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月1万円の食費制限が教えてくれた回復の秘密


~コンビニ弁当からの脱出~

シリーズを読み続けてくださっている皆さんへ

前回は自分を責める声を静める方法についてお話ししました。川のせせらぎからの気づき、表現活動の大切さ、そして光療法の工夫など、多くの方から「実践してみます」というコメントをいただき、嬉しく思います。

今日は、私の回復過程で予想外に大きな影響を与えた「食生活の変化」についてお話しします。これは医学的なアドバイスではなく、あくまで私個人の体験談ですが、81歳になった今も続けている食習慣の原点となった体験です。

皮肉なことに、この変化をもたらしたのは「経済的困窮」でした。うつ病で働けなくなったことによる収入断絶が、結果的に健康改善のきっかけとなったのです。

土木現場での食事は全てコンビニ弁当だった

まず、うつ病になる前の私の食生活についてお話しします。

単身生活で、土木現場での長時間労働を続けていました。朝早くから夜遅くまで現場にいて、帰宅すると疲労で何もする気力がありませんでした。当然、自炊なんて考えられません。

3食から4食、すべてがコンビニ弁当でした。

朝はおにぎりとコーヒー。昼は幕の内弁当かカツ丼。夕方にはパンかサンドイッチ。深夜にはカップ麺やお弁当。この生活が何年も続いていました。

「一生懸命受験勉強でもやっていれば、もっと違う人生ができたんじゃないか?」

そんな後悔を抱えながらも、現実は厳しく、日々をこなすことで精一杯でした。

特に深刻だったのは、将来への不安です。転職を繰り返していたため、「定年になっても退職金は入らない。死ぬまで働かないといけない。」という覚悟で生きていました。

そのため、2000年頃からインターネットでの副業を真剣に考えるようになりました。夜中まで副業の勉強をして、睡眠時間は4時間もなかったかもしれません。そのツケが、63歳でのうつ病発症につながったのだと思います。

コンビニ食品は便利でしたが、今思えば、添加物や保存料、そして大量の小麦製品、加工肉、安価な植物油、精製糖、問題のある乳製品に囲まれた食生活でした。

月1万円という現実が突きつけた選択

2007年4月、あの絶望的な目眩で出勤できなくなり、会社を退職しました。

収入が完全に断絶されました。

生活費を切り詰めなければならない中で、食費に使えるのは月1万円程度が限界でした。これは、当時の私にとって非常に厳しい制約でした。

計算してみてください。1日あたり約330円です。コンビニ弁当なら1食500円以上しますから、1日1食しか食べられません。これでは生きていけません。

「自炊するしかない」

60代になって、人生で初めて本格的な自炊を始めることになりました。

最初は戸惑いました。何を買えばいいのか、どう調理すればいいのか、全く分かりませんでした。でも、生きるためには覚えるしかありません。

限られた予算で買える食材を考えました。

:5キロで2000円程度。これで約1ヶ月もちます。 :10個で200円程度。タンパク質の貴重な源です。 基本的な野菜:キャベツ、玉ねぎ、人参など、安価で日持ちするもの。 :見切り品や特売の際に購入。冷凍保存で日持ちさせました。

調味料は、塩、醤油、味噌から始めました。

この食材選択は、必然的に多くのものを除外することになりました。パンや麺類(小麦製品)、マヨネーズやドレッシング(加工植物油)、牛乳やチーズ(乳製品)、お菓子やジュース(精製糖)。

これらは、コンビニ弁当には大量に含まれていましたが、月1万円の食費では手が出ないものばかりでした。

体の変化は予想以上だった

自炊を始めて1ヶ月ほど経った頃、明らかな変化を感じました。

まず、体のだるさが軽減されました。朝起きた時の「重い鎧をかぶっているような感覚」が、少しずつですが和らいできたのです。

これまで、この症状が薬の副作用なのか、病気そのものの症状なのか、主治医にも判断がつかない状況でした。でも、食事を変えてから体の重さが改善されてきたのは事実でした。

次に、心の状態も安定してきました。以前は天気が曇っていると1日中気分が晴れませんでしたが、その影響も少し軽くなったような気がしました。

もちろん、同時期に光療法の工夫も続けていました。自然光蛍光灯が買えないので、家庭用蛍光灯の下で顔を上に向け、目をつぶって光を浴びる。「完璧でなくても、何もしないより良い」という発想で続けていました。

