短編【山下という男】小説
呼吸が整わない。とにかく酸素を欲している。身体が思うように動かせない。あの一瞬、冷たく感じた下半身が今は熱い。燃えているようだ。
機能を失った足を引きずって必死で両肘だけの力で這い進む。
腰のあたりは温かく粘っこい液体で濡れている。非常事態なのに砂時計のようだと思った。砂時計の砂の最後の一粒が落ちたらお終いというように、腰から流れる体液が尽きれば私の命は……。心臓の悲鳴にもにた脈拍音が耳元で響く。
まさかここまで腕をあげていたとは。手を抜いたわけではなかった。それが悔しい。
「ざまあねえな。時雨。あとは任せろ」
見上げるとザムザードがそこに居た。来るのが遅いんだよ。そう思いながら私の意識は、消滅した。
まさか、時雨が。時雨はどんな相手であっても手を抜くようなことはしない。俺は意識を失って倒れた時雨が、この世界から消えてなくなるまで見届けた。
腰の損傷が酷い。刃物による切り傷か。だとするならば接近戦か。白兵戦は時雨が最も得意とする戦術だ。その時雨を。よほどの手練れか。
「ザムザード。久しぶりじゃないか」
そこには、ぽえむ123が居た。まさか、時雨はこんな奴に負けたのか。
ぽえむ123。段位でいえば俺たちより、はるかに下位だったはず。
俺はフルプレートアーマーの重装備。奴はレザーアーマーをチェインで補強した典型的な中軽装備。
ぽえむ123が跳んだ。
だからお前は駄目なんだよ。空中からの落下による一撃。たしかに体重が乗り、その分、衝撃は倍増する。だが、軌道が読み易く容易に防ぐ事が出来る。
空中からの攻撃は相手が回避不能に陥ったときの、トドメの一撃として行うべきで初手からする戦術ではない。
時雨よ。お前はこの程度の男に倒されたのか。油断こそがお前の最大の難敵だったのだな。
俺は落下しながら太刀を振り下ろしてくる、ぽえむ123の攻撃に合わせて戦斧で迎え撃った。
おそらく、ぽえむ123の太刀は折れるだろう。あれだけの高さに飛び上がり、それなりに体重が掛かっているのだから。俺の頑丈な戦斧の前ではお前の太刀では耐えられない。自分の武器の耐久性も考慮して戦わなければなら……。
「な!」
なに!なんだ、この重さは!この重さは!この衝撃は中軽装備級のそれではない!
俺は戦斧に亀裂が入る感触を感じとり太刀を受けながら咄嗟に戦斧を引き下げた。太刀の力を受け流したのだ。一瞬でも判断が遅れれば破壊したのは俺の戦斧の方だった。
「お前、まさか!チャージングかっ!」
「悪いな。こうでもしなければお前らには勝てないからな」
ぽえむ123はチャージングされた太刀を構えて直した。
「ちくしょー!なんでぇ!」
私はVRゴーグルを頭から外して思わず投げ捨ててしまった。そして慌てて拾う。VRヘッドギアの中では高級機に当たる『プセブデス・プロ』だったのをすっかり忘れてた。危ない危ない。壊れてはないようだ。
それにしても畜生!ぽえむ123のような雑魚にやられてしまうなんて。私は再び『プセブデス・プロ』をかぶる。
目の前にはバーチャル・リアリティ空間が広がる。バトルロワイアルゲーム『セイブズアース』の世界だ。
私はザムザードと、ぽえむ123の戦いを観戦する。今までのぽえむ123の動きではない。ザムザードが、ぽえむ123の猛勢に耐えられず劣勢に追い込まれている。
信じられない。
ま、まさか。ぽえむ123は課金してるのか?しかもかなりの金額とみた。
別にルール違反ではないけれど。
時雨こと三島杏里は、なんだか嫌だなあと思った。
課金しているなら課金勢のバトルフィールドでプレイすべきじゃないのか。ここはほとんど無課金勢がプレイしているフィールドだ。
三島杏里は会ったことのない相手に、ものすごい嫌悪感を抱いた。
【ぽえむ123】こと山下利秀は、そういう男なのだ。
⇩⇩別の視点の物語⇩⇩
