・本編(全2話)
季節は過ぎて冬になった。
あたしとえなちゃんと晶くんの関係は順調に友だちとして続いていた。
今日も冬休みに入って部活の練習が少なくなっている晶くんの家に集まることになっていた。
『先にアキんち行っててー』
そんなメッセージが届いたのは、あたしがもう晶くんの家の前に着いた時だった。
最近では直接彼の家で集合になることが多かった。
そういえばえなちゃんは一昨日ぐらいからずっと調子が悪そうだった。
たぶん生理なのだと思う。
えなちゃんは女子に憧れているあたしの前では決してそのことを言ってくれないけれど。
かくして、生理のこないあたしは初めて一人で晶くんの家を訪ねることになってしまった。
ここまで来てしまったらもうどうにでもなれと、ドキドキと高まる鼓動もそのままに玄関のチャイムを鳴らした。
程なくして、少しダメージの入ったオシャレなジーパンに黒いラフなパーカーを着た晶くんが出迎えてくれた。
普段よりどこか格好良く見えてしまうのは、あたしが彼と一体一で対面してるからだろうか。
あたしは指先まで隠れるくらい袖の長い薄ベージュのスウェットワンピの裾を揺らして、少し透け感の出るブラックの着圧タイツで膝を覗かせた。
普段から着てるお気に入りの装いだったけれど、もっと気合いを入れてくればよかったと、少しだけ後悔した。
「あれ? 今日はすずちゃんだけ?」
「え……あ……うん」
色々と焦っていたこともあるが、なんとなくそう言ってみたくなった。
二人でも問題なく遊べたら、えなちゃんも喜んでくれると思ったから。
えなちゃんもそれを望んで、二人きりにさせてくれている部分がある気がしていたから。
「そっか。ま、いつもどおり適当に部屋上がって座ってて。飲み物持ってくから」
「う、うん。ありがと」
階段を上がって彼の部屋に入って、まずあたしはどこに座るか悩んだ。
散々考えた末に、ベッドの上に腰を下ろした。
えなちゃんが寝転んでいたから、別にそこまでおかしくないと思う。
枕に少しだけ顔を埋めてみたのは、ちょっとおかしくなってると思うけど。
「お待たせ」
「ご、ごちそうさまです!」
「え? あぁ、ただの麦茶だけど」
階段を上がってくる音が思ったより聞こえなくて、顔を上げてギリギリのところで帰ってきたので焦った。
あたしは挙動不審をごまかすように渡されたコップのお茶をぐいっとあおる。
そして、いったんクールダウンしてから、改めて気になったことを晶くんにたずねる。
「あ、あの……今日お母様は?」
「お母様って。今日は仕事で遅いって」
ということは、この家には今完全にあたしたち二人きりというわけで。
不自然に喉が鳴ってしまう。
それをごまかすように、少しずつちびちびとお茶を口の中に含んだ。
「すずちゃんってさ」
「な、なに?」
少し間をおいてからあたしの左隣に腰を下ろし、そしてどこか神妙な顔つきになってから、続けた。
「その……付き合ってる人とか、いんの?」
「つきあってる……ひと……?」
あたしはあまりに聞き馴染みのない晶くんが口にしたその言葉を理解するのに数秒を要した。
「い、いるわけないよっ! そんなのっ!」
深い意味は無いに違いない。
きっとただの興味本位だ。
あたしみたいなオンナオトコが彼氏を作れるのか、きっと知りたいだけだ。
「そうなの?」
「それは、そうでしょ……あたしみたいなの……」
「どうして? すずちゃん、可愛いのに」
「ま、また、可愛いって……嘘つき」
「嘘なんかじゃないって」
それじゃ、晶くんはあたしが誰かの彼女じゃなくてよかったと思ってくれたのだろうか。
あたしの彼氏候補になれるかもしれないって、嬉しく思ったってことだろうか。
「な、なんか暑いな……」
「う、うん……」
晶くんがあたしの隣で羽織っていたパーカーを脱ぎ始め、タンクトップ一枚になる。
それを見てるだけで、あたしのカラダは余計に火照ってきてしまう。
「すずちゃんはさ、もっと自分に自信持ったほうがいいよ」
「自信なんて、持てるわけ……」
不意に晶くんのほうを見ると、なぜかあたしのほうを見ないようにしながら、足の間を不自然に左手で隠していた。
そして、気づいた。
気づいてしまった。
不幸にも、あたしも同じ造りのカラダを持っていたから。
「あ、ああ、あの……っ」
挙動不審なあたしは、どうしてもその証が本当のものなのか
夢みたいなこの状況を、何度も確かめずにはいられなくなる。
「そ、その、な……俺……っ」
あたしのあまりにも不躾なその視線に、彼は観念したように、股間から手をどけた。
夢ではない。
