どん底が、はじまりだった
退去まで、もう一ヶ月もなかった。
床の見えない部屋で、わたしは大きなゴミ袋に、ひとつ、またひとつと荷物を詰めていた。自分のものも、そうじゃないものも。
みんなで暮らしていた、それぞれの荷物が、そこにはあった。
それを、わたしひとりで片付けていた。
なんで、わたしばっかり。
そう思うたびに、涙がこぼれた。
それでも手だけは動いていた。袋を縛って、広げて、また詰めて。
真夏の暑さのなか、汗なのか涙なのか分からないものが、ぽたぽたと床に落ちていった。洋服だけで、袋は二百を超えていた。
いつから、こんなことになってしまったのだろう。
去年の今ごろから、不思議と同じ数字ばかり目に入るようになった。
11時11分、3時33分、5時55分。
時計やポイントなどで何度も見かけるうちに、気になって調べた。
「エンジェルナンバー」と呼ばれるものらしい。気休めかもしれない。
それでもわたしは、そこに書かれた励ましを、心のどこかで求めていた。
決定的だったのは、電気料金だった。
スマホの予想金額の欄に「4,444円」と表示されていた。
四が、四つ。その瞬間、なぜか少し怖くなった。
これはもう、偶然ではない気がして。
ただ、それ以上は考えないようにした。
数字に囚われても、どうにもならない。
そう、自分に言い聞かせた。
地獄は、突然やってきた。
心の準備をする間もなかった。
収入はぷつりと途絶え、生活の見通しも立たなくなった。
貯金は見る間に減り、気づけば、食事もままならない日が続いていた。
空腹に慣れていくというのは、こういうことかと、はじめて知った。
そんなある日、母から連絡がきた。
「荷物、送ったよ」。
母には、状況をひとことも話していなかった。
心配をかけたくなかった、いや、情けなくて言えなかった。
だから母にとっては、ただの、ちょっとした荷物だったはずだ。
わたしの頭は、ただ「何か食べられる」でいっぱいだった。
届くのが待ち遠しくて、何度も時計を見た。
やがてチャイムが鳴り、食べ物だ、と駆け寄るように箱を開けて
——息をのんだ。
そこには、わたしの好物ばかりが、ぎっしりと詰まっていた。
ダンボールの中で、どれにしようかと、掴んでは離しを繰り返した。
結局、手が伸びたのは、いちばん大好きなどら焼き。
それを取り出して、かぶりついた。
その瞬間、涙が溢れて、止まらなくなった。
空腹を満たそうと、手は何度も、どら焼きを口へ運ぶ。
なのに心のなかは、感情の渦で、ぐちゃぐちゃだった。
やっと食べられるという安堵。
母の愛情の深さ。
何も言えずにいた情けなさ。
こんなところまで落ちてしまった、自分への惨めさ。
きれいな気持ちばかりじゃ、なかった。
それが、いっぺんに押し寄せてくる。
涙は止まらない。それでも、口へ運ぶ手も、止まらない。
わたしはどら焼きを噛みしめながら、子どものように泣いた。
ただの食べ物だと思っていた。
けれどそれは、食べ物のかたちをした、愛情だった。
どら焼きに救われた日から、しばらくして。
わたしは、住んでいた部屋を引き払うことになった。
退去まで、もう一ヶ月もない。冒頭の、あの部屋である。
少しでもお金をつくるために、売れそうなものは片っ端からオークションや買取に出し、回収業者ともやり取りを重ねた。
けれど何より堪えたのは、それをひとりでやっている、ということだった。広い部屋に、ただひとり。自分のものくらい、自分で片付けてほしい。
そう伝えても、誰も来てはくれなかった。
片付けても、片付けても、物の山は減らない。
それなのに、期限だけは近づいてくる。
ある夜、わたしは物の山のなかにぺたんと座り込んで、動けなくなった。
もう、無理だ。
わたしは、生きていることそのものに、疲れ果てていた。
あの夜のわたしは、たしかに、いちばん底にいた。
