波紋
波紋
人は、こんなにも突然いなくなるのか。
2026年3月26日、彼の訃報が届いた。
同じ歳だった。
前日、zoomの画面越しに彼はいた。
いつものスーツ姿ではなかった。
でも、いつもと変わらない声で話そうとしてくれていた。
今思えば、あれは彼の精一杯だったのかもしれない。
彼との出会いは、数年前。
友達に連れられて参加したビジネスセミナー会場だった。
友達が私を彼に紹介した。
私は初めましてと、自分の名刺を渡して挨拶を交わした。
『同じどしやね』そんな会話でその日は終わったと記憶している。
その出会いからしばらく経って年賀状が届いた。
『誰?』
宛名は手書き。
あれ?
たった一度名刺をお渡ししただけなのに。
慌てて返事を書いた。
私は自分の仕事を言い訳に彼のセミナー会場に足を運ぶことをしていなかった。
でも体調を崩して仕事を辞め、目標をなくした時、
『もう一度話を聞いてみようかな、やることもないし。』
そんなリハビリ的な感じで再び彼のビジネスセミナーに通うようになった。
全国でセミナーを開催している人だった。
それを追いかける体力はない。
それでも頑張れる範囲のセミナーには極力参加することを目標にした。
初めは友達の手を借りてしか行かれなかった。
だんだん1人でも参加できるようになった。
その積み重ねが、思い出へと月日を彩りへと変えていった。
彼の言葉を自分のビジネスに活かせたら。
それを伝える事がいつしか目標になっていた。
でも
もういないんだなぁ。
少し体調が良かったので、友達の誘いに背中を押されて、あるビジネスセミナーに参加した。
やさしい関西弁で語られるその時間は、あっという間だった。
「今の自分を作っているのは、誰でもない。自分ですよ。自分で選んで食べた結果ですよね?知ってますよね?」
「いきなり今日、おデブちゃんにはならない。積み重ねてきた”日々の選択”が、今の自分を作っている。」
彼の目は私をみているように感じた。
私は小さくなる。
今の自分を認める。責めるのではなくて、「今」を見る。
頭の中に浮かぶことは、すでに自分の中にある世界だからこそ浮かんでくる。
「こうなりたい」と浮かんだなら、それはもう、私の中にある世界。知らないものは浮かばない。あとは、その世界に身を置くかどうか。それを選ぶのは、いつだって自分。
身体を押してまで行った意味。私の見たい未来が、まだまだ曖昧だということを知った気がした。
別の日のセミナーでは、彼自身の話を聞いた。
同じ年月を生きてきたのに、歩んできた道は全く違っていた。
365日、ホテル暮らしを21年。
「お帰り、と誰も言ってくれないから、まずテレビをつけて寝るんです」
と少し照れたように笑う姿に、人の孤独と覚悟が、ふっと滲んだ。
話すのは得意じゃない。だからこそ、聞く人が”今日来てよかった”と思えるように、とことん準備してきたのだという。
同じ年月を生きてきた人間でも、気づきの量も、積み重ねてきた深さも違う。
だけど——
だからといって、私の人生が彼に劣っているわけじゃない。
私は”その日を生きることだけで精一杯だった”時期が長かった。
彼は”明日が来る未来”を信じて積み重ねてきた。
その差が今に表れているだけだ。
今日、この年齢の”今”に気づけた私は、実はとてもラッキーだと思った。
この時は彼がいなくなるなんて、つゆほどにも思っていなかった。
ただ、悔しくて。
いつか、私だってこうなったよって言えるようになるって思っていた頃だな。
またある日、あるビジネスセミナーに行った。
初めてひとりで参加した。
心細さからだ。
初めてだから早く着きすぎた。
まだ誰もいない会場で、私は一番後ろの、隅っこの席に座っていた。
そこに、主催者である彼がスーツケースひとつで入ってきた。
「なんでそこなん?」
少し厳しい眼差しだった。
「今日は何しに来たん?」
「稼ぎたいから来たんじゃないの?」
『自分の行動ひとつひとつが、マイナスを生むんだよ』と。
言われて、恐る恐る前の席に移動した。
それでも私は、「新しい人のために空けた方がいいですか?」と聞いてしまった。
それはチャンスを譲っている行動だと、はっきり言われた。
一番前の席に、ひとりぽつんと座った。
今までの私は、「私はどこでも大丈夫なので」「どうぞどうぞ」「お先にどうぞ」それが当たり前だった。
でも、今日気づいた。
それは時に、自分の居場所を、自分で後ろに下げてしまう行動だったのかもしれない。
譲ることが悪いわけじゃない。やさしさが間違いだったわけでもない。
ただ、譲らなくていい場所もある。
私が生きてきた中で、初めてだった。
前に出ていいと教えてくれた。
後から知った。
あの日、彼は初めて私を認識してくれたのだと。
それまでの私は、セミナーの後ろに埋もれているひとりだった。
ふたりきりの会場で、彼は私を見つけた。
見つけて、前に呼んだ。
そこから彼がいなくなるまで、数ヶ月だった。
人に想いを伝える。一生懸命言葉を繋いで、伝えても、相手には全然違うニュアンスで伝わってしまう。
『あの人には何回言っても伝わらないのよね』
でも、その話を彼は聞き逃さなかった。
