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「いいなぁ、羨ましい」って、全然褒め言葉じゃないよね?


「いいなぁ、羨ましい」

日常の中で、何気なく交わされる言葉だと思う。
私も昔はよく使っていた。

忙しく働いていた頃、
いわゆるホワイト企業で働く友人に対して
「いいなぁ、羨ましい」と言ったことがある。

その言葉に、特別な悪意があったわけではない。
ただ、自分より少し楽そうに見える状況を見て、
素直な感想として口にしていた。

でも後になって、その言葉の重さに気づくことになった。

休職していた時期のこと。
新しい職場に変わった直後のこと。

「休めて羨ましい」
「遊べていいね」
「ゆったり働けて羨ましい」

そう言われることがあった。

もちろん、相手に悪気はない。
むしろ、軽い会話の一つだったのだと思う。

それでも、その言葉を聞くたびに
少しだけ心が引っかかる感覚があった。

休めている背景には、
頑張りすぎてしまった過去があるかもしれない。
この先また働いていけるのかという不安を抱えているかもしれない。

仕事が早く終わる生活の裏側には、
将来のキャリアへの迷いがあるかもしれない。
家に帰ってから、別の責任や事情を背負っているかもしれない。

でも、そういう背景は、
人が必ずしも言葉にするものではない。

だからこそ、
「いいなぁ、羨ましい」という言葉の奥に、
ほんの少しだけ
「楽そうでいいな」というニュアンスが混ざると、
それは思った以上に扱いの難しい言葉になる。

言われた側も、
どう返していいのか分からなくなる。

とくに休職のように、
自分で望んで選んだわけではない状況ならなおさらだ。

この経験を通して、
私は「いいなぁ、羨ましい」という言葉を
少しだけ慎重に扱うようになった。

もちろん、
誰かを見て「いいな」と思う気持ち自体は自然なものだと思う。

それが憧れなら、
どうしたら自分もそこに近づけるのかを考えればいい。

それが妬みに近い感情なら、
今の自分が何に満たされていないのかを
見つめ直すきっかけになるかもしれない。

どちらにしても、
その感情をそのまま相手に伝える必要は
必ずしもないのではないかと思っている。

人の状況は、
外から見える部分だけでは分からない。

だからこそ、
「羨ましい」という言葉を簡単に投げるよりも、
もう少しだけ想像する余白を持てたらいい。

そんなことを、
自分が言われる側になって初めて学んだ。

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