無職で結婚した男の、最初の結婚記念日の話
結婚した時、無職だった。
こう書くと何かの小説みたいだけど、ノンフィクションだ。しかも狙って無職だったわけでもない。
スタートアップに転職して、1年で首になった。
ホリエモンや藤田晋がキラキラして見えた時代だった。
ITで世界を変える。
まだ自分も何者かになれると信じていた。
大企業の満員電車と無意味な会議に見切りをつけて、
マンションの一室にあるスタートアップに飛び込んだ。
業種は営業。売り物は頭脳。
裁量がある。スピードがある。自由がある。そう信じていた。
信じていた時間は3ヶ月くらいだった。
顧客がいない。信用もない。毎日の仕事は電話かけだ。
リストの上から順にかけて、断られて、次にかけて、断られる。
勤務先も出社時間も自由だけど、月末の報告で数字が上がっていなければ
3時間詰められる。達成すれば天国。未達なら地獄。
いつも焦燥感で頭がいっぱいだった。
いつしか最初のキラキラは消えた。20代なのに、
50代のような哀愁のある背中をしていたと思う。
3ヶ月ほど成果が出せなかった頃、社長室に呼ばれた。
マンションの一室を仕切っただけの小さな部屋。
社長はデスクの向こうに座っていて、最初は穏やかな顔をしていた。
「最近どう?」から始まった話が、じわじわと変わっていく。
「正直なところ、厳しいと思うんだよね」
「この先も同じペースだと、お互いにとって良くない」。
やさしい言葉を使っているけど、言っていることは一つだった。
辞めてくれ、だ。
3時間。途中でコーヒーを出された。コーヒーを飲みながら退職を促されるという、なかなかシュールな体験だった。
反論する言葉はなかった。自分の口から「辞めます」と言った。
会社はその時すでに資金がショートしていて、倒産寸前だった。
辞めさせたかったのだろう。自己都合退職にされた。
29歳。無職。貯金はわずか。
これが結婚の出発点だ。今思うと、とんでもない結婚だ。
結婚詐欺と紙一重と言われても、正直否定できない。
話を少し戻す。リストラされる前に、両家への挨拶はすでに済んでいた。
結婚の段取りは着々と進んでいた。そのタイミングで、首を切られた。
タイミングが最悪すぎて、もはや笑える。
親にリストラのことは言えなかった。「仕事辞めました」なんて言ったら、
結婚を止められる。だから黙って結婚した。無職であることを親に隠して。
妻はすべてを知っていた。
知ったうえで結婚してくれた。
結婚式は挙げなかった。挙げる金がなかった。
そしてコロナが来た。
2020年。世界が止まった。企業は一斉に採用をストップした。
300社以上は応募したと思う。書類で落ちる。
面接に進んでも「募集を凍結しました」で終わる。
荒んだ日々の1日は、こうだ。
朝、目が覚める。
隣の部屋ではもう妻がパソコンに向かっている。
リモート業務だ。妻は朝から働いている。
自分はパソコンを開く。ニュースを見る。コロナの感染者数。
緊急事態宣言。求人サイトを開く。適当に応募する。
コロナだから仕方ない、と自分に言い訳する。
昼になったら3玉入りのうどんを茹でて食べる。
またスマホを見る。求人。ゲーム。求人。ゲーム。夕方になる。
何も進んでいない。妻が仕事を終えて、リビングに来る。
「今日どうだった?」と聞かれる。
「んー、まあ」と答える。それ以上は聞かない。妻はそういう人だった。
二人で神奈川の山奥に暮らしていた。1LDKで家賃8万円、光熱費1万円。
妻の年収は400万円台。できるだけ出費を抑える毎日。
スーパーは最寄りには行かない。20分歩いた先にある、少しだけ安いスーパーまで買い出しに行く。
二人で歩く。坂道を下って、住宅街を抜けて、国道沿いの歩道を歩く。
途中にファミレスがある。入りたいなと思う。入らない。
スーパーに着くと、まず値引きコーナーを見る。鶏肉は胸肉。牛肉は筋肉。もやしは必ず買う。帰りは坂道を上る。買い物袋が重い。
あの坂道の記憶だけは、やけに鮮明だ。
キラキラしたドラマで見ていた新婚生活とは、だいぶ違った。
それでも妻は笑っていた。「いつか仕事が決まってお金ができたら、旅行に行こう。美味しいものを食べよう」と、希望にあふれた顔で言ってくれた。
私はいつしかそれに甘えていた。
コロナを言い訳にして、適当な日々を過ごしていた。今ならそう思う。
給付金も貯金も底をつき、もう限界という頃、ようやくコロナが落ち着き始めた。求人が戻ってきた。面接が入り始めた。
そして、ようやく1社、採用が決まった。
最初の結婚記念日が近づいていた。
新しい職場も決まったばかりで、そのお祝いでもある。
でもまだ給料は入っていない。貧乏のまま。
それでも、少しだけ贅沢がしたかった。
「銀座にあるパスタ屋さん、行かない?」
調べて見つけたのが、銀座ファイブの地下にある「あるでん亭」だった。
高級レストランじゃない。地下街のパスタ専門店。
1,000円台でしっかりしたパスタが食べられる。
二人でおしゃれをしていこう、と決めた。
親に「結婚記念日なにするの?」と聞かれて、
「銀座でパスタ食べるよ」と答えた。見栄だった。
地下街の1,000円台のパスタ屋なのだけど、
銀座のパスタという響きだけで立派に聞こえる。
当日。クローゼットから久しぶりにちゃんとした服を出した。
妻もおしゃれをしている。鏡を見て、少し笑った。
二人ともこんな格好、いつぶりだろう。
電車に乗って銀座まで。胸を張って、金持ちごっこをしながら歩いた。
銀座の通りを歩いているだけで、なんだか偉くなった気分になれた。
20分歩いて安いスーパーに行く日々の中で、電車に乗って銀座まで出かけること自体が、もう立派なイベントだった。
地下へ続く階段を降りる。
まだコロナの影響が残っていた。入り口にはビニールのカーテンがかかっていて、外向きにパタパタ揺れている。店内に入ると、そのビニールカーテンに密接した小さなテーブルに通された。
正直、座り心地は良くなかった。でもそんなことはどうでもよかった。
「ワクワクするね」と妻が言った。

