短編【魂の経験】小説
連続殺人犯、浅見屋霧人が捕まったという報道を三条清彦が知ったのは、八日後の事だった。
八日前、中学二年の三条は公園のベンチに座って砂場をうろうろしている一匹の猫を見ていた。
本来なら教室の椅子に座っている時間だ。
三条は所々ペンキが剥げかけたベンチに座って理由を探していた。
学校を無断で休んだ理由を。
学校でいじめられていたという訳でもなく。
授業について行けないという訳でもなかった。
衝動的に行きたくなくなったのだ。
やばい。行かなきゃ、学校に行かなきゃ。
と三条は思いながらも足は通学路を外れ商店街を通り抜けた。
そして普段は使わない駅まで歩き知らない公園のベンチに座って、二時間が過ぎてしまった。
困った。
理由がない。
親に、先生に、なんて言い訳をしよう。
やっぱり僕は、おかしいのだろうか。
いや、そうじゃない。
僕はおかしくない。
幼い子供が残忍な方法で虫を殺すなんて事はよくある事だという。
だから僕が子供の頃にやった事もおかしい事じゃない。
その証拠に、あの猫を見ても何とも思わないじゃないか。
もう何とも思わない。
あの猫の簡単に折れそうな首。
あの猫の簡単に裂けそうな腹。
大丈夫、もう何とも思わない。
「あの猫を殺したいのかい」
背後から突然、男の声がして三条は驚いた。
「そういう目をしている」
「なんですか、いきなり」
「大丈夫。僕は君の……理解者だ」
異常に痩せた顔色の悪い長髪の男は三条の隣のベンチに座った。
そして三条を見て優しく微笑んだ。
その男が浅見屋霧人だった。
「君はこの世に何故生まれてきたんだい?」
「え?」
「人間はね、この世に生まれて来るのは何かしらの意味がある。そういう話を聞いた事があるだろ」
「あの……」
「どう思う?」
「どうって……」
「生まれてくる事には意味がある。やるべき事が有って人は生まれて来る。色々な言い方がある。…でも、人は綺麗事でしか世界を見ない。自分が生まれてきた理由は、人を救うためだとか、人徳を磨くためにとか、そう思い込みたいんだよ」
「あの、なんの話しを」
「君なら理解できるはずだ。あんな目で猫を見る君なら」
「すみません、僕、ちょっと」
三条は、立ち上がってその場から去ろうとした。
浅見屋は骨張った手で三条の手首を掴む。
「人間はね。人間は、平和の為に身を尽くす経験も、快楽で生き物を殺す経験も、男になって女を犯す経験も、女になって愛される経験も、他人の秘密を暴く経験も、孤児に愛情を注ぐ経験も、放火して興奮する経験も、男根を切り落とす経験も、神を信仰する経験も、神を冒涜する経験も、長生きをする経験も、自殺をする経験も、金持ちに成る経験も、貧乏に成る経験も、薬に溺れる経験も、夢を与える経験も、尊敬される経験も、軽蔑される経験も、人を騙す経験も、騙される経験も、親を殺す経験も、子供を殺す経験も、国を憂う経験も、国を売る経験も、人を殺す経験も、そして…他人に殺される経験も………しなくては成らないんだ。何度も何度も生まれ変わってね。魂の経験に善悪はない。だから、君のその衝動も我慢する必要はないんだよ。それは魂の成長の渇望なんだ。たまたま、その経験を積む番が来ただけ。……分かるよね?君なら」
男が去ったあと、三条は下弦の月が輝くまで公園のベンチに座っていた。
浅見屋の言葉が三条を支配していた。
人を愛する気持ちと。
人を殺める気持ちと。
そこに善も悪もない。
どちらも尊い欲望。
理解できる自分が恐ろしかった。
そんな事……きっと誰も理解なんてできない。
三条はぽつりと呟いた。
⇩⇩別の視点の物語⇩⇩
