「ダ。 ー生物の進化についてー」 進化論はいかに進化してきたのか?神が創った設計図を否定した男の話。
世の中には、まるで誰かによって意図的に作られたとしか思えないような、不思議な特徴を持った生き物が数多く存在します。

古代の哲学者であるアリストテレス(BC384 - 322)は、「生物の姿形にはすべて目的がある」と考えていました。
確かに、葉っぱや枝に見分けがつかないほどそっくりに擬態する昆虫を見ると、ランダムにあのような形相になるわけがないと考えるのは自然ですよね。「そのような形になることが目的で、そうなっているに違いない(そうでなければ説明がつかないでしょ)」と考えてしまうのは当然なことだと思います。
ですが「そんなの全部、偶然だよ!」と言われたら、あなたは信じますか?「偶然こんな葉っぱみたいな形になるわけないじゃんよ🫠」と…思ってしまいますよね?
でも、本当にそれが偶然の結果だったら…

TVアニメ「チ。-地球の運動について-」は地動説を信じる人間たちが、立場や時代を超えて、決死の想いでその証明のバトンを託していく物語です。
コペルニクスが地動説を提唱し、ガリレオ・ガリレイが異端審問所審査で有罪判決を言い渡され、「それでも地球は回っている」と言ったのが16〜17世紀頃の話です。

ダーウィンが『種の起源』で「生物は進化する」といった考えを科学的に示したのが1859年ですので、「地動説」を命をかけて追究した人々の物語のおよそ300年後に、再び科学と宗教の対立を再び引き起こすことになった「進化論」について、今回は探求してみたいと思います!

⚫︎ 全ての生き物は神によってデザインされた?
これまで、多くの哲学者や思想家が生物の多様性について考えており、「種は変わるのか?それとも変わらないのか?」という疑問に対して答えを出そうとしてきました。
その歴史の中でアリストテレスは、生物の多様性に秩序を見出し、それに説明を与えることを試みました。彼は、鉱物などの無生物から植物、動物さらにヒトに至るまで地球上のあらゆるものはその複雑性のレベルに応じて一つの直線に沿って並んでいると考えていたんです。

その後のヨーロッパでは、このような自然のとらえ方を「自然の階段(Scala naturae)」、または「存在の大いなる連鎖(Great Chain of Being)」と呼ぶようになりました。
アリストテレスの代表的な思想である「生物の種類は理想的な原型(エイドス)に基づくものである」という考えは後に、多様性はあらかじめ神によってデザインされたものであるという考えと結びつきます。
全ての生き物が創造主によって人のために作られており、人が生物界の中心にいるという考えです。

キリスト教の伝統的な考え方である創造論(アダムとイブから始まった、人間は神によって特別に創られた存在であり、人間と動物は根本的に異なる存在であるという考え方)は、「人間は特別ではなく、動物と共通の祖先から進化した」という思想と真っ向から対立するものでした。
今では「人間と猿(現生の類人猿)は共通の祖先から進化した」ということが我々の知るところでもありますが、そのような「人間中心主義」的な考え方が長く西洋思想の底流にあり続けたのは事実であり、その影響は現在でも見られます。
現在でも、アメリカの公立の学校で進化論を教えるときは、それと同等に創造説も教えることと州法で定めているところさえあります。
⚫︎ 進化には進歩的な方向性があるという誤解
18世紀、実はダーウィンより前に「生物は進化する」という概念を初めて体系的に提唱した学者がいました。これはダーウィンの進化論にも影響を与えています。
ジャン・バティスト・ラマルク(1744 - 1829)という博物学者は、当時主流だった「生物は不変である」という考えを否定し、生物は最も複雑なものを頂点として、下等な(単純な)生物まで連なっていると考えました。単純な下等生物から、だんだん複雑な高等な生物へと変化してきているといった、「ヒトに向かう進化」を示したのです。

自然界には生物をより複雑にする内的な力(生気論的な力)が存在し、優れた方向へ進んでいるという「進歩的進化」という考え方がラマルクの主張です。もっとも、まだ進化論の基本的な用語法は確立していなかったため、ラマルク自身は進化ではなく「変遷(transformisme)」という語を使っていたそうです。
ラマルクは他にも、よく使う器官は発達し、使わない器官は退化するという「用不用説」や、親が生きている間に獲得した特徴は、子に遺伝する「獲得形質の遺伝」という2つの主要な概念を提唱しました。
後者はポケモンで、親が後天的に身につけた技を子が受け継ぐ「タマゴわざ(遺伝わざ)」のようなもの?