それなのに——いや、もしかしたら、だからこそなのかもしれない。
あんな日々のなかでも、わたしには、ひっそりと続けていたことがあった。
夜になると、その日に見かけた数字をひとつずつ調べた。
どれも励ましや転機を示す意味だという。
特によく見た11時11分は、新しい始まり。
まるごと信じていたわけではない。
こんな毎日のどこが「新しい始まり」なのよ、とひとりごちる夜もあった。それでも、調べる手は止めなかった。
たぶん、何かを掴んでいたかったのだと思う。
明かりをつける気力さえなく、わたしは物の山のなかにいた。
黒い影になった荷物が、まわりにそびえている。
光といえば、手のなかの、スマホの画面だけ。
その小さな光のなかで数字の意味を追いかけている時間だけは、不思議と、少しだけ息がしやすかった。
その作業が、暗闇のなかの、小さな手すりのようだった。
調べたことは、はじめnoteに書きためていた。
でも、片付けに追われるなかで、スマホを開いて投稿する、その一連すら億劫になっていった。
くたくたのわたしが欲しかったのは、画面の明かりじゃない。
手のなかでゆっくりめくれる、一冊の本。
数字のメッセージと、静かに向き合える時間。
だれかのためでもなく、まず、自分が便利なものが欲しかった。
だから、タイトルは「私だけの」とつけた。
そして、もうひとつ理由があった。
これを、わたしが生きていた証として、残しておきたかったのだ。
そう思ってからのわたしは、必死だった。
退去の日から逆算して、自分で締め切りを決めた。
それまでに、なんとしても仕上げる。
体はくたくたなのに、本を書く時間だけは、なぜか手が止まらなかった。
もし、わたしがこの世界からいなくなったとしても、この本が、必要としているだれかのところに、ひっそり届いてくれたらいいな。
そのくらい、ふわりとした願いだった。
そうして、「私だけの」一冊が、完成した。
そのとき胸に広がったのは、やりきった、という静かな安堵だった。
あの頃のわたしは、これでもう、思い残すことはないと感じていた。
けれど、今ふり返ると思うのだ。
生きた証のつもりで書いたあの一冊は、ほんとうは、わたしをこの世界につなぎとめてくれる、錨のような存在だったのではないか、と。
手放すために書いたはずの本が、いつのまにか、わたしを、こちら側に引きとめていた。
どん底で書いた、たった一冊。それが、わたしの「はじまり」だった。
それでも、わたしは、片付けた。
最後の一袋を運び出し終えたとき、部屋には、もう何も残っていなかった。がらんとした、何もない部屋。
何度も雑巾をかけた床の木目が、やけにくっきり見えた。
それは、敗北の空っぽではなかった。やりきった、という空っぽだった。
あれだけの量を、ひとりで、最後まで。
もしこの世に「図太さ大会」があったなら、わたしはきっと優勝できる。
本気で、そう思えた。
そしてわたしは、住み慣れた街を離れた。
生まれ育った、母のいる懐かしい場所へ。
そこから職を探し、住まいを探し、少しずつ生活を立て直して、気づけば、こうして今が、ある。
あの数字たちは、今も、わたしのそばにいる。
このあいだは、自分の生まれた日と同じ数字が、時計に静かに並んでいた。
不思議なのは、同じ数字を見ているのに、受け取る気持ちが、
あの頃とはまるで違うことだ。
物の山のなかで膝を抱えていたあの夜、同じ数字は、ただ怖かった。
けれど今は、また何か、人生の転換期が来るのかな、と、ーーほんの少し、落ち着いて眺めている。
数字は、変わっていない。変わったのは、わたしのほうだった。
あの頃のわたしと同じように、物の山のなかで膝を抱えている人がいたら。 わたしは今、その人にどら焼きを差し出せる。
あの日、母が、わたしにそうしてくれたように。