少し骨ばった手があたしの手に重ねられる。
あたしは、それを拒まなかった。
「俺、こんなにすずちゃんに、魅力感じてる」
あたしが緊張して視線を逸らしていると、重ねられていた手が突然掴まれて、彼の股間に持っていかれた。
「俺の、ここ……ほら。こんなになってる」
彼らしからぬその強引さに、切迫した性の衝動を感じて、身体が内側から熱くなった。
硬い男の子の部分が、あたしの手のひらに向かってピクピクと跳ねている。
あたし自身もこんなに硬くなったことはない。
それでも確かにあたしに向けられるその欲望の象徴に、生まれて初めての種類の胸の昂りを感じていた。
「わかるだろ、すずちゃんなら。だって、それ……」
彼の視線があたしの下半身に刺さる。
そこにあるスカートは一点を中心に、言い逃れようもなく盛り上がっていた。
こんなに簡単に自分の欲情がバレてしまうカラダを恨めしく思う。
けれど、それはきっと彼も同じで。
「……恥ずかしい……見ない、で……」
「むり……そんな、反応……やっぱ、可愛すぎ……っ!」
晶くんの力強い手があたしの肩を掴んで押し倒した。
覆いかぶさってきた晶くんの硬いお腹があたしのスカートと勃起を持ち上げて高い声が漏れ出てしまう。
その声により昂った様子の晶くんはゴツゴツした腹筋であたしの一番恥ずかしいところを挟んで、上下に何度も擦り上げた。
晶くんの汗の匂いを至近距離で浴びせられて、脳が痺れて、何もできなくなる。
「んっ……あぅ……ヤっ……」
イヤと言う必要はなかった。
けれど、彼に求められたくて、なぜか口をついて出ていた。
嫌がることを喜ぶような人じゃないとわかっているのに。
本当は、涙が出るほど嬉しかった。
こんなあたしでも、男のカラダのあたしでも、男の子に……好きな晶くんに興奮してもらえるんだって、わかって。
「……本当に、イヤ?」
身体を一旦離して、不安そうに問われて。
そこにはやっぱり、優しい晶くんも、いて。
「イヤ、じゃ、ない……晶くん、だから」
「じゃ、素直になって。俺の前では」
少し悲しそうな顔になった晶くんが、まっすぐにあたしの瞳の中に入ってくる。
「本当にすずちゃんが嫌なとき、わからなくなりたくないから」
その言葉に、あたしは頭も胸もいっぱいになって、早く彼を全身で受け入れたくなる。
二人の硬い興奮の証が、お互いのお腹に挟まれてじゃれ合うのが、たまらなく切なくなる。
「どうしよっ。俺っ。どうすればいいっ? すずちゃんっ」
「すずって、呼んでっ。すずって、呼ばれたいっ」
「ああっ、すずっ! すずっ! すずっ!」
何をすればいいかわからないまま、あたしたちはただお互いのことを呼び合いながら、じゃれ合うことしかできない。
お互いのことで、頭がいっぱいになるぐらい、夢中になっていく。
「すずっ! 俺っ、すずのことっ!」
「なにやってんの」
血の気が一瞬で引く。
晶くんを見下ろす、その視界の端。
そこにえなちゃんの姿があった。
突然押し倒されてしまったから、あたしはえなちゃんが来るかもしれないという可能性をすっかり忘れてしまっていた。
「えなちゃん、これは」
「よりによってすずちゃんに手を出すなんて……変態っ! 最低っ!」
えなちゃんが晶くんを突き飛ばして、あたしの手を引く。
柔らかくて滑らかな手が、あたしの手のひらを強く、優しく包んで離さなかった。
「逃げよ、すずちゃん!」
えなちゃんはあたしの手を引っ張って、晶くんからあたしを守ってくれた。
ショックだった。
あたしに欲情する晶くんをえなちゃんが最低だと蔑んだことが。
あたしが彼の要求に対して幸福感を覚えていたことを侮辱されたようで、悲しかった。
えなちゃんの家に連れ込まれて、あたしは無事に晶くんから保護された。
「大丈夫だった? 怪我してない?」
えなちゃんのいつも通りの優しさが、何よりもあたしのココロをえぐった。
一番あたしのことをわかってくれていると思っていた彼女からの悪気のない批判。
それを垣間見てしまったあたしは、彼女と気持ちが通じあっていなかったことを何よりも悲しく感じていた。
「……平気だよ。カラダは」
「ごめんね。アキなら、すずちゃんともいい男友だちになれると、思ってたのに」
最近、晶くんと二人きりになることが多かったのも、きっと気をつかってくれていたのだと思う。
あたしが少しでも早く晶くんに慣れて、仲良くなれるように。
そのおかげで、あたしたちは確かに急速に親密になっていった。
えなちゃんの望んでいない方向で。
「……晶くんは、悪くないの」
「え?」
「……全部、あたしが、悪いの」
