「好き」はつかまえようとした瞬間、ふっと遠くなる

娘が小さかった頃から、私は毎年のようにスタジオアリスへ連れて行っていた。
ふわふわのドレスを着た姿がどうしても可愛くて、「毎年の記念に」と、私のほうが張り切っていたのだ。

当時の娘は1歳、2歳、3歳……特別テンションが上がるわけでもないけれど、嫌がることもなく、淡々と衣装を着てカメラの前に立ってくれていた。

おうちでも、プリキュアのコスチュームを着て遊んでいた時期がある。
着せてあげると、くるっと回って見せてくれたりして、それなりに楽しんでいる様子はあった。

だから私は、どこかで思っていた。
「もう少ししたら、みんなと同じように『プリンセス期』が来るんだろうな」と。
今が前兆で、ここから本格的にハマっていくのだろうと。

でも、今になって振り返れば――あのときがピークだった。

*

世の中の女の子がプリンセスの世界にどっぷり浸かると言われる4歳ごろ。
キラキラした世界が最高潮に心へ刺さるとされる季節。

そのタイミングで、娘はあっさりと方向転換した。

スタジオアリスに誘うと、
「はずかしいから、着ない」
と、きっぱり。

その瞬間の衝撃は今でも覚えている。

え? 恥ずかしい?
ついこの前まで普通にドレスを着ていたのに?
今こそ、ど真ん中の年齢じゃないの?

私だけが取り残されたような、不思議な気持ちになった。

SNSで、同じ年頃の子どもたちがキラキラのドレスで撮影している姿を見ると、
「かわいいなあ」
「うちもああいうの撮りたかったな」
そんな小さな羨ましさが胸の奥にすっと浮かぶ。

でも現実には、うちはその前に卒業してしまった。

ハマらなかったのではなく、ハマる前に、自我の成長が先へ進んでしまったのだと思う。

*

キャラクターショーでも、娘はいつもクールだった。
まわりの子が全力で手を振るなか、膝の上で静かにじっとステージを眺めているタイプ。

でも家に帰ると、主題歌を歌ったり、登場人物のセリフを真似したりしていたから、心の中ではちゃんと楽しんでいたらしい。
「外でテンションを上げるのが恥ずかしい」という気持ちが、人より少し早く育っていたんだと思う。

たぶん娘は、ずっとそういう子なのだ。

*

もちろん、「好きなもの」は確かにあった。

ミッフィーは、赤ちゃんの頃から幼児期まで、ずっとそばにいた。
絵本も、ぬいぐるみも、変わらず大切にしていた。
あれは長く続いた「本物の好き」だと思う。

プリキュアも、一時期は夢中だった。
主題歌が流れると、どんなに眠そうでも立ち上がるくらい。

でも、そのどれもが、気づけば静かに過去になっていった。

棚の隅に置かれたミッフィーのぬいぐるみを見ると、
「あんなに好きだったのになあ」
と胸が少しきゅっとする。

卒業は、いつも前触れがない。
そして親は、ほんの少しだけ置いていかれる。

*

ふと考えると、私自身もそうだった。

シール帳、かわいい消しゴム、キャラクターのカード。
当時の女子のときめきがぎゅっと詰まった宝物を、大事に集めていた。

でもそのどれも、いつのまにか遠ざかっていった。
気がつけば、中身の入れ替わった筆箱と、移り変わった心だけが残っていた。

好きという感情は、つかまえようとした瞬間に、ふっと遠くへ行ってしまう。
子どもの成長って、きっとその繰り返しだ。

そう思うと、娘の早すぎる卒業も、
「この子はいつだって、自分のペースで進んでいるんだな」
と、少し誇らしくなる。

プリンセスのど真ん中を歩かなかったことも、キャラクターショーで全力を出さなかったことも、「みんなが通る道」をサラリと横目に通り過ぎたことも、全部ふくめて娘の個性。

寂しさは、やっぱりある。
もう一度ドレス姿を見たかったなあ、とふと思う瞬間は今でもある。

でも、その寂しささえも、娘が育ってきた証拠だ。

今日も棚の端では、昔のミッフィーが静かに座っている。
娘はもうあまり触れたりしないけれど、それでも私はそっとそのままにしている。

変わっていくものと、変わらないもの。
そのどちらにも寄り添いながら、これからも娘の「好き」が生まれて、また静かに去っていく瞬間を見守っていきたい。

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