短編【ひょんなモノ】小説
ひょんな事でもない限り猫なんて飼えないだろうと思い、ひょんな事がないか毎日注意深く生活をしていたのだけれど、ひょんな事からひょんなモノを拾ってしまった。
晴臣の興奮して上ずった声が耳もとに響いたのは一週間前の事だった。普段から高めの声がさらに高くなっている。
「本当だよ!本当だってばあ!ちょっと来て!あ!布団!布団持って来て!」
二十歳にしては顔も声も幼い弟が興奮しながら言っている。その声はいつもより幼く聞こえる。
受話器の向こう側の晴臣が言う事は要領を得なかった。にわかに信じがたい事ではあったけど、私は晴臣の言う通り毛布を持って団地の部屋を出た。
晴臣は布団を持ってきてと言ったけど、布団を持って団地の三階から階段を駆け降りるのは流石にきついと思って私は薄手の毛布を掴んだ。
団地のエレベーターを使えばいい事ではあるけれど、私たちが住んでいる団地の部屋は中央のエレベーターから一番遠くにあった。それは団地の端にある階段から一番近い事を意味している。
晴臣の緊迫した声から事は急を要すると判断した私は、十二階まである市営団地のエレベーターを待つよりも階段を使った方がいいと判断した。その判断から導き出された答えが軽い毛布を持って走るという事だった。
私たちが住んでいる団地の周辺は夜の八時を過ぎると急に人気がなくなる。今は夜の十時を過ぎていた。
団地から少し離れたところに自動販売機があって、晴臣はその自動販売機に自分のコーラと私のホットココアを買いに行った。
それからしばらくして晴臣が
「ダンボールの中に裸の人が!」
入っていると慌てて電話をかけてきたのだ。
久しぶりに階段を駆け降りて乳酸が溜まった太めの、ちょっとだけ太めの脚を動かして重々しく走る私を見て晴臣が、こっちこっちと手招きをする。
私は晴臣の近くまで駆け寄ると薄手の毛布を胸に抱きしめながら息を整える。息が上がって声の出ない私から晴臣は毛布を剥ぎとると、自動販売機の横に置いてある大きなダンボールの中に入れた。
「だめだよコレじゃあ!布団だっていったのに!」
晴臣は薄手の毛布をダンボールの中の人に掛けながら言った。ダンボールの中の人は青白い肌をしていた。柔らかそうな薄茶色の髪質の顎のラインが綺麗な男性が、窮屈そうに手足を曲げて横になっていた。
晴臣が毛布をかけたので本当に裸なのかは分からなかった。だけど下着姿だとしても十二月の夜に。気温も五度は下回っているかもれないこんな時期にダンボールの中に放置されているなんて危険だ。
布団がどうのこうの言っている場合じゃない。
息が整った私は晴臣に言った。
「警察は!?警察に連絡したの?」
「まだ」
「何でよ!このままじゃ死んじゃうよ!って言うか生きてるの?私に電話する前に先ずは警察でしょ!」
「だって、この人が」
私は捲したてた後、警察に連絡をするために携帯電話をポケットから出そうとした。だけど私が着ているパジャマにはそもそもポケットがなかった。携帯電話は部屋に置いてきたのだ。
私は晴臣が握っている携帯電話を奪いとって110番のプッシュを押そうとした。
そのとき。
「待って」
ダンボールの中にから声が聞こえた。
「待って下さい。警察は勘弁して下さい」
いつの間にか毛布を肩から羽織った男性がダンボールの中で座ってこっちを見ていた。
青白かった肌は少し温かみを取り戻している。鍛えられた筋肉に端整な顔立ち。
ひょんな事で私たち姉弟はひょんなモノを拾ってしまった。
⇩⇩別の視点の物語⇩⇩