えなちゃんに信じてもらえるように、あたしを映すその瞳をまっすぐ見返して、続ける。
「だって、あたしが誘惑したんだもん。晶くんのこと」
あたしが、晶くんを最低に変えてしまった。
長年の幼なじみでも拒否反応を示してしまうほどの、変態に。
「……そ、そうなんだ」
「うん。あたし、この通り変態だし」
「……そんなこと、思ってない」
「うん。ありがとう」
わかっていた。
えなちゃんは心の底からあたしのことをそんなふうに思ってはいない。
えなちゃんはいつだって、あたしには無条件で優しかったから。
けれど、晶くんに対しては違った。
それはつまり、結局えなちゃんもあたしたちのことを性別で判別していたということだ。
女の子であるあたしは守って、男の子である晶くんは罵って。
嬉しいはずなのに、憎かった。
あたしも同じように、避難してほしかった。
「……でも、そっか……そうだったんだ……それじゃ、わたしが、邪魔しちゃったんだね……」
こんなえなちゃんの顔を見るのは初めてだった。
罪悪感に押し潰れそうになって、それを笑顔で誤魔化そうとして、苦笑いみたいになっていた。
あたしはまた、このカラダのせいで、誰かを不快にさせてしまっていた。
「……わたし、またやっちゃった……空気読まずに、人間関係、めちゃくちゃにして……」
あたしは何も言わなかった。
全てわかっていたから。
えなちゃんがあたしのことを思ってやってくれたことだって。
「えなちゃんは、あたしといて気持ちいい?」
「……え?」
「良い人ぶれて、気持ちよかったんでしょ? あたしのカラダ」
ココロにカラダが合っていないあたしを障がい者扱いして、優等生アピールできるから。
そうやって、あたしといつも一緒にいてくれるえなちゃんに少しでも恩返しできたらいいなと、ずっと思ってきた。
「なに、言ってるの? そんなこと、わたし……」
初めてあたしを見つけてくれた時から、彼女のことが大好きだった。
あたしのことを知った気になってくれる、優しい優しいえなちゃんが。
「本当に? 心のどこかで、少しでも、あたしと一緒にいるとき自尊心を感じなかったって、そう誓ってくれる?」
それなのに、どうしてあたしはえなちゃんの心をえぐっているのだろう。
本当はあってもよかった。
そんな策士なところを含めてえなちゃんの全てを受け入れる自信があった。
同情でよかった。
えなちゃんがあたしのことを想ってくれる。
それだけで、あたしは生きていけた。
あたしを生きていけた。
「どうしたの? なんとか言ってよ」
きっとおそろいになりたかった。
貫通するまでお互いにえぐり合った、いつまでも同じ箇所に遺る、二人だけの繋がった心の穴が欲しかった。
「……感じてないよ。わたし、すずちゃんのこと、そんなふうに少しも感じてない」
あたしは言葉の代わりに笑顔だけ返した。
それが嘘だとわかったから。
晶くんが褒めてくれたこの強さも、えなちゃんからもらったものなのに。
本来弱いあたしは、このココロの傷を彼女のせいにして、自分を守っていた。
二分の一のせいにして、ただ世の中を潤滑にさせている息苦しいだけの、この規範を呪った。
「…………」
「…………」
あたしたちは沈黙の串刺しになる。
彼女と一緒にいた全ての日々によって貯蔵されていた、あたしの胸の中に溜まった白い純粋な何かが漏れ出してゆく。
あたしはたった今、心を殺された。
ほかならぬ、えなちゃんに殺してもらえたらことが嬉しかった。
「ありがとう。もう帰るね」
やっとこれで、カラダだけで生きられる。
ただカラダが求めるままに生きられる。
産まれてしまった時点で、ヒトはココロだけでは生きられないから。
「う、うん……またね」
その言葉に答えることはできなかった。
もうこれ以上、あたしといることでえなちゃんに辛い思いをさせるわけにはいかなかった。
あたしなんかと一緒にいたら、えなちゃんの周りの色んな人も汚してしまうから。
心で繋がっていると思っていた人を失った。
カラダで繋がれると思った人を汚してしまった。
あたしは女子だから晶くんを好きになったわけではない。
けれど、晶くんが男子だから好きになったわけでもないと、はたして言いきれるだろうか。
結局あたしもえなちゃんも、相手をカラダで判断していたのだ。
晶くんとあたしを男同士だと揶揄したクラスメイトと同じように。
晶くんはあたしが女の子らしい格好をしていなくても好きになってくれただろうか。
勃起してくれただろうか。
可愛いと言ってくれただろうか。
あたしは男の子が好きだから女の子らしくなりたかったのか?
