花火と蛍と青春と
来客には慣れているはずだが、今回は準備に少してこずった。お客様は大阪からの修学旅行生。行政が主体となっている民泊体験事業のご縁で、お迎えすることになった。
極めて楽観的に申し込みをしたものの、その日が近づくにつれ、次から次へと新たな不安が押しかかった。中学校生活のハイライトとも言える修学旅行の貴重な一晩を、こんな田舎の我が家で過ごしてもらってよいのだろうか。今どきの都会の中学3年生の女子は、何をどれくらい食べるのだろうか。間違っても部屋にカメムシの死体が残っていないように、隅々まで掃除をした。
寒くはないだろうか。
暑くはないだろうか。
食事は多くはないだろうか。
まずくはないだろうか。
つまらなくはないだろうか。
シーツはふわふわか。
自分の子が修学旅行に行く方がよっぽど気が楽かもしれない。よそ様の、多感なお年頃の姫3人を、いかに楽しく過ごしてもらうか、私はやきもきした。
対面式とやらが町役場のホールであった。中にはむすっとした子もいる。それもそうだろう、好き好んでこんな田舎に来たわけではない。生徒指導の担当だという先生は鬼のような形相をしていらした。都会の中学生を指導しているうちにそうなったのか、それともそういうお顔だから生徒指導教諭に選ばれたのか。そうこうしていると、他の受け入れ先家庭と同じように私はとてつもなくダサい法被を着させられた。町名がこれでもかとプリントしてある。女子生徒に少しでも好印象を持って欲しくて、鏡の前で服を選んだあの30分を返して欲しい。その法被姿のまま、促されてカメラに微笑んだ。新しい経験は、いつも私を知らない世界にいざなう。
役所らしいご挨拶が続いた後はいよいよ顔合わせ。女子生徒3人が私の前に進み出た。むすっとしている子もいる。どうやら仲の良い2人に、人数調整のため1人が加わって形成された3人のようだった。私は全く気にしていないふりをして、カラカラの笑顔で彼女たちを歓迎した。
聞けばお腹がすいているという。まずは農作業体験をするというプログラムだったが、腹が減っては戦はできまい。「じゃぁフライドポテトでも揚げようか」というと、黄色い歓声が上がった。よく食べる子たちだった。夜ご飯のおかずのはずだった大学芋まで、西日が差し込むリビングで、溶けるようになくなった。
子どもや夫を含めた9人での夜ご飯は、それはそれは賑やかだった。同じ日本とは思えないほど、私たちはお互いの環境の違いにカルチャーショックを受け合った。
「小学校の全校生徒が33人!?うちら800人くらいいたで」
「塾がないなんて進路どうするん。みんな塾に行ってるで」
「クラスに好きな子いるん?え、みんな好きってどういうこと?じぶんたらしなん?」
余ったら冷凍しようと思っていた大量のから揚げは、早々に皿の底を見せていた。
そんな中、ぽつりと1人の女の子が言った。
「ごはんをこんな風にみんなで食べるなんて新鮮や」
聞けば両親は共働き、自身も週に3回の塾通いと部活動で、それぞれが忙しいのだという。いつも冷蔵庫からおかずを出して、レンジで温めて食べて、終わったらお皿を自分で洗うのだと。
「おやつがあったかいんも、初めてやった」
食事の後は、庭で花火をした。近所は遠いから、何の遠慮もいらない。「こんなん何年振りやろー」って騒ぐ女子たちの声に圧倒されて、森は静まり返っている。
その後は少しだけ車で移動して、蛍を観た。漆黒を乱舞する蛍と降り注ぐ星空に、今度は女子たちが静まり返った。
その日は夜中の1時まで、恋バナをしていたという。翌日、できたての一体感を帯びた3人は、何度もお礼を口にして、我が家を去った。別れ際、それぞれに書いた手紙を手渡すと、「あぁもう無理やわ」って目じりを拭きながら、バスの車内に消えていった。「修学旅行の中で一番ここが良かった」って。
『〇〇ちゃん、来てくれてありがとう。そのままでとっても素敵だから、これからもたくさん笑って過ごしてね。広島のきもとファミリーより』
5歳の娘も一生懸命、絵を添えた。
その手紙と引き換えに、みんなで写真を撮った。青々とした田んぼの中で、3人が思いっきりピースをしている写真だ。もう1週間も前なのに、私はそれを遠く懐かしく眺めている。
