友だち×マジカル
拝啓、5年前の僕へ。
君は、LINE、Instagram、X、Discord……それらのデジタルツールが生活になくてはならないものだと、思っていることだろう。記憶は時と共に風化していく。現在の僕は、もうあの頃の心理を鮮明に思い起こすことはできないけれど、このことだけは、覚えているんだ。
君に噛みついている、利便性の裏の毒牙。
魔法はもう、解けたんだ。魔法? 何ソレ? そんなあの頃の僕の声が聞こえる。
君は、魔法にかかっているんだよ。
知らない間に、デジタルの魔女が、君の元に現れたんだ。君は見向きもしなかったけれどね。
これは、5年後の僕が過去の僕に送る、デジタル……特にLINEとの間で起きた、ちょっとした戦記だ。物語と呼ぶには程遠い、紛れもない事実。それでも事実と呼ぶにはあまりにも滑稽だから、「ちょっとした戦記」と呼ばせてもらうよ。
世界中の70億分の1が、世界中に広がる巨大なインフラと戦った、とってもミクロなお話。
敬具、5年後の僕より。
LINE。
それは、僕たちの日常を、スマホやタブレット、パソコンといったデジタルデバイスを通じて陰ながら、いや……陽の光として支える、巨大なインフラだ。相手と自分の会話が小刻みにテンポよく、ポンッポンッと画面上に現れる。まるで漫画の吹き出しみたい。文字だけで繰り広げられる、特殊なウェブトゥーン。
僕の中でのLINEは、そういう認識だ。
スマホ。世界と自分とのアクセス権と、共有権を無限に拡張し与え続ける、人間の叡智によって生み出された、本物の魔法のアイテム。世界中の人たちが、スマホによって人生のターニングポイントと向き合ったり、新しい《つながり》を手に入れたりしている。SNSにゲームに書籍に動画に音楽に創作にショッピングに仕事に、《つながり》。すべてが、スマホで完結してしまう。
不思議な時代。生活のすべてがデジタルに置き換えられてしまうなんて。それが可能になってしまうなんて。
僕は2006年生まれの20歳。いわゆるZ世代という括りの中に入る、大勢の中のたったひとり。InstagramにX。Discordに……LINE。みんな、何かしらひとつには手を付けている、と思う。現に、僕もそう。生活に不可欠なツールとして、スマホを手に入れて早5年、「そんなものだ」と思って生活してきた。
特に、LINEだ。
家族に【友だち】にバイト先の人。あらゆる人と、LINEを交換してきた。LINEは便利だ。無料だしすぐ気軽に連絡が取れる。
誰とでも、IDやQRコードさえあれば、《つながれる》。
まさに魔法だ。人智の結集の先にある魔法。僕はそんな魔法にじわじわと憑りつかれ、魅力のツボに没入していき、やがてそれは毒となり、僕の心の歯車を犯していった。
LINEの最大の魅力。
それは、大好きな文章で、《つながれること》。
《友だち》って、なんだろう? 暇だけは持て余す僕が見つめてしまう問い。《友だち》って、何?
それは、LINEが教えてくれたもの。
20歳。学校には行かず働きにも出ず。その辺りの事情だけで文章が埋まってしまうので、ここでは大幅に割愛。ちょっと自分の中のストレージが情緒の波に襲われて、再帰するまでにしばらく療養しなさいと、天のお告げがくだってしまったんだ。
だから僕は、今日も家にいる。
家族と暮らしながら、大好きな文章を、物語を、書いている。
……。
《友だち》ってなんだろう。
暇だね。
そんなことを言っている時間があるのなら、求人を探したり運動をしたり、有意義に過ごせばいいじゃないか。
それでも僕に付きまとうんだ。
《友だち》。
煌めきを放つ、特異で純粋な存在。
LINEとの戦いを繰り広げる中で、知ってしまったこと。
《友だち》って、不思議だ。
LINEには、【友だち】という機能がある。それは登録している【連絡先】のことを指す。【友だち】、イコール、【連絡先】。
スマホを買い与えられたばかりの僕は、そのからくりに気付かなかった。
【連絡先】の数が増える、イコール、【友だち】の数が増える。誰でも知っている普遍的なからくり。僕にはわからなかった、狂気的なからくり。
僕は、何事も境界線を見極めるのが苦手だ。二次元と三次元も。友情と恋慕も。男と女も。創作と現実も。
感情と感情も。概念と概念も。
すべてが融け合う。
そういう世界を、観ている。
そういう世界で、生きてる。
だから、【連絡先】という概念と、【友だち】という概念が融け合って、ひとつの概念へと、成り代わってしまったんだ。
【友だち】という概念へ。
成り代わってしまったんだ。
【連絡先】という概念は、どこへ消えたのか。
デジタルの魔女が、ふっと息を吹きかけて、ろうそくの火を消す感覚で、遥か彼方へ飛ばしてしまったのかもしれない。
僕は、囚われた。
【友だち】の牢獄へ。
僕が通っていた高校はふたつある。ひとつは、県立の全日制の進学校。もうひとつは、私立の通信制高校だ。僕の【友だち】感覚が曲がり始めたのは、通信制高校へ転学した頃。
3年前の10月。僕は「スマホ依存」を自覚した。SNSとLINEに張り付く四六時中。大好きな本やアニメと、高校の3年間は疎遠だった。あの恐怖は、計り知れない。
LINE……あの頃から僕は、利便性の裏の毒牙に気付き出した。自分はデジタルの魔法にかかっている。朧気ながらに、わかり出したのだ。
スマホには、数えきれない【友だち】がいる。会話の履歴、既読の有無。アイコン、プロフィール、ステータスメッセージ。すべてがデータとして、文字として、履歴として痛烈に画面上で踊り狂う。あらゆる情報の交錯。融合。トラフィックジャム。境界線は、一体どこだ?
