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ただ、幸福でいてほしいという願い『受験生観察日記』(犬飼愛生)

もうすぐNAgoya BOOK CENTERさんで『受験生観察日記』の読書会が開かれる。

日にちが近づいてきたので、ここいらでもう一度読み直しておこうと本棚から引っ張り出した。

薄めで小さいZINEだ。文字を追うだけなら、正直すぐ読めてしまう文量だ。
だけど、決してさらさらするするとは、読めない。
一行追うごとに、娘の高校受験の記憶が色濃く脳裏に蘇るから。

この本を読み終えるまでに、何度頷いただろう。わかる…と声に出しただろう。数えきれない。
働く母親が、子どもの高校受験に寄り添う。言ってしまえばこれに尽きるけれど、長くも短い中学三年生の日々はたった一言じゃ片付けられないくらいに重い。私もそうだった。

私は小学校から大学までエスカレーター式の私立に通わされていた。
通っていた、ではなく「通わされていた」が正しい。
話すと長いので割愛するけれど、とにかく私には受験の経験がない。あるのは、小学校の「お受験」だけ。他の学校の選択肢はなく、親の言うままに大学まで突き進んだ。

夫は中学まで地元の公立。
高校は偏差値が高い公立に受験で合格。
その後一浪して大学へ進み、就職。

夫婦がまず、こんなにも経験してきた受験がバラバラなのだ。
価値観なぞ合うわけがない。
私は「娘自身が納得して選んだ学校なら、公立でも私立でも構わない」と考えていたし、本人にもそう伝えていた。
なんなら、私立の推薦をとって受験をさっさと終わらせてほしいとまで思っていた。

が、夫は違う。
頭の良い高校へ通っていたことが根幹にある夫は「公立以外認めない」と言い放ったのだ。私が私立出身なのを忘れたのか? 失礼にも程があるんだけど…(未だにイライラする)。
更に悪いことに、娘が中学2年生頃から夫との不仲が加速。会話も挨拶もない、ちょっとしたことですぐ衝突が続いていた最中に受験期突入。
「私立に行く金は出さない」とまで言ったのだ。我が家は共働きで年収も同じくらいだってのに!(今は私が休職中なのでこの頃とは状況が違うけど)

仲は悪いのに変なところで妙な口だけ挟んでくる夫のせいで、娘は公立高校を第一志望にせざるを得なかった。
彼女は「公立通って学費浮いたら、お小遣い増えるよね?」と、それを拠り所にして公立受験のモチベーションを保ってくれた。ありがたい。

このように愛生さん宅と事情は異なれど「夫婦の価値観が合っていない」ことは我が家も大いに悩みだった。
何回も泣いたし、ストレスでどうにかなりそうだったし、なんなら私が今メンタル壊れて休職しているのはこの出来事も理由のひとつとして積み上げられていると信じている。

塾の送迎も、高校見学の送迎も、もちろん願書の登録も印刷も三者面談も何もかも、夫はやらなかった。全て私が仕事の合間にやった。
夜中に第二志望の公立高校まで車を走らせて通学経路を確認したこともあった。
三者面談で「公立の推薦は無理ですね」とバッサリ言い放たれたこともあった。
「今まで勉強してなかったから学校が選べないんだ」と夫がいらない一言を突きつけてきたこともあった。
思い返せば、どうしてこんなにギスギスするのだろう。
受験をするのは、大人ではなく子どもなのに。

親の願いはひとつでしかない。
子どもに、ただ幸福に生きてほしい。
本当はそれだけのシンプルな願いしかないはずなのに。

この日本で幸福に生きようとすると、まずある程度学校の成績を高くキープして内申点を上げる。
大学進学、できれば就職まで視野に入れて良い高校を選択する。
推薦が取りやすいように部活を頑張り、何かしらで受賞歴を作り、漢検や英検などに精を出して取り組む。
そうして高校に受かったら次は大学受験、大学に受かったら次は就職活動…。
あ、だめだ。書いてるだけで嫌になってきた。

そんな現実をうまいこと受け止めて、時には受け流して、どうか幸福であれ。
今しかできない遊びだってたくさんあるから、そっちも大事にしてほしいよ。
後悔しないために、自分で進む道は自分で決めてほしい。周りの言葉に左右されすぎないで。
自分のことを自分で選ぶ力。
人生で一番必要なのは、それだと思っている。

だから愛生さんが息子氏の音楽活動を「今そんなことやってる場合じゃない」と言わずに見守った気持ち。どうして美術科? と思いつつも反対しなかった気持ちが、まるで自分の追体験のようによおくわかる。
親が制限したくない。
子どもがやりたいことをやってほしい。
だけど受験もきちんとしてほしい。
今くらいは本気で勉強してほしい、そうすれば未来で後悔しないんだから。
矛盾する親の複雑な思いが自分の中で渦巻いて、いちいち色々思い出して、すぐ読めそうなサイズなのにちっとも先へ進めない。

ひとつ、我が家とは決定的に異なり、且つ羨ましいことがあった。
愛生さんの息子氏の自己肯定感の高さ。
我が娘はものすごく自己肯定感が低くて、上げるのに苦労した。今ようやく上がってくれたけれど、心配性な性格は変わらず時々激しく塞ぎ込んでしまう。
きっと愛生さんが愛情深い言葉をしっかり注いで幼少期を育ててこられたんだろう。

いつも子どもたちに思うことがある。
今日も、元気に生きててくれるだけで、すっごく嬉しい。
大きな病気も怪我もなく、事故に巻き込まれることもなく、塾もサボらず習い事も休まず、きっちりお弁当箱は空にして、おはようおやすみを言ってくれる。
本当は、もうそれだけで、親としては十二分にありがたいのだ。
きっと、愛生さんも同じ気持ちなんだろうな、と思いながら本を閉じた。

来年、我が家は下の息子の受験がやってくる。
どうなることやら。
めげそうな時には、またこのZINEを本棚から引っ張り出すだろう。

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