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あ焦がれ

憧れ、という言葉がある。

あこがれ。

ふと、その中に「焦がれ」という響きが隠れているように思った。

憧れることと、焦がれることは、少し似ている。

憧れは、遠くにある光を見ることだと思う。

ああ、あんなふうになりたい。
あんな場所へ行きたい。
あんなふうに、まっすぐに輝いてみたい。

今いる自分の場所から、少し離れたところにある何かを見上げる。
その光はまぶしくて、きれいで、手を伸ばしたくなる。

けれど、焦がれは、もう少し胸の奥が熱い。

ただ見ているだけでは足りなくなる。
近づきたい。
届きたい。
その光のありかに触れてみたい。
その光に照らされるだけではなく、自分の中まで熱を帯びてしまう。

憧れが遠くの光を見ることなら、焦がれはその光に胸を焼かれることなのかもしれない。

太陽のような人に憧れていた。

明るくて、まっすぐで、そこにいるだけで周りの空気を変えてしまうような人。
自分では何もしていないつもりでも、自然に誰かの目を引き、誰かの心をあたためてしまう人。

わたしはずっと、そういう人になりたかった。

太陽のように、自分の光で世界を照らす人。
誰かに見つけてもらうのではなく、自分の存在そのものが光になる人。

人に太陽のような人と月のような人がいるとしたら、わたしはきっと月の方だった。

太陽のように強くは光れない。
まぶしく人を惹きつけることもできない。
誰かの光を受けて、ようやく静かに見えるものになる。

そんなふうに思っていた。

けれど、最近、月も悪くないと思うようになった。

月には月の光り方がある。
太陽のように強く照らさなくても、夜道を歩く人の心を少しだけ落ち着かせることができる。

月には引力もある。

静かな顔をして、潮の満ち引きを動かしている。
何も言わずに、誰かの心をふと引き寄せることだってある。

まぶしさだけが魅力ではない。
強さだけが光ではない。

太陽のような人に憧れていたはずなのに、いつの間にか、その光はわたし自身の輪郭まで照らしていたのかもしれない。

あんなふうになりたい。
あんなふうに光りたい。
そう思って見上げていた光は、ただ遠くにあるだけではなく、わたしの中にも何かを灯してくれていた。

憧れは、焦がれになる。
焦がれは、ときに痛みになる。
けれどその痛みの中には、まだ自分が何かに心を動かされているという証がある。

焦げるほどに見つめた光があるから、わたしは今、自分の光について考えている。

太陽になれなくてもいい。

月のように、静かに光ることができたらいい。
誰かの光を受け取りながら、それをそのまま映すのではなく、わたしの温度を通して返していけたらいい。

まぶしくなくてもいい。
強くなくてもいい。

ただ、そこにあることで、誰かが少し安心できるような。
遠くから見上げたときに、ああ、きれいだなと思ってもらえるような。

憧れに焦がれながら、それでもわたしは、わたしの光り方を見つけていく。

穏やかに照らされ、照らし返す存在になりたい。

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