ただし、進歩的進化を含めたこれらのラマルクの主張は、現在の遺伝学の視点から見ると「誤り」であることがわかっています。
ですが、近年の「エピジェネティクス(後天的な遺伝子の変化が子に受け継がれる現象)」の研究により、ラマルクの考えの一部が部分的に正しい可能性も指摘されているのは興味深い点です。
⚫︎ 全ては偶然そうなっている
チャールズ・ダーウィン(1809 - 1882)も、進化論の全体像を生涯かけて深めていきました。中でも有名な『種の起源』ですが、実はその内容は彼の思考の出発点に過ぎず、進化論のすべてを説明するものではないと言われています。

ダーウィンが提唱した考え方として代表的なものが「自然選択」です。
これは、環境に適応した個体が生き残り、子孫を残しやすくなることで、世代を重ねるうちに生物が変化していくといった進化のメカニズムです。
実は、もともと彼はイギリス国教会の教えに基づく創造説(神が生物をそのまま創ったという考え)を信じており、「生物は神によって作られたもので、進化なんかするわけない!」と考えていました。しかし、その後の5年間にわたる世界探検航海が彼の考えを大きく変えることになりました。
特に、南米での化石発見(現在の動物と似ているが異なる特徴を持つ化石の発見)や、ガラパゴス諸島でのフィンチ(島ごとに異なる特徴のくちばしを持った鳥)の観察が決定的でした。


これらの発見により、ダーウィンは「生物が変化する可能性がある」と考え始めたのです。
1859年に『種の起源』を発表した時には、「自然選択は神が設定した法則である(ただし、自動的に働くあらかじめに設定済みの法則なので、神は直接介入しないのである…!)」という考えに変化していました。
初版の段階では、「生物は神によって作られたものだが、進化する。」「自然選択などの法則は、神が設定したもの(神が設定した法則に従って進化している)とみなされている」という考えがベースにあるため、『種の根源』は神学書であり、科学的な著作ではないとも言われています。
実は、1840年代には進化論をほぼ確信していたそうですが、すぐには発表しなかったそうです。当時のキリスト教社会との衝突を恐れ、進化の証拠をもっと集める必要があると考えたようです。それほど、神が万物を創造したという考え方が、当時の人々の絶対的な "思考OS" だったんですね。

ダーウィンも、晩年には進化論と神の関係に疑問を抱くようになります。「自然選択は自身の有利な方向に働くが、そんな利己主義が本当に神の計画に入っているだろうか…」という疑問を持ち始め、「生物は神によって作られたものではなく、進化する(神が介入しなくても進化は起こる)」ということを認めるような考えに変わっていきました。
1871年に発表した『人間の由来』では、人間も猿のような祖先から進化したと主張したことで、さらに論争が激化しました。「人間は神の創造ではなく動物とつながっている」とする考えや、「人間の高度な精神も、進化によって形成された」という主張は、それまでのキリスト教原理主義のロジックを根幹から覆す思想となりました。
このようにダーウィンの考えは段階的に「進化は神の計画ではなく、純粋に自然の法則によるもの」という方向へ進んでいきました。ダーウィンの進化論と『種の起源』の内容は必ずしもイコールではないというのはこれが理由です。
そんなダーウィンですが、最後まで無神論ではなく、不可知論(人知では知ることができない領域である)のスタンスを保ち続けていました。
繰り返しになりますが、『種の起源』の時点では「生物は神によって作られたものだが、進化する」といったような、双方の中間型になっています。
⚫︎ ダーウィンの功績
現在の進化生物学は、ダーウィンの進化論を基本的には認めていません。
それは、遺伝学的知見の進展により、ダーウィンが考えた進化のメカニズム(遺伝の仕組み)に不十分な点が明らかになったことや、遺伝的変異や突然変異など複数のメカニズムが組み合わさることで進化というものが理解されてきたからです。
ダーウィンは重要なことも言いましたが、間違ったことも言いました。
遺伝子レベルでの進化という新たな視点が登場したことで、ダーウィンの時代の理解を超える科学的発展に繋がりました。進化論そのものが進化したことで、ダーウィンの進化論は時代遅れになっていきます。
ですが、現在でも多くの人がダーウィンの名前を知っていますよね。加えて、ダーウィンの進化論が現在の進化生物学に非常に大きな影響を与えていきました。
それは、彼の功績が「進化論」の基盤を作り、最も大きな一歩を踏み出したことで、大きな影響を与えたことが確かだからではないでしょうか。

