会えなくなった人たちのために出来ること
私は東京と香港の二拠点生活をしていまして、今は香港の方にいます。
昨日、偶然見かけたお店で、こんな写真を撮りました。


日本の古い商店街にもありそうな、庶民的な洋品店のように見えますが、実は、神仏へのお供え物を売っているお店です。
写っている鞄も、靴も、服も、実は紙で出来ていて、お参りする際にこれらを燃やすと亡くなった人たち届いて、あの世でおしゃれができる、というものです。
「人の死は、二度ある」という話を何度か聞いたことがあります。
一度目は命が消えたとき。
二度目は、生きている人たちから完全に忘れ去られたとき。
先日レビューを投稿した映画『リメンバー・ミー』でも、この話が重要な要素になっていました。
私の故郷の金沢では、お盆になるとお墓に「キリコ」と呼ばれる灯籠を下げます。
キリコは家を模したような形ですが、幼いうちに亡くなった子どもがいる家では、花飾りのようなかわいいキリコも下げます。
香港の人たちが紙製の服や鞄を燃やすのも、金沢の人たちがキリコをお墓に下げるのも、亡くなった人たちのため。
……ということになっていますが、本当はどちらも「生きている人たちのため」なんじゃないかと、今日ふいに思いました。
生きていれば色んな辛いことがありますが、その中でも「大切な人が苦しんでいる時に、力になってあげられない」というのは、相当辛い出来事だと思います。
「できることがあるなら何でもしてあげたい」と思う相手であればあるほど、もどかしくて苦しいですよね。
例えば家族が病に伏せっている時。
そして、回復することなく亡くなってしまった時……。
「もっと何かしてあげられたんじゃないか?」と、悔やむ人もいるかもしれません。
でも悲しいことに、誰かが亡くなるということは、
「もう会うことが叶わず、その人のために何もしてあげられなくなること」
とも言えます。
だからせめて、お盆にはちゃんと帰って来られるよう灯籠に火を灯したり、あの世でおしゃれできるように紙製の服を燃やしたりする。
そうすることで生きている人たちは、心の痛みを癒しているのかもしれません。
そして、こんな風に私たちが心の痛みを癒す方法を持っていれば、亡くなった人たちも、きっと安心してくれるんじゃないかな……なんて思います。
#日記 #エッセイ #コラム
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