あらゆる【友だち】が、ひとつの塊になって……。
気持ち悪い。
違う。
こんなの。
《友だち》じゃない‼
人々の縁、出逢い、そして、《友だち》。これらの物語を書くのが好きな僕は、この感覚を抱いた瞬間……現実の、確かな手触りがあるはずの《つながり》を、この手で、指1本で、削ぎ落すようになった。
そういう、癖がついてしまった。
嫌な癖。
タチの悪い癖だ。
デジタルの魔女は、そんな僕に対して、悪辣な笑みを浮かべていたことだろう。
こうなることを、最初からわかっていたというように。
見透かしていたように。
LINE【友だち】は急激に減った。それは、僕に恐怖の旋風を巻き起こした。
僕の中での《友だち》という像は。
LINEの【友だち】という機能には、なかったのに。
いなくなっていく。僕がせっかく掴み取った縁を、自らの手で、引きちぎった。
なんで? 僕はどうしてこうなったんだ? 大好きなあの子を大切なあの子を、なぜブロックしてしまう?
いちばん怖気がしたのはそこだ。僕の心に乗り移った毒牙が、大好きな《友だち》にも、向き始めたことなんだ。
いや。違う。
そこもそうだけど、もうひとつある。
もうひとつ。
なんで、《つながり》は、LINEがすべてだと……
思っているんだ?
これこそが、僕がハマってしまった狂気的なからくりの正体である。連絡を取る、イコール、【友だち】。連絡を取らない、あるいは取れない、イコール、【友だちではない】。
この極端で安易で愚かな結論こそが、デジタルの魔女の本望であり、僕がまんまと引っかかってしまった罠なんだ。
これも違う……デジタルの魔女は、元々存在してなどいない。毒に冒され魔法に縛られたのは真実、だが。
デジタルの魔女は、僕本人だ。
僕は何か、《友だち》を勘違いして……画面の向こう側の実体のない存在に、僕の思う《友だち》を委ねてしまったんだ。実体のない、ゴシック体の活字に。無機質な活字に。彩りのない【友だち】という活字に。
《友だち》に憧れていたから。
だから僕は、【友だち】という幻を、真実だと思い込んで。
何人もの《友だち》との縁を。
切り離して、しまった。
いつか時空に溶けていく縁を、無理やり。
僕は、人とは関われないんだ。
LINEでのやり取りが、できないから。
Instagramに、X。Discord。すべてログアウトしてアンインストールして。
ただでさえ閉鎖的な生活をしているのに、僕は世界と接続する機会と媒体を失った。
それが、普通だったのにね。
世界とカンタンに接続できた歴史の方が、遥かに浅いのにね。
誰とも関われない。文章を書くことが好きなのに、文字を中心に会話をすることはできない。所詮、苦手なことなんて、カンタンに得意になんて、なれやしないのだ。
カンタンに世界と《つながれる》からって。
カンタンにコミュニケーションが得意になれるわけがない。
世界とつながろうが、つながれまいが。
《つながろう》とするのは、自分なんだから。
地に足をつけた自分で、今日も呼吸をしている自分。
スマホやLINEで、人は変われない。
カンタンには。
《友だち》。【友だち】。《友だち》‼︎ 【友だち】?
ねえ、誰か教えてよ。
《友だち》って、なに⁉︎
勘違いと、錯覚と、幻の海に溺れて。
《友だち》って、なんなのかな。
力なく笑っては。
布団の上で、毛布が湿る。
僕に、《友だち》は、いるの?
いる?
いるの?
僕に、《友だち》は。
煌めいていて、特異で、純粋な。
《友だち》は‼︎
いる。
考えれば考えるだけ、「好き」だと想える《友だち》が、僕には、いる。
断言できる。
LINE【友だち】の枠には到底収まりきらないほどの強大で美しい力を持った。
想いを馳せるだけで涙を流せる。
生まれてきてくれて、出逢ってくれてありがとうって、心から言える。
《友だち》が‼︎
いる。
思うように連絡が取れない!
会いたいけれど体力と精神力に限界がきてしまう!
言葉が上手に紡げない!
もう、会う機会も話す機会もないかもしれない!
それでも!
僕は、あの子たちが。
大好きだ。
LINEというアルファベット4文字が、しゅわっと泡のように弾けて、空へと消えていく。5年もの間、「連絡ツール」として、生活になくてならない必要不可欠なものとして使ってきたLINE。
「……別に、使わなくたって、いいんだ!」
だって僕には、大切な人たちが、ちゃんといるから。
隣にいなくても。心の中には、いつだって。ひとひらの勇気を振り絞ったら。もしかしたら……また。
出逢えるかも、しれない。
だから僕は、LINEを控えることにした。もう、ぐじぐじと考え込んで、悩みあぐねるのは、おしまい! 僕はちゃんと、《つながれる》って、思えるから。《つながりたい》って、想える大好きなあの子たちが、いるから。
古から続く、メールアドレスというものがあるのだし、それがあれば連絡は事足りる。
ありがとう、LINE。僕に魔法をかけてくれて。ありがとう、LINE。僕に《友だち》を教えてくれて。
LINEを始めなかったら、知ることのなかった感情を抱きしめて、今日も僕は、物語を書き綴るんだ。
さあこれから、本物の、魔法をかけよう。
アプリのほとんど入っていないスマホを、裏返しにして。
す、と酸素で肺を膨らませて。
叫ぶんだ。
今まで出逢ってくれた、大好きなあの子たちへ。
『もう一度、僕と友だちになってください。』
