遺構そのもの単体をどれだけ徹底的に調べたとしても、わかりえないものです。
しかし僕が目指したいのは、その先にいる「人間」を知ることです。
もちろん、人間そのものを直接掘り出すことも話を聞くこともできません。
それでも僕はそこに挑んでいきたい。

心理学には、応用行動分析学という理論があります。
「人間は環境に因って行動をし、その結果で得た利益/損失が新たな環境要因となり、次の行動に影響を与える」
という考え方を基盤にした、人間の行動と環境との関係を分析する枠組みの一つです。

この視点を取り入れることによって、遺物や遺構単体の観察だけではわからないことも、遺物の作られ方や遺構の成り立ちを「行動の結果」として分析してみることで見えてくるものがあるでしょう。
土層、つまりその土地自身が自然や人為のどのような環境的影響を受けてきたかも人間活動を紐解く上でのヒントになり得ます。
たとえば「氾濫が多かった痕跡があるのに、住み続けたということはそれを上回るメリットがあったのかもしれない?」というように。

また、付近の遺跡との関係性を俯瞰的に見つめたり、実際にその土地に立ち、歩いたり、標高データを分析することで得られる景観、眺望といった地理学、景観論も役立つでしょう。
そして、その土地に住む人に語り継がれてきていた伝承、文字として記録された文献も史料としては欠かせません。

横断的に、それらをひとつひとつ丁寧につないでいく。
そうして初めて、「ここで人が生きていた」という実感に少しだけ、近づくことができるのだと思います。

◆「人間史考古学」へ

遺跡を通して、人間を理解する考古学。
大きな括りでの歴史ではなく、その歴史を生きたもっとミニマムで、生々しいひとりひとりの人間史に迫る考古学。
僕はそれを、「人間史考古学」と呼んでみたいと思っています。
考古学、地理学、歴史学、民俗学、心理学を横断し、人々が「どのような環境で、どのような選択を積み重ねて社会を築いたのか?」を探求するアプローチ。

これが、僕の考古学の徒としての夢であり、生涯をかけて挑戦したいテーマです。
掘るたびに、そこで生きていた誰かの人生へ、ほんの少しでも近づけることを願いながら。

遺跡は決して、過去の暮らしの「答え」を教えてくれる場所ではありません。
そこは、過去を知る場所であると同時に、人間とは何かを、私たち自身が「問い続ける」場所なのです。


標高データを元に作成した眺望図。
ある地点から、何がどこまで見渡せるかがわかる



#考古学
#発掘調査
#遺跡
#文化財
#歴史
#日本史
#測量
#心理学
#エッセイ
#創作大賞2026
#エッセイ部門

いいなと思ったら応援しよう!