運動については、日常生活の動作でさえ困難な状況でしたが、真向法という一人でできる体操を時々やっていました。

これらの要素が組み合わさって、徐々に体調が改善していったのだと思います。

経済的制約が教えてくれたシンプルな食事の力

振り返ってみると、月1万円という制約は災い転じて福となす体験でした。

お金がないからこそ、余計なものを買えなくなりました。加工食品、インスタント食品、お菓子、清涼飲料水。これらを一切摂取しなくなったのは、節約の結果でした。

代わりに口にするのは、米、卵、野菜、魚という基本的な食材だけ。調理方法も、茹でる、焼く、蒸すという簡単なものでした。

「こんなに質素で大丈夫だろうか」と最初は心配でしたが、体は正直でした。だるさが取れ、頭もすっきりしてきて、心の状態も安定してきました。

これは私個人の体験であり、すべての人に同じ効果があるとは限りません。でも、食事と心身の状態には確実に関連性があることを、身をもって体験しました。

81歳の今も続けているシンプル食生活

Web制作の仕事をしながらnote330日連続投稿を続けている今も、基本的な食事スタイルは変わっていません。

米、卵、野菜、魚、肉を中心とした食事。調味料もシンプル。加工食品は最小限。

炭砿での坑内係員から土木現場監督まで、様々な職種を経験してきましたが、どの現場でも「働く人の食生活」の問題を見てきました。忙しさのあまり、コンビニ食品や外食に頼らざるを得ない現実。

でも、経済的制約という「強制力」がなければ、私も食生活を変えることはできなかったでしょう。

18年間薬に頼らず安定した生活を続けられているのは、この食事習慣も一つの要因だと感じています。

あなたでも始められる段階的改善法

「いきなり食生活を変えるのは無理」という方のために、段階的な改善方法をお伝えします。

段階1:現状把握(1週間)

1週間の食費と食事内容を記録してください

コンビニ食品の割合を確認してください

無理に変える必要はありません、まず現実を知ることから

段階2:予算設定と基本食材の導入(2週間目)

無理のない食費目標を設定してください(現在の8割程度から)

米、卵、季節野菜、魚、肉という基本五品目を意識してください

調味料は塩、醤油、味噌から始めてください

段階3:簡単な自炊の開始(3週間目以降)

卵かけご飯から始める簡単調理

野菜を茹でる、魚を焼くという基本調理

作り置きと冷凍保存を活用してください

継続のコツ

完璧を求めないでください(週に2-3回の自炊から始めても十分)

体調の変化を記録してください

食費の節約効果も実感してください

私の場合は「月1万円」という極限状態でしたが、あなたはもっと余裕のある範囲で始めてください。大切なのは、シンプルな食材の力を体験することです。

次回予告:ついに有料記事で全てを公開

食生活改善は、私の回復の一要素に過ぎませんでした。でも、体の土台が安定したことで、心の回復も進んだのだと思います。

次回は、いよいよ有料記事(300円)で、完全回復への実践ロードマップを公開します。

心の支えシステムの構築方法

表現活動から他者貢献への発展過程

18年間安定を維持している具体的な生活システム

薬を手放すまでの詳細記録

30日間実践プログラム(チェックリスト付き)

無料記事では触れられなかった、より深い体験と具体的な実践方法を包み隠さずお伝えします。信仰との出会いという個人的な体験も含め、回復への完全なロードマップを提供します。

経済的困窮というピンチが、健康改善というチャンスに変わった体験。これも、きっと大いなる計画の一部だったのかもしれません。

あなたの食生活改善の一歩が、回復への大きな前進になることを心から願っています。

※この記事は著者の個人的な体験に基づくものであり、医学的・栄養学的アドバイスではありません。食事制限や食生活の大幅な変更を行う場合は、必ず専門医や栄養士と相談してください。

次回: ここまで3回のシリーズを通して、私が鬱改善の中で得た大切な気づきをお伝えしました。

最終回では、実際に日常で取り組める具体的なステップを「完全回復への実践ロードマップ~薬を手放すまでの全記録(18年安定プログラム付き)」【有料記事300円】として整理しました。

無料部分で紹介した内容だけでも役立ちますが、もっと実践的に深めたい方は、ぜひ後半部分(有料300円)をご覧ください。

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