背伸びをやめた、36歳ボロいハーレー乗りの話
私はハーレーに乗る時、ボロボロの古着を着る事が多い。
尚且つ、ハーレー自体も汚い。
バイクに関しては汚ければ汚いほど味があると思っている節がある。
今まで洗車などした事なく、オイル漏れ、錆、汚れなどは私とバイクの歴史なので、汚いまま乗り回している。
今まで書いてきたnoteを見て貰えばお分かりかと思うが、私は割と変わり者の変態なのだ。
そして冒頭で述べた通り、バイクに乗る時はボロボロの安い古着や、何年も着ているヤレた服を着ている。
ぱっと見、ハーレーに跨る家なき子である。
同情するならガソリン代をくれ!状態だ。
きっと近所の人たちも私のことを変わり者の変人だと思っている事だろう。
そりゃそうである。
休みの日にきったないバイクに跨り、壊れたら工具を広げてあーでもない、こーでもないと修理をしているのだから。

ただ、バイクに乗る時、私は無になれる。
風を浴び、音を聞き、他のことを一切考えず、ただ走る。
何年経っても夢中で運転し、自由を感じる。
もしかしたら私は、等身大の自分でいられるこの瞬間に、背伸びをしたくないのかもしれない。
すぐに壊れる汚いバイクに、安い古着の服が、私にはちょうど良いのだ。
20代の頃は、割とブランドにこだわっていた。
ヴィンテージの価値のある服も好きだった。
ただ30代になってからは、ブランド名や価値より、本当の意味で自分に似合っているかどうかを重要視するようになった。
良い物を持っているという優越感を感じられる服より、時間が積もった、どこのブランドか分からないような服の方が、私らしい気がするのだ。
他人にどう見られるかより、自分がどう在りたいか。
他人の評価など、特に気にする事はない。
この世に万人に受け入れられる物などないからだ。
カレーや、大谷翔平ですらアンチがいるのなら、凡人以下のポンコツな私が全ての人に受け入れられる事など絶対にないのである。
こうした考えのもと背伸びをやめ、その結果、余裕が生まれ、それが私らしさになった気がする。
バイクに乗って無となり、自由を感じ、夜に答えのない問いを考える。
これが30代半ばとなった私の等身大なのだ。
それ以上でもそれ以下でもない。
これからも私は、汚いハーレーに乗り、ヤレた服を着て、しょうもない話を書きながら、等身大のまま歳を重ねていきたい。
この道の先が、変わり者の嫁すら手を焼くような「ど変態」の道ではない事を願いながら。