本当にあたしの中身は、産まれた時から女の子だったのだろうか?
もう自分がわからなくなった。
初めに戻っただけだ。
えなちゃんと出会う前の自分に戻ればいい。
そうすれば、もうこれ以上誰も苦しい思いなんてしなくても済むはずだから。
あたしから距離を取るようにしたら、えなちゃんは
いつもならえなちゃんと一緒にしている給食の班当番の食器片付けを一人でしていると、突然スカートに白くて冷たいものをぶちまけられた。
それは、いつもあたしにちょっかいを出してくる男子が残した牛乳だった。
「なんかコイツ乳臭いんだけど」
「母乳でてんじゃん?」
周りの男子が便乗してはやし立てる
とても馬鹿馬鹿しくて、なんだかあたしまで自嘲的な笑みをこぼしてしまう。
「男子最低ー」
「褒め言葉だろ。和雄ちゃんにとっちゃ」
男子に揶揄されるのはもう慣れていた。
それよりも傷ついたのは、いままでならすぐに助けてくれていたえなちゃんが、何も言い返してくれないことだった。
「コイツのどこに乳が溜まんだよ」
えなちゃんが介入してこないのをいいことに、あたしをからかう男子たちが調子に乗り始める。
「キンタマだろ」
「おい、給食食べながらシコってたのかよ和雄ちゃん」
「うげっ、想像しちゃったじゃんか。キモすぎ」
「オマエの女装のせいで食欲失せたわ。まじ最悪。ほら、責任とって俺の分も飲めよ」
「いいかげんにしなよっ!!」
二人目の牛乳をスカートで受け止めていたところに、やっとえなちゃんが助けに来てくれた。
「よくそんな酷いこと言えるねっ!! すずちゃんが自分のカラダのことで、これまでどんだけ悩んできたと思ってっ!!」
「もうやめてっ!!」
あんなに望んでいたはずのえなちゃんがあたしを守ってくれる言葉に、なぜかあたしのほうが我慢できなくなった。
えなちゃんの本心であるはずの言葉が、どうしても上辺だけのものに聞こえてしまって。
こんなに優しくしてくれているのに、あたしの方が酷い言葉で答えてしまう。
「ご……ごめん、すずちゃん」
「……ううん。あたしこそ、ごめんなさい」
友だちになってくれてごめんなさい。
こんなカラダで生まれてきてごめんなさい。
「なんだよ、オマエらケンカしてんの?」
「和雄ちゃん、可哀想~。ほら、キスでもしてやって早く仲直りしろよ」
「見た目レズみたいでキモいしケンカしたままでいいだろ」
ゲイみたいなあたしと晶くんを否定したえなちゃんはそんな中傷にすっかり反論できなくなって、そのまま意気消沈したように自分の席に腰を落とした。
勝手に傷ついて。
勝手に傷つけて。
親友も初恋の人も傷つけてしまうあたしのような存在は、この教室はおろか世界にすら存在しないほうがいいのかもしれないと思い知らされたのだった。
放課後、あたしはえなちゃんに呼び出された。
待ち合わせ場所に指定されたのは普段同級生が使っている女子トイレの一番奥の個室だった。
あたしは初めて足を踏み入れる個室しかない憧れのこの空間に緊張しながら、えなちゃんのおかげでまた少しあたしがあたしらしくなれた気がして、悔しかった。
「待ってたよ。早く入って」
中では既にえなちゃんが座って待っていた。
扉を閉めて鍵を閉め、改めてえなちゃんと向き合う。
放課後だけあって他に人はおらず、個室の中も外も、廊下さえ静まり返っていた。
うちのクローゼットくらいの狭さの空間で二人きり、あたしたちは初めて女の子同士になれた気がした。
「すずちゃん、わたしに言いたいこと溜まってるでしょ」
見透かされたようにそう言われて、やっぱりえなちゃんはわたしのことをわかっていないようでわかっているのだと思い知らされる。
「いいよ。言って。ここで全部受け止めてあげる」
えなちゃんの優しさに、あたしはまた溶かされていた。
心の堰(せき)を外されて、あたしの中の可愛くない、ただのわがままが溢れ出した。
「えなちゃんはあたしのことっ、なんでもわかってくれてるって、思ってたのにっ!」
顔は見られないからトイレの床に吐き捨てるみたいに続ける。
「あたしのこと、女の子だって、初めて見つけてくれたから……ずっと、そう、信じてたのにっ……!」
彼女の前ではありのままになりたくて、気持ちをさらけ出して、心が裸になる。
「男の子のことっ、好きなこともっ……嫌なのにっ、こんなカラダっ……えっちなことっ、したくなっちゃうのっ……!」
