ふたつのバニラ
ハーゲンダッツのバニラ。
私は自分では買わない。
母も買ってくれなかった。
理由はおそらく同じ。
ガラス越しに目に入ったハーゲンダッツ。
優しい記憶がよみがえる。
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「おばあちゃん、何か食べるものない?」
弟は、おばあちゃんちの棚をすぐ漁る。
おばあちゃんちにはテレビゲームはないし、当時小学生の私たちきょうだいは、暇になる。
おばあちゃんもおばあちゃんで、お煎餅だの、クッキーだの、
近所の商店街に売っていた、丸い穴が空いてるチョコレートドーナツみたいなお菓子も見せて、矢継ぎ早に色々言ってくる。
でも、それらは、うちにもあるし、何だかパッとしない。
大きな冷蔵庫に、
ヨーグルト数個。
昨日つくったお惣菜の残り、
野菜少し、牛乳。
冷蔵庫の大きさには到底釣り合わない量しか、入っていない。
一人暮らしのおばあちゃんの生活が垣間見える。
「ヨーグルトも食べていいよ、ココアでも飲む?」
弟が求めているものではないらしい。
人の家の冷蔵庫を漁るなんて、と思いながら、
姉の私は、すました顔で後ろから見ている。
でも、私もヨーグルトはいらない。
冷凍室を開けた。
そこには、白く輝くハーゲンダッツ。
「おばあちゃん、これ食べていい?」
「いいよ、そうそう買っておいたんだよ」
「2つしかないよ、おねえとぼく半分こにする?」
「いいんだよ、二人に買って来たんだから、食べな」
チョコレートとかストロベリーとか色々あっただろうけど、
いつもそこにあるのは、ハーゲンダッツのバニラ。
これが一番シンプルでおいしい。
おばあちゃんはよく分かっている。
いや、よく分からないから、スタンダードを選んでいただけかもしれない。
でも、そのバニラは、幼い私には、特別だった。
おばあちゃんちに行けば食べられる味。
正直、この時、本当に2個だったのか、3個だったのか、
おばあちゃんも一緒に食べなかったのかは、
正確にはおぼえていないけど、
『自分はいいから孫のために』と、
いつも特別に用意してくれていたことは覚えている。
かたくて、すぐには食べられない。
じらされて、食べるそのアイスは、冷たくて甘くて。
口いっぱいに広がる、おばあちゃんの優しさの味だった。
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おばあちゃんの家は、古い団地で、コンクリートで作られている。
一段が高い階段をゆっくりゆっくり上って、
目の前に2階のおばあちゃんの部屋。
置いてある家具は、結婚した時に持ってきたとか、
飾り物は誰かにもらったとか、古い話があって、
どれも長く同じものを使っているのが分かる。
毎日のルーティンは通院。
首が悪くて、コルセットをしていた。
歩くときはゆっくりで、先を歩く私と母の後ろで、
弟がおばあちゃんの手を取ってあげていた。
母が幼い頃に、祖父は亡くなっており、女手一つで子育てをした。
その頃はもう仕事はしていなかったから、とても質素な生活をしていた。
それは子供でも分かっていた。
おばあちゃんにとっても、ハーゲンダッツのバニラは、特別なものだろうということは。
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今でも鮮明に覚えているアイスなのに、私はちゃんとおばあちゃんに嬉しかったことを伝えたのだろうか。と、ふと、気になる。
しかし、二人の子の母になった私は、
当時、弟と二人ニコニコ食べていることが、おばあちゃんの幸せだったのかもしれない、と思いなおす。
ただ顔を出しに遊びに行くこと、
お菓子を漁って、食べて満足して帰る小学生の孫。
そんな小さな出来事が、ささやかな幸せであったのなら、報われる。
晩年は、認知症だった。
最初は、真面目に聞いていたけど、認知症のせいで嘘を言うようになってしまったのだと気づいてからは、ついに恐れていた事態になってしまったのだと思った。
認知症になることを一番恐れていたのはおばあちゃん本人だ。
「ぼけたくない」
とよく言っていた。
どんどん、ぼけていくおばあちゃんと今まで通りの会話ができないのは、
悲しく、後悔も沢山あるけど…
でもね、おばあちゃんは、最期まで私の名前、忘れなかったよ。
私のこと、間違えなかったよ。
私が会いに行ったら、「遠くから来てくれてありがとう」って言ってくれた。
その “遠く” が、今の私の海外生活まで把握しているかは、分からないけど、
少なくとも結婚して実家を出ていると言う事は、覚えているようだった。
ぼけたくないと言い続けたおばあちゃんは、それを全うしたんだ。
本当にすごいと思う。
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おばあちゃんが亡くなって1ヶ月。
私の中では、今までと同じように、思い出は光っている。
ガラスの扉を開けて、バニラを3つ、カゴの中に入れた。
※おばあちゃんとの思い出をつづりました。
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