メニューを開く。パスタの種類が多い。ナポリタン、ミートソース、ペペロンチーノ、和風きのこ、たらこ、ボンゴレ。
妻はページを行ったり来たりして迷っていた。
たぶん10分以上。
「これも美味しそう」「でもこっちも気になる」。
ああでもない、こうでもないと悩んでいるその時間が、
久しぶりに楽しかった。
3玉うどんの日常には、「何を食べるか迷う」という贅沢がなかった。
冬の限定メニューが目に入った。ウニクリームパスタ。
通常メニューより高い。でもそれでも2,000円に届かない金額だ。
「もう二人で一番高いの食べよう」
どっちが先に言ったか覚えていない。でもそう決めた。一番高いやつ。それでも2,000円いかない。あの頃の自分たちの精一杯が、この金額だった。

運ばれてきた皿を見て、少し黙った。
クリームソースの上にウニがたっぷり乗っている。
パスタの湯気と一緒に、磯の香りがふわっと立つ。
きれいだった。しばらく二人で皿を見つめていた気がする。
フォークで巻いて、一口。
ウニにクリームソースが相まって、磯の香りごと口に入ってくる。
ねっとりしていて、濃厚で、名前の通りの味がした。
二口目。三口目。止まらない。夢中で食べた。
目の前のパスタだけに集中していた。昨日のことのように味を覚えている。
二人して過去を思い出して涙——ということにはならなかった。
ただただ、お腹いっぱい食べられることが幸せだった。胸肉と3玉うどんの日々を思えば、銀座の地下でウニクリームパスタを食べている。
それだけでもう、十分すぎた。
食べ終わって店を出た。銀座の地下街を歩きながら、妻が「美味しかったね」と言った。「うん、美味しかった」と返した。それ以上の感想はなかった。でもあの日の帰り道、二人とも妙に機嫌がよかったことは覚えている。
あれから6年が経った。
必死で働いた。お金に苦労することはなくなった。もっと高い店に行ける余裕もある。ミシュランの星付きに行こうと思えば行ける。行ったことはないけど。
でも結婚記念日は、毎年あるでん亭に行っている。
あのウニクリームパスタは、もう食べられない。冬の限定メニューで、いつの間にかなくなっていた。
今は毎年「ロレンツァ」を頼んでいる。あるでん亭の定番メニューだ。しかも麺を2倍にして。あの頃は一人前で十分だったのに。体重はあの時より20キロ増えた。
6年で。金持ちごっこをしていた頃のズボンは、もう入らない。
6回目の記念日も、あるでん亭だった。二人でロレンツァの麺2倍を食べた。

35歳になった。妻のお腹には子供がいる。
6年前、こんな未来は想像もしなかった。胸肉と3玉うどんで食いつないでいた頃の自分に「6年後、子供ができるよ」と言っても、たぶん信じない。
子供には貧乏させたくない。リストラされた日のことを今でも思い出す。
でも不思議なもので、もう笑える。
あの3時間の社長室も、コーヒーを出されたことも、自己都合退職も、ニュースとゲームを繰り返していた日々も。
全部笑える。笑えるようになるまでに6年かかった。
食と物語は、密接だ。
高級なフレンチの味は忘れる。でも、銀座の地下でビニールカーテン越しに食べたウニクリームパスタは忘れない。
味そのものを覚えているんじゃない。
あの日の空気を覚えている。「ワクワクするね」と言った妻の声。
メニューを10分迷っていた横顔。
「一番高いの食べよう」と言ったときの、ちょっとだけ背伸びした気持ち。ビニールカーテン。全部がセットで記憶に刻まれている。
誰にでも、そういう一皿があるんじゃないだろうか。
特別な日に食べた、特別でもなんでもない料理。高級でもなく、映えるわけでもなく、ガイドブックに載っているわけでもない。でもその一皿に、その時の自分のすべてが詰まっている。味ではなく、物語が、その料理を特別にしている。
次の結婚記念日も、あるでん亭に行く。ロレンツァの麺2倍を頼む。
あのウニクリームパスタはもうないけど、あの店と、あのテーブルと、向かいに座る妻と、もうすぐ隣に座る子供がいる。
それだけのことだ。でもそれが、自分たちの結婚記念日だ。
