マカオ(澳門)【NOMAD weekly No.33】欲望の出島が、かつて見せた青い影
港珠澳大橋(こうじゅおう おおはし)を渡る風が、うっすらと潮の匂いを運んでくる。
かつて、この地は「フェリーで越境する」不便さの中に、ある種の妖艶な境界線を持っていた。深圳の、あの限界なきハードウェアの熱狂と、鳴りやまないクラクションの金属音から一転、ビクトリア・ハーバーの向こう側へと針路を取る 。
私たちが今回降り立ったのは、世界最大級のマネーが24時間うねり続けるアジアの心臓、マカオ(澳門)である 。
多くの旅人は、ここを「東洋のラスベガス」と呼ぶ。だが、私にとってのマカオは、それよりもずっと静かで、そして少しだけ寂しい色をした街として、記憶の底に沈んでいる。
中華人民共和国/マカオ(澳門)
――欲望の出島が、かつて見せた青い影――
【NOMAD weekly No.33】
序章:週1時間の中国語クラブと、消えない愛着の源流
私が中国という広大な文化圏に、妙な愛着と特別なモチベーションを抱くようになったのは、思えば中学生の頃の奇妙な偶然が始まりだった 。当時、私は「中国語クラブ」なるものに所属していた 。その時学んでたのは北京語だったので、広東語の香港でも深圳でもここマカオでもそれほど役には立たなかったが、中国文化に興味を持つ後押しをしてくれたことは確かだ。
1980年代後半の中国は、今のような経済大国としての輝きは微塵もなく、街の移動手段のほとんどを無数の「自転車」が埋め尽くしていた時代である 。そんなある日、私の国語の担当教師がボソリと呟いたのだ。 「これからは、中国がとんでもない大変なことになるぞ」
その言葉の真意は、当時の私にはまだ理解できなかった。しかし、その予言のような響きが頭から離れず、なんとなく週に1時間のクラブ活動に通い続けた 。この時に芽生えた土着的な愛着が、のちに私がノマドとして海を渡り、香港、深圳、そしてマカオの激流へと飛び込んでいくための見えない伏線となっていたのである 。
第一章:猟犬たちの疾走と、あか抜けない夜
私が初めてこのマカオの土を踏んだのは、まだポルトガル領だったころの話だ。
タパ(氹仔)とコロアン(路環)を結ぶ路には今のような巨大リゾートの影もなく、ただ泥交じりの海と、南欧の植民地特有の、どこか投げやりで退屈な空気が漂っていた。通りに響くのは、ポルトガル語の気怠い母音と、広東語の鋭い不協和音。そして、それらを曖昧に繋ぐ、旅人たちの英語。アジアのようでいて、完全にヨーロッパでもない。その掴みどころのなさが、当時のマカオの正体だった。
当時からカジノは存在していた。しかし、当時の私はアメリカのラスベガスでカジノ関連の仕事をしていたこともあり、マカオのそれは、お世辞にも洗練されているとは言い難かった。紫煙が立ち込める薄暗いフロアに、地元の血気盛んな男たちが群がる、いわば「あか抜けないローカルカジノ」。バカラテーブルを囲む彼らの執念は凄まじかったが、そこに国際都市の華やかさは微塵もなかった。
だからこそ、私はカジノの喧騒をあまり好まず、そこには興味を持てなかったため、もっぱらポルトガル統治下の象徴でもあったドッグレース場(逸園賽狗場)へと足を延ばしたのだ。

楕円形のトラックを、文字通り命を削るようにして疾走するグレイハウンドたち。その引き締まった筋肉と、夜風を切り裂くような美しいフォームに、私はカジノのサイコロよりもずっと純粋な歓喜を覚えた。勝負の行方よりも、ただ走るためだけにデザインされた生命の造形美に、マカオという街の「生々しさ」を見ていたのかもしれない。あの猟犬たちの疾走は、植民地というモラトリアムの中で、どこか行き先を失ったエネルギーの縮図のようでもあった。
第二章:変貌のグランドデザイン:狂騒へのパラダイムシフト
それから何年かたって、歴史の針は進み、マカオは中国へと返還された。
同時に、私の元にもひとつの大きなプロジェクトが舞い込む。ラスベガスの資本がこぞってマカオへ進出する、その巨大な地殻変動の渦中に、私もエンジニア、あるいはプランナーとしてプロジェクトに参加することになり、頻繁に通うことになったのだ。
かつてドッグレース場で犬の走りを眺めていた男が、今度はコタイ・ストリップ(路氹金光大道)という、海を埋め立てた巨大な「虚構の街」の設計図を凝視している。奇妙な因縁だった。

またたく間に有名カジノが軒を連ね、マカオのGDPは急速に駆け上がった。かつての「あか抜けないカジノ」は駆逐され、大理石とクリスタルのシャンデリアを配した「メガ・リゾート」が街の経済構造を一変させる。誰もがカジノ、あるいはそれに付随する観光業関連の仕事に就くようになったのだ。
しかし、その圧倒的な豊かさの裏側で、私はある種の歪みを目の当たりにすることになる。
地元の有名な大学の工学部を、トップクラスの成績で卒業した優秀な若者がいる。彼が選んだ就職先は、最先端の研究所でも、ITスタートアップでもなかった。
「カジノのディーラーになります」
彼は誇らしげに、しかし当然の選択としてそう言った。なぜなら、エンジニアとして地道にキャリアを積むよりも、優秀な若者が皆カジノに就職したほうが、何倍、いや十数倍もの報酬を瞬時に手にできるからだ。

時代の流れと言えばそれまでだ。資本の論理に従えば、これほど正しい選択はない。しかし、ひとりの「ノマド」としてこの街を俯瞰してみたとき、私の胸を満たしたのは、歓喜ではなく冷ややかな危惧だった。
すべての知性と情熱が、グリーンフェルトのテーブルの上に吸い込まれていく。この極端な経済至上主義のパラダイムは、一体いつまで持続可能なのだろうか。そして、マネーのうねりが去った後、この地に何が残るのだろうか。
第三章:欲望の地層、その深淵へ
ここから先は、ただのノスタルジーや経済評ではない。
カジノの極彩色のネオンが妖しく光るストリート。そのきらびやかな照明の「影」に潜む、マフィアや裏社会の生々しい歴史の匂い。さらには、大航海時代のフレンチ・ポルトガル文化の洗練と、地元の泥臭い南華(広東)の地熱が、矛盾なく融解した究極の「ハイブリッドな美食と建築」のレイヤーまで。
なぜこの歪で、愛おしく、そして危険な「欲望の出島」に引き寄せられ、そして足跡を残していったのか。ノマドの冷徹な俯瞰の目を通して、マカオという街の真の深淵、そのグラデーションを、エモーショナルに紐解いていこう。
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