『それは、相手の理解が足りないのではなくて、あなたの伝え方に問題があるのでは?あなたが望んでいた答えと違う回答が来たのなら、あなたの言葉の中にそう捉えさせてしまう言い回しがあるんだと思うよ』
そう言って、また、違う会話へと戻っていった。
同じ出来事でも、捉え方はいくつもある。
昔の私なら、失敗という名の自己嫌悪に陥り、中々浮上できなかったかもしれない。
でも今は——違う場面を見せてもらえた。素直にそう思えた。
責めもしないし、開き直りもしない。
正解はない。ただ、ほんの少し自分にとって気持ちがいい方に舵を切れたら。
今の自分のベストを置いておく。時が流れたら、また違う答えになるかもしれない。
飴ちゃんをもらったような幸せの言葉たち。
その時間は、また来月へと続くはずだった。
今日はちょっと。
でも、ひとつだけ。
身体の声を大事にしてください。
大事に生きてください。
残されたらしんどいです。
それが家族でなくても。
存在が大きければ大きいほど、ダメージが大きい。
昨日の笑顔が続くと……
いつでも会えると……
まだ心が追いつかなくて。
1日経って、本当なんだと。
嘘じゃないのだと。
この世の仕組みを教えてくれる人だった。
私に後ろに座ることを許さない人だった。
掴みたいものがあるなら、その席を譲るなと。
その可能性をきっと誰もが持っていると信じていた人だった。
同じ歳。
でも、生き方は全く違う。
強気で話しているかと思えば、話すのは苦手だと言う。
少し照れたような笑みだった。
3月25日、zoomの画面越しにいつもと違う彼がいた。
いつものスーツ姿ではない。
でも、いつもと変わらない声だった。
次の日。
何事もなく過ぎていると誰もが思っていた。
訃報が届いた。
目を疑った。
2度読み直した。
その時には涙が溢れていた。
友達に電話をした。
お互い声が震えていた。
朝になって、泣き過ぎたせいで頭が痛かった。
ただ、事実なんだと受け止めた。
100歳まで生きることを想定して生きていた人だった。
まだ志半ばだと。
まだ20年しか積み上げていないと。
なのに。
でも、私は悔しい。
なぜもっと自分の痛みを大事にしなかったのかと。
人のためにばかり走り回って、結局こんなにも大きな爆弾を落としていった。
本望だったのかもしれない。
でも、馬鹿野郎だ。
40年後の話を聞いてみたかった。
あの語り口調のまま。
いなくなって、余計に声が響く気がする。
日常は変わらない時間が流れている。
訃報から数日。
日中、彼を知っている人たちに会った。
涙は出さないが、思い出話に花が咲いた。
夜、facebookの一行が目に入った。
親友が彼を失った悲しみを綴ったページだった。
言葉少なに書かれた文章。
そして添付されたたくさんの写真。
その瞬間、涙が止まらなくなった。
彼はちゃんと存在していたんだと。
たくさんの年月を笑顔で、仲間に囲まれて生きていたんだと。
涙は流れたけれど、良かったと思えた。
私は、そばにいてくれると感じている。
それだけで、辛い今が優しい未来に変わる気がする。
25年、30年と彼と歩んだ人たちがいる。
私が語るのはおこがましいのかもしれない。
それでも。
無情なもので月日は確実に時を刻む。
追悼の会も開かれた。
置いて行かれた方々の悲痛な叫び。
『もう痛くないね』と言う震えるようなお別れの声。
これから大丈夫だろうかと思う。
彼の打撃にみんなが打ちひしがれている。
そしてひと月近くの時が流れた。
涙に震えていた方々が一斉にセミナーを開催し始めた。
場所や日時は違えど、動き始めた。
自分が今、ここに在ることを語るには彼を避けては語れない。
言葉に詰まる。
天を仰ぐ。
それでも言葉を止めない。
3時間あまりのセミナーを何度も何度も止まりながらも終えていく。
日が経つにつれ、誰も語る中に彼の名前は相変わらずある。
でも、その音は『共にいる』に変わっていった。
彼に出会ったから、彼はこう言っていたよね、彼は、彼はと。
自分を語る時に、確かに彼は居た。
そして今があるのは彼のおかげだと。
では、私は?と言えば。
彼のセミナーを聞きに行く。
彼に会いに行く。
彼の言葉からヒントを得る。
今まではそんな想いで参加していた。
今は、なぜみんなはここにいるのだろう。
何を得に来ているのだろう。
どんな方々なんだろう。
と、その場にいる人達を見つめるようになった。
今までカリスマのような灯りしか見えていなかったけれど、強烈な灯りが消えたら、小さく灯っている灯りが見え始めた。
更に、灯りを強く放とうとする人が増えてきた。
彼の明かりは消えたわけではない。
彼が消えたことによって、見えなかった小さな灯りがたくさん瞬いていること。
瞬かなきゃと思えた人が見えるようになったという事に時が流れたことで見えてきた。
今でも彼の声や姿を見ると涙が出る時がある。
それはきっと彼に関わった人みんなだと思う。
それでもお茶目な彼のことだ。
面白いやろ?とみている気がする。
月日とは残酷なもので、2026年の誕生日を告げる案内の文字がSNSの中で踊る。
数件のお祝いメッセージが流れる。
また、会いましょう。おめでとうございますと。
もう読む人はいない。
微笑んでる顔だけがぼんやり浮かぶ気がする。
#創作大賞2026
#エッセイ部門