ダーウィンの最大の功績のひとつはフィールドワーク(実地調査)にありました。彼が実際に観察し、データを収集したことが進化論の形成において非常に重要だったのです。
古くから、進化について考えていた学者はいましたが、全てが直線的でした。1つの種が2つの種に枝分かれ的に進化をすると考えたのはダーウィンが初めてだったのです。
⚫︎『種の起源』の主張
ダーウィンが『種の起源』で主張したことは、大きく次の3つにまとめることができます。
1)持論の仮説を述べるだけでなく、検証し、証拠を示した。
2)進化のメカニズムとして自然選択を提唱したこと。
3)進化のプロセスとして分岐進化を提唱したこと。
1)自然選択
【自然選択の考え】
・同種の個体に遺伝的変異が生じる
・生物は過剰繁殖をする
L 生殖活動ができる年齢まで生きる個体数よりも多くの子を産む
・生殖年齢まで多く生き残った個体が持っている変異がより多く残る
【自然選択の働き方】
・安定化選択(変化されないような維持→生物は変化しない)

・方向性選択(より有利な個体が残り、変化していく)

平均的な形質の個体が有利なときは安定化選択が働くことが多く、極端な形質の個体が有利であれば方向性選択が働くことが多くなります。
前者について、古い時代には不変性を維持する神の摂理(生物を進化させない力)としても考えられていました。ダーウィンの考えは後者の「方向性選択」にあたり、「自然選択を進化の原動力としたこと」と「自然選択を神の手段ではなく単なる自然現象とみなしたこと」といった二つの点で古くからの考えを解釈し直しました。

ダーウィンが考えた自然選択のモデルでは方向性選択が主流だが、現在の進化生物学では安定化選択が主流と考えられています。
2)分岐進化
1つの種が2つの種に分かれて、枝分かれ的に進化すると考えたのはダーウィンが初めてでした。

・何かしらの理由で生物集団が分離される場合
・ある種が広い範囲に連続的に分布していて、その両端ではかなり環境が異なる場合(別々の異なる環境への適応)
⚫︎ 進化は進歩であるという大いなる勘違い
このように、ダーウィンが提唱した「生物の進化」の考えには、そもそも「進歩する」「良くなる」という概念は入っていません。
そもそも「進化」の反対を「退化」と表現することがありますが、それは間違った認識です。「退化」の反対は「進化」ではなく「発達」であり、「退化」も「進化」の一種と考えるのが正しいと言えます。
進化とは単に「遺伝する形質が世代を超えて変化すること」に過ぎず、ダーウィン自身も「進化(evolution)」という語は用いず、「変化しながら系統が繋がっていくこと(descent with modification)」と表現していました。
また余談ではありますが、同世代の中での形質の変化(ex. 子供が大人になる、幼虫が蛹になって蝶になる)は「発生」となります。

⚫︎ 人間は最も環境適応した生物なのか
進化そのものに進歩という傾向はなかったかもしれませんが、結果的にヒトは進歩するように進化してきたのでしょうか?哺乳類は最も地上生活に適した生物なのでしょうか?