わたしがわたしでしかないことを認めてしまうような叫び。
「友だちだって、ホントはえなちゃんだけでよかったのにっ! 晶くんと友だちになんてっ、余計なお世話だよっ!」
泣きながら、また自分勝手な思いをえなちゃんに押し付けていた。
あたしはもう十分すぎるほど彼女にあたしをもらってきたというのに。
「あたしはっ、晶くんとのことも、えなちゃんに喜んでもらいたかったっ! 普通の女トモダチみたいにっ、なんでもわかり合って、共有できてっ、通じ合えたっ、ちゃんとした女トモダチに、なりたかったのっ!」
まとまらない言葉でひとしきり吐き出しきって、再び静寂が二人を覆い隠したころ、えなちゃんはぽつりと呟くように口を開いた。
「すずちゃんだって、わたしのことちっともわかってないくせに」
「…………え?」
「わたしも、すずちゃんに溜まってたこと、言っていい?」
おもむろに立ち上がって、えなちゃんがあたしに向き直った。
改めて、あたしたちは身長まで同じぐらいだったのだなと、そんなことを思った。
「実はわたし、男なの」
あたしに可愛いと言うときと同じ笑みで、えなちゃんは突然そんなカミングアウトをした。
「う、そ……そんな……どうして……いま、さら……」
「ねぇ。私が男の子だってわかったら、興奮してくれる?」
そう言いながらあたしを扉に追いやって、カラダを押し付けられる。
あんなに柔らかそうだった胸の膨らみは偽物のように感じられて、その奥の硬さがあたしに彼女が男の子であることを訴えかけてきた。
「ほら。もうおっきくなってきた。すずちゃんのも、わたしのも」
「こ、これは……その……」
「しょうがないよ。コレ、気持ちよくなりたくなったら、もう抑えられないもんね」
また全てをわかったような気になって、えなちゃんがあたしのあたしじゃない部分を握る。
「んっ……あぅ…………」
「んふ。女の子みたいな声。可愛い」
えなちゃんはやっぱりあたしの喜ぶ言葉をくれる。
甘くとろけるような声と、抗いたいのに抗いがたいカラダの快感に包み込まれる。
いつしかあたしは、本当はこんなモノをえなちゃんに向けたくはないのに、まるで怒(いか)らせるようにソコを硬く屹立させていた。
「興奮してることも隠せない、可哀想な性器」
先端をぴくぴくとさせて、彼女の挑発にまんまと乗せられてしまう。
「ごめんね……ごめんね、えなちゃんっ……」
それは、あたしが見た目だけで彼女のことを身も心も女の子として疑っていなかったことへの謝罪でもあった。
えなちゃんは女の子のあたしをちゃんと見つけてくれたというのに。
「すずちゃんは、なにも悪くないよ」
同情の目であたしを見つめながら、その手があたしのすっかりあつかいやすく上向いた硬い棒を水平にするように弄ぶ。
「悪いのは、全部コレ。だから……こうしてあげる」
ストンッ。
猫の手で押さえられ、まるで人参のような小気味良い音で切られると同時に、あたしは目を覚ました。
ベッドの上、下半身に感じる違和感にあたしは淡い期待をいだきながらソコをまさぐった。
けれど、履いていたショーツは血ではなく生臭い精液で濡れていただけだった。
あたしは初めて死にたくなった。
親友で夢精したこの変態なカラダを、この世から葬り去らなければ。
ハサミを手に取って硬く勃起したままのソコを刃と刃で挟んだが、それ以上指に力を入れることはできなかった。
代わりにあたしはまた自分のことを嫌いになって、一つの決心をした。
まだ誰も来ていない早朝の教室で、あたしは
裸になっていた。
これは夢ではなかった。
ペニスを触ったらちゃんと気持ちよかったから。
裸になる理由なんて気持ちいいからだけで十分だった。
散々馬鹿にされてきた、あたしじゃないこのカラダを、今更クラスの誰かに見つかったところで痛くも痒くもない。
こんなことはきっと誰にも真似できない。
今までに味わったことのない優越感を覚えながら、あたしはカバンから大量の印刷物を取り出す。
それは理想の体型のAV女優にあたしの白目ダブルピース顔の写真をコラージュしたものだ。それをクラスの男子全員の机に入れてやった。
阿鼻叫喚の教室と気持ち悪がる男子たちの様子を想像するだけで気分がスッキリした。
女性の裸を見るたびにあたしのことを思い出して勃たなくなるトラウマを植え付けてやる。
