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あの時、ちゃんと聞けばよかった

6年以上、長女と連絡が取れていない。

LINEはブロックされ、電話も繋がらない。
最初の頃は、私の母や次女が連絡しても既読スルーだった。

でも最近は、ほんの一言だけ返信が来ることもあるらしい。
去年の初め頃には、次女のところに連絡があって、
何年かぶりに二人は再会したと聞いた。

最初は、ただ絶望だった。

もう一生、このままかもしれないと思った。

でも今は違う。

いつかまた、
一緒に笑える日が来るんじゃないかと、
そう思っている。


あの子は、とてもしっかりした子だった。

前世では、あの子が親で、私が子どもだったんじゃないかと
思ってしまうくらいに。

でも同時に、感受性がとても強い子でもあった。

機嫌や感情を、そのままぶつけてくることもあって、
正直、少し扱いづらいと感じることもあった。

だからこそ、外ではきっと、
周りに合わせて、無理をしていたんだと思う。

私は、そんなあの子に
絶対的な信頼を置いていた。

他の二人の娘と比べても、
「あの子なら大丈夫」と思ってしまっていた。

だから、あまり心配してあげられていなかったのかもしれない。

今振り返ると、
私はあの子に、いろんな意味で頼っていたんだと思う。


あの子が話してくると、正直、こう思っていた。

「また愚痴か。長くなるな」と。

当時の私は、とにかく忙しかった。
毎日がいっぱいいっぱいで、睡眠時間も満足に取れていなかった。

だから、話を聞くよりも、
「少しでも早く眠りたい」と思ってしまうこともあった。

あの子はすでに家を出て、一人暮らしをしていた。

きっと、だからこそ、
誰かに話を聞いてほしかったはずなのに。

そんな気持ちを、私はまったく考えてあげられなかった。

「明日も早いから、そろそろ寝たいんだけど」

そう言って、電話を切ったこともある。

そして、その次の日の朝。

私は、脳梗塞で倒れた。


今になって思う。

あの子は、ただ、話を聞いてほしかったんだ。

社会の中で感じた理不尽や、
どうしようもないモヤモヤを、
私に聞いてもらって、味方になってほしかったんだと思う。

――いや、もしかしたら

ただ、気が済むまで話して、
最後までちゃんと聞いてほしかっただけなのかもしれない。

あの子の話のほとんどは、職場の愚痴だった。

だからこそ、
中途半端なところで他の人に話すこともできなかったんだろう。

どこでどう漏れるかわからない。

その点、私は母親で、
きっと絶対に外には出さないと信じていたはずだ。

安心して、言葉を選ばずに話せる相手。

それが、私だった。

思い返せば、子どもの頃もそうだった。

学校で嫌なことがあった日は、
必ず私に話してくれていた。

私は、その場所であり続けるはずだったのに。

もし、あの頃に戻れるなら。

私は、あの子の一番の味方になって、
気が済むまで、ただ静かに話を聞いてあげたい。


今、あの子に対して思うことは、ただ一つ。

会いたい。

もし、もう一度話せるなら。

この6年、どんなことを思っていたのか。
ちゃんと、幸せに暮らせていたのか。

それを聞きたい。

そして――

もう一度、笑って話がしたい。


当たり前の毎日は、
当たり前に続くものではない。

大切なものは、
大切にしないと、なくなってしまう。

もし、今

「あとでいいや」と思っている相手がいるなら、
どうか、その“あとで”を少しだけ早めてほしい。

忙しさや余裕のなさで、
つい後回しにしてしまう気持ちは、痛いほどわかる。

でも、

話せるうちに話すこと。
聞けるうちに聞くこと。

それは、あとからでは取り戻せない。

あの時、ほんの少し立ち止まっていたらと、
何度も思い返す日がある。

だからこそ、伝えたい。

今、そばにいる人の声を、
どうか、大切にしてほしい。


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