「嘘つき」の境界線|青ブラ文学部
「黙っているのは、嘘つきと同じよ」
スマートフォンの画面越しに投げかけられた恋人・絵美の言葉に、拓也は思わず息を呑んだ。
事の始まりは、前日に絵美から届いた「明日、私の友達のホームパーティーに来られる?」というメッセージだった。
拓也はその時、仕事の締め切りに追われており、行けるかどうかが本当に分からなかった。だから、「調整してみるよ」とだけ返し、確定の連絡をしないまま夜を迎えてしまったのだ。
拓也としては、「行けないかもしれない」という気まずい返事を引き延ばしたり、言葉を濁したりすることは、相手の気分を害さないための彼なりの「配慮」のつもりだった。はっきりと「行けない」と断るよりは、曖昧にしておく方が波風を立てないと考えていたのだ。
しかし、絵美にとって、拓也の「保留」は許しがたいものだったらしい。
「あなたが何も言わないのは、行く気がないのに『行くかもしれない』と思わせようとして事実を隠しているからでしょ。意思を表示しないことは、不誠実な嘘と同じなの。ノーならノーと言ってくれた方が、こっちも次の準備ができるわ」
絵美のストレートな正論に、拓也は必死で弁明した。
「違うんだ、絵美。嘘をつくつもりなんてなかった。ただ、はっきり断るのは申し訳ないと思って、言葉を選んでいたら時間が経っちゃって……」
「何も言わないのは、配慮でもなんでもなくて、ただの『ずるい逃げ』だよ」
絵美はため息をついた。
拓也は深く反省した。「黙っているのは嘘つきと同じ」という強烈なフレーズは、彼の生真面目な胸に深く突き刺さった。
これからはどんな小さなことでも、自分の意見を誤魔化さず、明確に言葉にしようと心に誓った。
――それから一週間後の週末。
二人は久しぶりに街のカフェでデートをしていた。 先日の衝突を経て、拓也は絵美の問いかけに対して、意識的に「Yes」か「No」かをはっきりと答えるようにしていた。絵美もそんな彼の生真面目な変化を、どこか嬉しそうに受け入れているようだった。
楽しい時間が過ぎ、絵美が新しく買ったというワンピースの感想を求めてきた。
「ねえ拓也、このワンピース、私に似合ってる?」
拓也は一瞬、言葉に詰まった。 絵美の着ているワンピースは、蛍光色のピンクと緑が複雑に入り混じった、極めて個性的で、お世辞にも彼女の普段の清楚な雰囲気に似合っているとは言い難いデザインだったからだ。
これまでの拓也なら、「あー、個性的でいいんじゃないかな」などと、答えを濁していただろう。しかし、今の彼は違う。ここで黙って言葉を濁すのは、彼女にとって「ずるい逃げ」であり「嘘つき」と同じなのだ。
絵美は自分に、誠実で明確な言葉を求めている。
拓也は意を決し、絵美の目を見つめてはっきりと告げた。
「うーん……正直に言うと、あんまり似合っていないと思う。前の青いドレスの方が、君の優しい雰囲気を引き立てていて素敵だったよ」
絵美は目を見開いた。驚いたように数秒間拓也を見つめ、それから信じられないといった様子で口を開いた。
「……拓也、信じられない。そこは嘘でも『とっても似合ってるよ!』って言うところでしょ!」
「えっ? でも、嘘をつくのは不誠実だって、この前……」
頭を抱える拓也を見て、絵美は呆れたように声を荒らげた。
「それはビジネスや予定の話! 女の子が服の感想を聞いたときは、『私を褒めて』っていうサインなんだから。そのくらい言葉にしなくても察してよ!」
拓也は天を仰いだ。
明確な言葉を求めていた彼女が、今度は「察して」と言っている。
どうやら女心という名のローカルルールをマスターするには、まだまだ長い時間がかかりそうだった。
お題:「黙っているのは嘘つきと同じよ」
下記の企画に参加させていただきました。
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