もしくは何人かがこっそり持ち帰ったあたしの写真をオカズにオナニーさせてやる。
そんな様子を妄想して、教壇の上に座って一発抜いてやった。
机と床に撒き散らした精子もそのままに、あたしはヒラヒラの私服を身につけて教室を後にした。
もうこんなところに二度と戻って来る気はなかった。
次にあたしは晶くんの家に向かった。
家が留守になるまで電柱の陰に隠れながら待った。
共働きで朝も早いと聞いていたので、車がない時点でご両親はもう家にいない様子だった。
ほどなくして晶くんが玄関から出てきて学校に向かうのを見送ってから、あたしは敷地内に入った。
そしてえなちゃんが以前呟いていた暗証番号でポストのロックを解除した。
0307。
卒業アルバムのプロフィール欄に載っていた晶くんの誕生日と同じだったから、忘れるはずがなかった。
中からさっき晶くんが使ったばかりの鍵を取り出して、えなちゃんと同じようにあたしも彼の部屋に忍び込む。
まだ微かに晶くんの気配が残ってる気がして、息をするだけでカラダが熱くなった。
晶くんの匂いが充満していた。
ベッドにうつ伏せになり、まだ確かに残っていた彼の体温に沈み込む。
脳を犯すようにその匂いを吸って、全身に染み込ます。
すると、さっき出したばかりなのに股間は節操なく硬さを取り戻した。
けれど、今日はこんなことをするために来たのではなかった。
自分を虐めるように欲求を自制し、カラダを起こした。
そして、カバンから慰謝料と書いた封筒を取り出して彼の枕の上に置いた。
中にはあたしの全貯金が入っていた。
「バイバイ、晶くん」
そう言い残して、あたしは誰もいない、淡い思い出だけが残るこの部屋も後にした。
こんなことで許されるとは思っていなかったけれど、これであたしの中の罪悪感はいくらか払拭できた気がした。
玄関を出て施錠し、鍵をポストの中に戻す。
朝のうちの用事は全て終えて、いったん誰にも見つからない隣町まで逃げようと敷地を出て曲がったところで呼び止められた。
「すずちゃん?」
その聞き馴染みの声に、あたしは振り返りたくなかった。
「どうして、こんなとこにいるの?」
けれど、少し袖を引かれてしまっただけで、あたしは簡単に振り向いてしまう。
えなちゃんがどこかバツの悪そうな顔ながらもあたしを見つめていた。
ああ。
やっぱり、会ってしまった。
彼女は結局、あたしがあたしでいるために、必要な時はいつもそばにいてくれる人だったから。
まだ、心のどこかで、すがってしまっていたのだと思った。
「晶に用事があって」
あたしは少しは想定していたこの巡り合わせに、予め用意していた返答をした。
「そ、そっか……」
あたしが晶くんを呼び捨てにしていることにまた何かを勝手に察したえなちゃんは、より居心地悪そうにこちらから顔を逸らした。
「ずいぶん、仲良くなったんだね」
「うん。…………でも、もう大丈夫だよ」
けれど、耐えきれなくなったのはむしろあたしのほうだった。
「どういうこと?」
「晶くんはね、ただの気の迷いだったみたいだから」
またあたしは、えなちゃんにあたしを見てほしくなって、嘘に嘘を重ねていた。
「そんな、の……アキもひどいよ、そんなの」
えなちゃんの無作為な優しさが、胸に染みて、痛かった。
「ううん。悪いのは全部あたしだから。前にも言ったでしょ?」
そんなことないと言ってほしかった。
けれど、えなちゃんはそれ以上なにも言わなかった。
言えなかったのかも知れなかった。
これ以上、彼女の知らないあたしに触れることが怖かったのかも知れない。
昨日の最悪な夢があたしの頭をよぎった。
彼女の知らない、あたしだけの彼女の姿。
本物のえなちゃんを目の前に、こんなことを思い出したくなんてなかったのに。
「……それじゃ」
「え…………うん」
本当なら、このまま並んで登校もできた。
あられもないあたしの写真で騒ぎになってる教室でも、きっとえなちゃんなら守ってくれるだろうと信じられた。
けれど、もう学校には行かないと決めたからこそ、少しでも長くえなちゃんと一緒にいたくなった。
願わくばこのまま学校をサボって、もう帰って来られないほど遠いところに二人で行きたかった。
あたしのせいで遅刻させて、欠席させて。
またえなちゃんの人生に迷惑をかけてしまう。
