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転職活動が、七夕のロマンを奪っていった。

七夕の日というのは、毎年決まって「織姫と彦星が一年に一度だけ会える日」と紹介される。
夜空を見上げてロマンチックな気分になる人もいるのだろう。しかし今年の私は、そんな余裕とはまるで無縁だった。
今さら書類選考を通過した企業から届いたWeb適性検査を受けなければならなかったからだ。しかも今週末には面接まで控えている。
適性検査というものに、私はどうにも納得がいかない。
「こんなもので私という人間を評価しないでほしい」と思う反面、もし検査で不合格になるなら、その時点で面接もなくしてくれた方がありがたいとも思う。準備に費やす時間も気力も、決してタダではないのだから。
そうは言っても受けないわけにはいかない。覚悟を決めてパソコンに向かったものの、結果は案の定ぼろぼろだった。言語問題は時間があっという間に過ぎ、まともに回答できない。非言語問題は数字を追っているうちに頭が真っ白になる。おまけに性格検査の最中、タイミング悪く電話が鳴った。反射的に出てしまい、戻ってきた頃には集中力はすっかり途切れていた。最後は「もうどうでもいいや」と半ば投げやりな気持ちで回答を終えた。

これで今週末の面接は、さらに憂鬱になってしまった。
志望動機は何ですか。強みは何ですか。退職理由を教えてください。
面接で必ず聞かれる質問なのに、どれも答えが曖昧に感じてしまう。
志望動機といえば、家から近く、長く働けそうだから。これまでの経験を生かしながらも、新しいことに挑戦できそうだから。生活を考えれば安定していそうだから。その程度の理由しか思い浮かばない。
強みは、と聞かれるともっと困る。自分には胸を張って語れるような特別な強みなどないと思ってしまう。強いて言うなら粘り強さだろうか。小中アタックナンバーワンばりにストイックにやってきたバレーボールで培った粘り強さと根性には自信があるかもしれない。かもしれない理由は、私なんかよりもっと過酷な環境で頑張っている人たちがいるだろうなと思うから。その人たちに比べたら私はいつでも中途半端なのだ。
では退職理由は。
本当は、こちらの方がずっと言葉にしやすい
(※ただし面接では使えない。)

私はいつも周りに合わせていた。自分の考えがあっても飲み込み、主張したところで何も変わらないと、どこかで諦めてもいた。会社に期待することもなく、毎日を淡々とこなしていた。
もちろん、毎日の出社は楽ではなかった。家庭や育児との両立も簡単ではない。それでも、一番つらかったのは「心がおどろないまま働き続ける自分」だった。

この仕事を定年まで続けるのだろうか?
そのとき私は、後悔しないと言い切れるだろうか?どこか現実的な自分と夢見る自分。

でも答えは「きっと後悔する」だった。

踏んばり続けることもできたと思う。でも、その環境にいる限り、私は「仕方がない」と言い訳を続け、自分を変えようとはしなかった気がする。だから退職という選択をした。
追い込んではみたものの環境を変えれば、自分も劇的に変わると思っていたわけではない。
実際、退職してから別人になれたかと聞かれれば、そんなことはない。
それでも、以前とは違うことが一つだけある。
こうして〝自分の気持ちを言葉にして残すようになったこと〟だ。
考えたことを書き留める。何気ない日常を言葉にする。曖昧だった感情に名前をつける。そんな小さな積み重ねを、以前の私はしてこなかった。

だから、少しだけ前に進んでいるのかもしれない。
そう思いたい。

その一方で、言葉をつむぐことを生業にしようとしているくせに、適性検査の言語問題は散々な出来だったのだから笑ってしまう。
文章を書くことと、限られた時間の中で正解を選び続けることは、きっと別の力なのだろう。それでも結果が悪ければ落ち込むし、「本当に向いているのだろうか」と不安にもなる。


七夕の夜。
織姫と彦星は無事に会えただろうか。
私は結局、夜空を見上げることもなく、一日を終えようとしている。
願い事をする暇もない一日だった。
それでも、もし短冊に一つだけ願いを書くとしたら、「後悔しない選択を積み重ねていけますように」と書く気がする。
面接も、適性検査も、おそらく期待できない。
それでも、今日の私は自分の気持ちをこうして言葉に残した。
それだけは、去年の私にはできなかったことなのだから。

#創作大賞2026 #エッセイ部門

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