子供の頃の「無敵」な感じ?
「人生の最期に
後悔をなるべく残さない」
というのは、
生きる上での、
大きなお題目、あるいは、
一大テーマのような気もする。
――それについて考えるにつけ。
「やろうとしても
やりようがなかったこと」なら、
それをしなかったことを
あまり後悔はしないと思うのだが。
「やろうと思えばできたこと」を
もしやっていなかったなら、
やっぱり後悔するのだろうなあ、
なんてことを想像する。
――問題なのは、
「やりたいこと」自体が、
目白押し、
つまりそれがゴチャゴチャと
混み合って
「あり過ぎる」ことなのだと思うが。
その中身について、一つ一つ、
一旦、整理し、精査して、
「やろうと思えばできること」のみ、
とりあえずピックアップしてみる。
で、それがいくつかあるなら、
そこから、順次、
「より、やりたいと思うこと」から、
(できればすぐにでも、)
やっていこうと思う。
(「やれること」という
縛りはあるにせよ)
「私は私自身がやりたいことから順に
既にやっている・やれている」
という、
そういう心持ちになるだけで、
「歯車」とか
「奴隷」とか「従者」とか
そういう側面ではなくて、
「自分の人生の真ん中に自分がいる」
(子供の頃の「無敵」な感じは
ズバリこれなんじゃないかと思う。)
というのが前面に出るようになるし、
すると、
今を生きる手応えが違ってくる気がする。
「自分の人生に自分自身を取り戻す」
そして
そういった感覚が戻るにつれて、
自分自身の持つ「底力」みたいなものも
引き出せるような気がするし。
で、時間は戻せないから、
「これまで」のことは
もうどうでもいいのである。
(考えても仕方ないから。)
「今」と「これから」についてのみ
「やりたいことで、やれること」ついて、
よくよくよ~く、考えてみる。
そして、
「やろうと思えばできること」は
「やれる」はずなのである。
――物事は、
自分自身がゴチャゴチャと
考えさえしなければ、
割とシンプルだよな、
とも思った次第である。