それでも、全て許してあげるからと、手を握られたかった。
また、振り返る。
えなちゃんは不安そうな顔であたしを見ていた。
手を繋いで歩きかった。
ハグは怖かった。
キスは死んでも嫌だった。
「……バイバイ、えなちゃん」
あたしは彼女に聴こえない距離で、手を振って呟いた。
すると、やっぱりえなちゃんはあたしのためにぎこちない笑顔になって、あっさり手を振り返してくれた。
学校とは逆方向だと、わかっているはずなのに。
自分で望んだはずのえなちゃんの反応に、あたしは胸が引き裂かれるような寂しさに打ちのめされた。
それを最後に、彼女と出逢えた奇跡のようなこの街にも背を向けたのだった。
今年最初の雪が降っていた。
あたしは生まれて初めて家の門限を破った。
両親はあたしの性に関して理解してくれているかどうかはわからないが、少なくとも寛容でいてくれていた。
女の子のような私服を着て外に出ることも咎められなかったし、制服もあたしが着たいのならとわざわざ女子のものを買い直してくれた。
だから、反抗したことは一度もなかった。
けれど今日は無断欠席の上に今朝のことで家にも連絡がいっていると思う。
恩を仇で返すようなことをしておいて、帰る気にはならなかった。
それに、そんな両親からもらった大嫌いなこのカラダを受け入れるため、あたしはこの見知らぬ街で顔も知らないヒトと待ち合わせをしていたから。
「君がすずちゃん?」
しばらくして、思ったより渋い声の男の人が声をかけてきた。
晶くんの匂いをたっぷり吸い込んで熟れに熟れたあたしの体を狙って、名前も要らないオスが近づいてきてくれた。
「はい。今日は来てくれてありがとうございます」
「いや、それはこっちのセリフだよ」
彼は人の良さそうな笑顔になって、少し恥ずかしそうにガサガサな頬をかいた。
「これ、プレゼントです。今日来てくれたお礼」
彼はびっくりした様子で遠慮しながらもあたしが両手で差し出すその紙袋を受け取ると、中身をちらりと覗いて目を見開いた。
「……現役男子中学生の生スカートだよ」
あたしが耳元でそう囁くと、彼はさぞ興奮した様子で袋に顔を突っ込んで鼻息を荒くさせた。
「ふふ。あたしなんかのために発情してくれてありがと」
その様に嬉しくなったあたしはさらに彼の耳元に唇を寄せる。
「このスカートも、脱がせてみたくなってきたでしょ?」
太ももの布で脚を挟みながら訊くと、彼の先端があたしのお腹を突き破りたいと跳ねるように悦んだ。
お互いの肌の温もりを恋しがるように、冷たい雪に隠れて二人の人間がただ自然と繋がりあおうとしていた。
ネットを探せばあたしを性的な目で見てくれる人なんてすぐに見つかった。
相手は三十代半ばらしい会社員の男性。
ヘテロの女の子との経験はそれなりらしいけれど、いつもどこか物足りなさを感じていて、ずっとあたしのような『リアルな男の娘』とヤリたかったそう。
正直あたしのほうはあまりタイプではない相手だったけれど、だからこそよかった。
この体のために、もう1ミリたりとも心を動かしたくはなかったから。
「ほ、ホントに付いてるの? すっごく可愛いからびっくりしちゃった」
ホテルのエレベーターの中で、彼のべっとりとした視線に全身を舐め回される。
不躾な質問だと思った。
「うん。付いてるよ。あたしももう勃起しそうなの……」
けれど、彼の腕に無い胸をアピールしながらそう媚びる。
どれだけ可愛いと言われても、あたしの心は少しもなびくことはなかった。
「……だから、早くシよ?」
心を殺してしまえば気持ちよくなるのはきっと簡単だ。
あたしみたいな人間だって、必要としてくれる他人(ヒト)がいる。
それだけで、あたしは簡単に生きている気分を味わえた。
部屋に入ってすぐ自分から服を脱ぐ。
あたしの股間を見て、彼はまた目を輝かせた。
「このカラダ、好きにしていいんだよ」
とびっきり甘い声で、まだ柔らかいままのペニスを揺らしてみせる。
「だから、早くあたしのこと壊して」
惑わす腰つきに、彼はついにひざまづいて、あたしにぶら下がっている男性器にむしゃぶりついてきた。
二つの睾丸をまるごとぬるい口内で転がされ刺激されると、陰茎はいとも簡単に硬くなった。
あとは何もしなくてよかった。
求められている。
そう強く感じられる、捕食されているような口淫。
