人生を豊かにする中国古典の名言#69
【今回の名言】
多言なれば数々窮す
(読み:タゲンなればシバシバキュウす)
人はおしゃべりが多いと、ときどき困ったことになる、という意味。
口は災いの元、ということですね。
今も昔も、口が滑って失敗する人が多かったのかもしれません。
皆さんは、中国古典にどのようなイメージを持っていますか?
もしかしたら、「なんだか難しそう…」と感じる方もいらっしゃるかもしれません。
たしかに、そのように思ってしまっても仕方がない部分もあります。
見た目は漢文ばかりで全体的に硬いですし、中身はそれぞれの思想家の考えが詰まっていて、一見すると理想ばかりを語っているように見えがちです。
しかし、一つ一つの言葉を読んでいくと、意外とシンプルな面が見えてきます。
今回取り上げた『老子』も例外ではありません。
私は『老子』の中に、以下のような想いを感じています。
世間のしがらみは面倒なので、できるだけ関わらないでいたい
そうは言っても、政治や社会と縁を切るのは難しい
なので、できるだけ面倒ごとに巻き込まれないような生き方(処世術)を考えよう
そのためか、『老子』には意外と実生活の振る舞いに役立つ言葉が多いです。
今回、冒頭でご紹介した言葉もその一つ。
後ろに続く言葉も合わせて見てみると、
多言なれば数々窮す、中を守るに如かず
(読み:タゲンなればシバシバキュウす、チュウをマモるにシかず)
人はおしゃべりが多いと、ときどき困ったことになるものなので、余計なことをせずに無言を守る方が良い、といった意味合いになります。
「中」とは虚無のこと。
今回は「多言」という単語に合わせて「無言を守る」という解釈の仕方にしましたが、「心を空っぽにする」と解しても良いと思います。
その場合は、「余計なことをするとしばしば大変なことになるので、心を空っぽにして、黙って受け流すのが良い」というような感じですかね。
いずれにせよ、余計な作為を働かせるより、ありのままに受け流すのを薦めています。
こういった言葉をわざわざ残しているということは、当時の社会においても、発言について問題になることが多かったからでしょう。
実際、他の古典にも似たような言葉があります。
多言すること無かれ、多言は敗多し
(読み:タゲンすることナかれ、タゲンはハイオオし)
しゃべりすぎてはいけない、おしゃべりは失敗も多くなる、といった意味。
現代でもSNSでの発言が炎上することがありますが、当時の人々も、自身の発言には割と気を遣っていたのかもしれませんね。
私も余計なことは言わず、時には黙って受け流すように意識していこうと思います。
今回ご紹介した言葉は、以下の回でも取り上げています。
今回ご紹介したのは一つの解釈に過ぎませんが、皆さんの気づきや学びになれれば幸いです。
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