短編【魂のない奴に】小説
2022年以降のリモート革命により演劇業界の有り様は激変した。
劇場に足を運ぶ者は、よほどの愛好者に限られた。
このことにより観劇人口は減って行ったかに思われた。
しかしその実は逆で統計的に見れば観劇人口はゆるやかな上昇を見せていた。
そのカラクリはリモート演劇の普及により地方の劇団の演劇が全国で視聴可能になったためである。
たしかに中央都市にある劇場の入来者の人数は見るも無惨に落ち込んでいた。
だが、その分、地方の演劇文化が活性したのだ。
しかし二次元平面のモニター画面で観る演劇は、実際に劇場舞台の三次元立体から生まれる圧倒的な臨場感には勝てなかった。
そこに生身の舞台の強みがあった。
ところがVR技術の発展は演劇業界に第二次の革命を起こし、その強みを揺るがした。
2031年、VRゴーグルが作り出す仮想世界のリアリティは6億画素を超えた。
人間の目が解析できるとされる最大画素数5億7600万画素を遥かに超えてたのだ。
これはリモートでありながら実際の劇場となんら変わらない臨場感をVRで体感できる事を意味していた。
演劇は劇場で観る時代ではなくなっていた。
舞台役者、鷲見泉勇人は今回の風変わりな仕事に全く乗り気ではなかった。
所属事務所から言われた仕事内容は脳波計ヘッドギアを被りながら演技をする、というものだった。
確かに役者にしか出来ない仕事ではあるが。
「久しぶりね、鷲見泉君」
仕事現場である羽山バイオ研究所の応接間に案内された鷲見泉を待っていたのは宮下カナコだった。
宮下は、鷲見泉の小学生の時の同窓、いわば幼馴染だった。
中学生からは別々の進路へ進んだので実に13年ぶりの再会である。
今回、鷲見泉に仕事の依頼が来たのは宮下が指名したからだった。
宮下は幼馴染が舞台役者をしていることを知っていたのだ。
つもる話も程々に鷲見泉は宮下から今回の仕事内容の説明を受けた。
宮下カナコは羽山バイオ研究所の【生体iCチップ】研究の中核メンバーだった。
【生体iCチップ】とは遺伝子操作により人口的に造られた塩基配列の集積回路、つまり生きた【iCチップ】の事である。
人間の脳の重さは成人で1200〜1500グラム、大きさでいえば小ぶりのキャベツくらいはある。
脳は思考する以外に生体維持をしたり免疫系統を制御したりと、とにかくやる事が多い。
それを『考える事、判断する事』に特化させれば脳の大きさは小指の第一関節ほどの大きさに収まる。
というのが宮下カナコ率いる研究チームが出した結論だ。
最終的には小指の爪ほどのチップ状にする事が羽山バイオ研究所の目標である。
その【生体iCチップ】が組み込まれたヴァイオノイドに芝居をするという高度な演算能力を持たせる事が出来るのか。
実験は、その段階まで進んでいた。
そのため実際に人間が演技をしているときの脳内活動のデータが必要だった。
それで——。
「俺が呼ばれたってわけか」
「そう。実際の役者からデータを集めようってなった時に、真っ先に君の名前が浮かんで」
「俺が役者をやってるって、何で知っていたんだ」
「そんなの調べれば分かるわ」
「何で調べたんだよ、俺のことを」
ふふ、と宮下は小さく笑った。
13年の月日が経ち、ずいぶんと大人びてしまったが、その笑顔はあの頃のままだと、鷲見泉は思った。
「だけど断るよ」
「え」
「ロボットに演技をさせるなんて、そんな事に役者の俺が手を貸すなんてできない」
「ロボットじゃなくてヴァイオノイドよ」
「どっちだって同じさ。魂のないやつに芝居が分かるわけがない」
「だからこそよ」
「だからこそ?」
「考えが逆なのよ、鷲見泉君。ヴァイオノイドに芝居なんて出来ない。それを貴方が証明するのよ。貴方のデータで、貴方自身の手で。これは、貴方と私の勝負よ」
「……上手いこと言うな」
頭の良さは昔と変わらない。
鷲見泉は宮下と未来を語っていた、遠いあの頃を思い出していた。
⇩⇩別の視点の物語⇩⇩