1つ目に注目する点が、体内で発生する余計な物質を排出する方法です。
脊椎動物の体はたくさんのタンパク質でできていますが、古くなったタンパク質は分解されてアンモニアになります。このアンモニアは有害な物質なので体内から水に混ぜて排出しなければいけません。
ヒトの祖先である魚類は大量の水が周りにあったため、有害なアンモニアを排出する際に使える水がたくさんありました。
一方、陸に上がった両生類(ex. カエル)は水が豊富に使えなかったため、アンモニアを尿素に作り変えるように進化しました。アンモニアは無毒ではないものの毒性は低いため、ある程度なら体に溜めておくことができました。

陸に上がった生物が次に困るのが卵です。これが2つ目に注目する点です。
卵は柔らかくてすぐに乾燥してしまうので、水辺からはあまり離れて生活することが出来ません。しかし、羊膜卵(羊膜で作った袋の中に水を入れて胚を入れ、さらに外側に殻を作ることで乾燥に適応した卵)への進化によって、水辺から離れて生活をすることが出来るようになりました。
この初期の羊膜類から爬虫類や哺乳類が進化したのです。
爬虫類や鳥類に関してはさらに陸上生活に適した特徴として、尿素を尿酸に作り変える進化が起こりました。尿酸は水に溶けにくいので、捨てる時にほとんど水を使わなくても良くなりました。
体内の貴重な水分を無駄に消費する必要がなくなったため、爬虫類や鳥類は哺乳類よりも地上生活に適していると言えるかもしれません。

⚫︎ ダーウィニズム
ダーウィンと一緒に自然選択を発見したアルフレッド・ラッセル・ウォレス(1823 - 1913)も、進化が偶然と自然の力によって起こると考え、神や創造論からは切り離された科学的な理論であると提案しました。

ただ、人の精神だけは進化の途中で神から肉体に与えられたもので、自然選択によって作られたものではないといった考えを持っており、その点ではダーウィンと異なる考えを持っていました。
ウォレスは、科学的な探求をする一方で心霊主義(スピリチュアリズム)に傾倒していき、「自然選択では説明できない高度な精神性(知能、道徳性、美的感覚など)は、神や超自然的な力によって与えられた」と考えました。
ウォレスはダーウィンの死後、ダーウィンの初期の見解を支持したウォレス自身の進化論をまとめた書物を出版しました。ダーウィンへの敬意の念を込めて『ダーウィニズム』と名付けたものの、その中で語られている「適応万能主義」はウォレスの考えであって、ダーウィンの考えではありません。
ウォレスは「進化には何らかの目的や方向性があるのではないか」と考えており、これはダーウィンの唯物論的な進化論(生物も精神もすべて物理的な法則に従って進化する)とは大きく異なる点です。
『ダーウィニズム』は、『種の起源』の初版の頃のダーウィンの考えに近いものであり、かつ自然選択の重要性を強調する内容でした。ダーウィンは進化のメカニズムは自然選択だけではないと考えていましたので、『ダーウィニズム = ダーウィンの考え』とは言えない点は少し皮肉かもしれませんね。
ウォレスは自然選択説に基づいて、進化の過程で生物が環境に適応することで "より優れた種" が生まれると考えました。この考え方は、はからずも優生学という概念とつながっていってしまいます。
⚫︎ 社会ダーウィニズム
自然や生物の存在や働きに「目的」があると考える、「目的論的自然観」は古代ヨーロッパから見られました。「なぜそれが存在するのか?」という問いに対し、「ある目的のために存在している」と答える考え方です。(ex.鳥に翼があるのは、空を飛ぶためである)
おさらいですが、ダーウィンの進化論では「鳥の翼は飛ぶために作られた」のではなく、「飛びやすい形の翼を持つ個体が生存しやすく、結果的にその形が進化した」と説明されましたね。
古くから存在した「目的論的自然観」ですが、人間社会が進化する(ある目的に対して社会も発展を続けている)といった発想はなかったそうです。後に、ハーバート・スペンサー(1820 - 1903)が、万物が進歩すると考えた「進歩的進化論」を提唱し、進化の概念を社会や文化、思想にも適用しました。
スペンサーは当時、「evolution(エボリューション)」という言葉を広めたほど影響力がありました。

