短編【魂の善悪】小説
連続殺人犯、浅見屋霧人の死刑が執行されたという報道を座頭川良二が知ったのは、浅見屋霧人に声をかけられてから五年後の事だった。
五年前、座頭川良二は故郷の山村から逃げるように上京してきた。座頭川の故郷はいわゆる同和地区で江戸時代から下賤の身分とされた者たちが集まって出来た集落だった。士農工商の身分制度から弾かれた者たちが差別から身を隠すように、ひっそりと暮らしてきた。
戦後になると、所在を失った在日コリアンが各地の同和地区に身を寄せる事になる。それが更なる差別を生んだ。同和地区の日本人と在日コリアンの間に軋轢が生まれたのだ。それにより差別に苦しんだ日本人が、その憂さを晴らすように在日コリアンを差別し始めた。
昭和四十四年、『同和対策事業特別措置法』の制定により環境整備が進んだとはいえ、未だに差別意識は根強く残っていた。
座頭川は在日コリアンの家系で村内でも冷遇されてきた。信じられない事だが、この日本で昭和が終わり平成を経て令和になっても差別意識は残っていた。
一説によれば、人が人を差別するのは脳内ホルモンのひとつ、オキシトシンが関与しているらしい。オキシトシンは愛情のホルモンとも呼ばれ、愛情と信頼の感情を作り出す。そんなオキシトシンが何故、差別意識をも作り出すのか。それは、同胞の絆を深めるために、それ以外の者を敵視するためだと言う。
光を際立たせるためには闇が必要であるように、愛情を生むためには憎悪が必要なのだ。
座頭川はそんな故郷も家族も捨て、何のあてもなく東京にきた。東京に出てくれば何かが変わると思っていた。ところが状況は何ひとつ変わらず、それどころか一層悪くなった。僅かな金を持って、しばらくはネットカフェで寝て過ごしていたが、ついに住処を借りる事が出来ず、日雇い労働で日銭を稼ぎ、いつしかホームレスへと身を落としていた。
故郷に居た時の方が、まだ仕事があったし住処もあった。
「人間は平和の為に身を尽くす経験も、快楽で生き物を殺す経験も、男になって女を犯す経験も、女になって愛される経験も、他人の秘密を暴く経験も、孤児に愛情を注ぐ経験も、放火して興奮する経験も、男根を切り落とす経験も、神を信仰する経験も、神を冒涜する経験も、長生きをする経験も、自殺をする経験も、金持ちに成る経験も、貧乏に成る経験も、薬に溺れる経験も、夢を与える経験も、尊敬される経験も、軽蔑される経験も、人を騙す経験も、騙される経験も、親を殺す経験も、子供を殺す経験も、国を憂う経験も、国を売る経験も、人を殺す経験も、そして…他人に殺される経験もしなくては成らない。魂の経験に善悪はない」
そう言ったのが浅見屋霧人だった。
座頭川が浅見屋霧人に出会ったのは神社の境内だった。年末年始や祭日以外は誰もやってこない、そんな寂れた神社だった。座頭川は日雇いの仕事がない時は一日中、この神社にいた。何をするでもなく、空を眺めたり自慰行為をしたりしていた。
その日は雨が降っていた。座頭川は日雇い現場でヘマをして非道い罵声を浴びせられた事を思い出して膝を抱えて縮こまり「殺してやる、殺してやる」と呟いていた。
「それなら、殺ってしまえばいい」
突然の声に座頭川は驚き顔を上げた。
そこには、異常な程に痩せていて顔色の悪い長髪の男がいた。それが浅見屋霧人だった。浅見屋は言った。「殺したいなら殺せばいい。愛したいなら愛せばいい。それが魂の欲求だ。魂の経験に善悪は無いんだ」そう言って浅見屋は雨に打たれながら優しく微笑んだ。
浅見屋と出会ってからの五年間、座頭川は何度も何度も人を殺してやろうと思った。しかし、その度に思いとどまっていた。それは、良心というブレーキが押さえ込んでいたという訳ではなく、殺意の覚悟というアクセルが弱かったからだ。
その浅見屋霧人の死刑が執行されたと知ったとき、座頭川の決意は固まった。
座頭川良二はその日の内にホームセンターでキャンプ用の鉈を購入して、十数年ぶりに故郷へ帰った。
⇩⇩別の視点の物語⇩⇩