鈴口に舌先を入れてほじられるたびに、あたしのカラダは勝手に痙攣した。
やがて興奮したオスが本性を剥き出しにしてあたしのカラダを持ち上げ、ベッドに組み敷いて、覆いかぶさってくる。
あたしはただその欲望に身を任せて、熱暴走を起こす脳から膿のような言葉を漏らせばいいだけだった。
「処ジョだけど、優しくしなくていいよ……それより、たくさん欲しがってほしいな」
できるだけ酷くされて、よくなりたかった。
それがえなちゃんで夢精してしまったあたしへの罰だと思えた。
「やんっ!! あんっ!! やっ!! いやっ!!」
素直に嫌と言えた。
それが好きだとわかる相手だったから。
あたしがあたしじゃなくたって、気持ちよくなれると思い知るための呪文だった。
「壊れちゃうっ!! 壊れちゃうっ!! 壊れちゃうっ!!」
性を理由にありきたりな被害者ヅラをした。
単調なセリフを繰り返すほど、嘘は自分のものになった。
精巣から強制的に精子を絞り出すような強引なフェラチオに、もう何度目かわからない絶頂に飛ばされる。
射精の勢いがなくなって勃起が維持できなくなったあたしはひっくり返され、そのまま四つん這いにさせられた。
そして、事前に掃除をお願いされていた肛門に彼のペニスを無理矢理ねじ込まれた。
執拗に亀頭で腸壁を圧迫され、全身が麻痺させられるほどの快感が走った。
勃たなくなったあたしの男性器からは、少し奥をひと突きされる度になくなったはずの精液がトロトロと漏れ出ていた。
「死んじゃうっ!! 死んじゃうっ!! 死んじゃうっ!!」
そう叫びながらも、あたしの口角は否応なしに吊り上がっていた。
脳天まで貫かれるかのような悦び。
可愛い可愛いあたしが凌辱されている。
そんな喜悦を本能で察した彼の腰は、さらに獰猛な動きとなって無遠慮に打ちつけられた。
硬い肉と硬い肉がぶつかり合う鈍い音に、脳みそをかき混ぜられた。
「殺してっ!! 殺してっ!! 殺してっ!!」
性の暴力性に呑まれて、あたしは獣欲に押されるようにやっと心の底から死を望むことができた。
やっとカラダを克服した。
声が出なくなるまで喉を鳴らして、涙も出なくなるまで懸命に乱れて、空っぽになった。
男根の脈動と共に精液を腸に注がれるほど、女だとか男だとかいう概念も、自分という存在の境界も失って、まっさらになった。
絶え絶えになった息が彼のペニスによって塞がれる。
開きっぱなしだった唇のあいだに睾丸ごと突っ込まれて、あたしは硬い男根で喉を塞がれて呼吸を放棄した。
息をしなくなると口が勝手に締まって、酸素が足りなくなると意識が失われていって、都合がよかった。
自分という存在の全てが途切れて、もう残っていないと悟った瞬間、遠くのほうで声がした。
「わたしのすずちゃんに触らないでっ!!」
真っ白に霞んだ意識の中で、あたしはその人に必死に守られていた。
「すずちゃんは、わたしの大切な友だちなのっ!!」
胸の奥で確かな、温かなものが目を覚ます。
あたしが一番あたしでいられた人。
また、迎えに来てくれた。
ぎゅっと包まれて、あたしの薄い胸に彼女の柔らかな胸が触れる。
あたしはこの期に及んで、また産まれたような心地に陥る。
息を吹き返したように沈んでいく。
「すずちゃんのこと、誰よりも好きだよ」
心のどこかで、きっと何よりも求めていたその言葉に、弛緩する。
あたしもそうだったから。
あたしでいるあたしを一番最初に認めてくれたえなちゃんが誰よりも好き。
こんなあたしを好きと言ってしまえる、えなちゃんがセカイで一番好き。
この世でもっとも安心できる匂いに満たされる。
彼女の心臓の鼓動がとても近くにあって、あたしは産まれて初めて、このカラダに感謝する。
「悪いのは、全部ココ。だから……こうしてあげる」
胸の奥にあるソレをできるだけ擦り合わせるように、あたしたちの唇と唇が重なった。
ただ、生きていることを許してくれるような、なめらかなくちづけ。
嫌だと思っていたその行為は、どこまでも優しい感触で、あたしの思考を溶かし切って。
塞がれた呼吸によって、あたしはこの瞬間、確かにえなちゃんと一つになった。
[終わり]
・第1話URL
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