『じゃない不倫』|毎週ショートショートnote
「奥さんには内緒よ」
「分かってる。うちの奴に知られたら、家を追い出されかねない」
深夜の公園。
街灯の影で、二人は密やかに声を潜め、誰かに見られていないか周囲を警戒するように見回す。
「最近、逢瀬の回数が増えたわね」
「ああ。一度この甘美な時間を知ってしまうと、もう戻れないんだ」
男は吐息を漏らしながら、慎重な手つきでカバンから「それ」を取り出した。
出てきたのは、プレミアム感漂う高級な猫用パウチだ。
直後、暗闇から「ニャー」と甘い声が響く。草むらから現れたのは、ふくふくとした毛並みの黒猫だった。二人は顔をほころばせ、お皿にキャットフードを開けてそっと差し出す。
二人とも既婚者で、それぞれ家で猫を飼っている。しかし、この公園に棲みつく野良猫の「クロ」に魅了され、夜な夜な特製のごちそうを提供していたのだ。
「ねえ、私たち、いけないことをしてるのかしら。家族を裏切って、別の相手を愛でるなんて……これって不倫じゃない?」
「いや、不倫じゃない。相手は人間じゃないしな」
「そうね。不倫じゃないわね」
二人が安堵の息を漏らした瞬間、背後の茂みがガサリと揺れた。
「……あなた、そこで何してるの?」
そこには、我が家の愛猫「タマ」をしっかりと腕に抱いた妻が立っていた。
「浮気者! タマを差し置いて、よその子に鼻の下を伸ばすなんて!」
不倫じゃないが、修羅場には違いなかった。

お題:「じゃない不倫」
下記の企画に参加させていただきました。
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