ダーウィンの生物進化論を適用して、社会現象を説明しようとする立場として社会ダーウィニズムという言葉があります。(繰り返しになりますが、「ダーウィニズム」という言葉自体をダーウィンが使ったわけではなく、ダーウィンの理論そのものでもない点には留意が必要です)
社会ダーウィニズムとは、ダーウィンの生存競争による「最適者生存の理論」を誤解ないし拡大解釈して、社会進化における自然淘汰説(人口増加→生存競争→適者生存→進歩というプロセスでの社会変動)を導き出そうとする、19世紀後半から20世紀初頭に流行した社会思想です。

まさに「適者生存」「優勝劣敗」的な思想で、当時の帝国主義支配や植民地支配を正当化し、社会福祉の否定や貧富の格差を当然視する主張を展開政治論理になっていってしまいます。
より進歩した文明が、劣った文明を滅ぼす。つまり自分たちの文明が、相手の文明を凌駕して倒すことを正当化するような「優生思想」と「科学」が結びついてしまいました。
17世紀後半に登場したニュートンの理論(万有引力の法則)は、自然界の事象が予測可能で秩序あるものだと捉え、それが科学的な方法で理解できるという考え方を強調しました。

そのため、人類が決してコントロールできないと考えていた「自然」というものに対する見方もだいぶ変わっていた時期であり、加えて国民国家思想に基づいた国際競争の中で、自国を進歩させていかなければ列強との競争に勝てないという危機感も優生学的な考え方を加速させていきました。
化学による後ろ盾もあり、優生思想はその後の社会に大きく影響を与える概念になってしまいました。
⚫︎ 進化論はどこへ向かうのか?
優生学は「より優れた遺伝子を残し、劣った遺伝子を淘汰すべきだ」という危険な思想を生み、ナチス・ドイツのホロコーストや、20世紀後半まで続いた各国の強制不妊政策へと結びつきました。日本でも、旧優生保護法のもとで多くの人々がその影響を受け、近年になってようやくその過ちが認識されつつあります。

こうした歴史を振り返るとき、私たちはダーウィンの「本来の思想」に立ち返ることが大事なのかもしれません。ダーウィン自身は、進化とは環境への適応の過程であり、特定の個体や集団が他よりも「優れている」という価値判断を伴うものではないと考えていました。
また、進化の過程は単純な競争ではなく、「多様性」こそが生存戦略の鍵であることを示唆しています。
ダーウィンの進化論そのものも、時代とともに「進化」してきました。
遺伝学の発展による合成進化論、エピジェネティクスの発見による環境と遺伝の相互作用の理解、さらには共生や協力の重要性を示す新たな進化論の視点も生まれています。
こうした科学の進歩を踏まえれば、「適者生存」とは単なる弱肉強食の論理ではなく、多様な形態の生存可能性は環境依存性があり、相互作用によってその確率は決まっていく。優位性などには絶対性がなく、適応の多様な形態を認めるべきものだとわかります。
「適応には一つの正解があるわけじゃないし、多様な生き方があっていい」
「絶対的に "進化=進歩している" という捉え方は、勘違いでしかない」
ダーウィンが否定したのは「神の設計図」による生物の固定的なあり方であり、彼が示したのは生物が変化し続けるダイナミズムとその可能性でした。
そして、それは人間にも当てはまります。
あらかじめ決められた予定調和的なゴールなどなく、環境とともにいくらでも変わり続けることができる可能性があるということだと思います。

進化は終わりのない過程であり、人間の未来もまた固定されたものではないと勇気をもらえそうですよね!私たち一人ひとりがどのように生き、どのように進むのかは人ぞれぞれで良い。その選択こそが、新たな進化の一部となっていくのだと思います。
そう考えると、凄くポジティブな気持ちになれそうですよね。
Thank you ダーウィン!
