見出し画像

観覧車のあるビル

#創作大賞2026
#エッセイ部門

思い出というのは、断片的な一枚の写真が引き出すものなのかもしれない。

名古屋と聞いて思い出すのは、お城や広い道ではなく、観覧車がついているビルだった。

まだ小学生だったころの正月。どこかへ出かけることもなく、家族が揃っていた日。
うちの前に車が止まる音がした。
ドアが開き、閉まる音がして、ドアチャイムが鳴った。
母が出るとすぐに、「あらぁ」と大きな声を上げた。
そんな母の相手を奥さんに任せて、ごつい人が入ってきた。「おおどうした」
父の驚きまじりの笑顔の先には、“横さん”がいた。

横さんと父は同じグループ企業で働いていたことがあった。
父は電気技術者、横さんは建設会社というつながりから知り合ったのかもしれない。

その辺りはわからないが、とてつもなく恐い顔をした人だということで覚えていた。
何しろ建設会社の現場監督だ。
多少、素性のわからない人もいる現場を仕切るには、迫力というのも求められていたから、ぴったりだったのだろう。

ただ、横さんは実家の名古屋へ引っ越していった。
父とは、その転居以来の再会だった。
とはいえ旧友との再会よりも、横さんの興味は僕だった。

父との軽い挨拶を済ませると、
「覚えているか?」
鬼瓦のような顔を崩した。
忘れようにも、夢に出てきたら泣いてしまうような迫力がある。
うなずくとうれしそうに、「お年玉」といって、その年の最高額となる一万円が入っていた。

恐いのは顔だけで、とにかく優しかった。
とくに子供に恵まれなかった横さんは、まだ幼稚園に通っていたころの僕をかわいがってくれた。

そこからは酒盛りとなり、僕と妹は早めに寝てしまった。
横さんのいびきはすさまじい音だったと、父は起きてから笑いながら話していた。
横さんは笑いながら、何度も小さく頭を下げていた。

僕を「実家まで連れて行きたい」と小さな声で頼んでいた。
正月とはいえ、我が家にはどうせ行くところなどない。
父は軽く、「いいよ」と答えた。
気が変わらないうちにと思ったのか、横さんは奥さんに帰り支度を急がせて、僕を車に乗せてエンジンをかけた。

まるで行ったことのない土地。
高速道路から、夕日の中に建つ、名古屋城が見えた。

実家の人たちとの食事は、中華料理店へ連れて行ってもらった。
横さんは、
「せっかく子供が来ているのに、なぜハンバーグ屋とかに行かないのか」
と自分の親をしかりつけていた。

そこから見たこともないぐらいの大きさの、ゲームセンターへ連れて行ってもらった。
さんざん遊び、横さんの家でいびきを聞きながら寝た。

翌日、名古屋駅まで車で連れて行ってもらい、新幹線の切符を渡された。
通路側のチケットを僕に渡すとき。
「窓際の人に『子供だから、替わってください』というんだぞ」
横さんの言葉に、うなずいてから乗り込んだ。

席に着くと、恐い顔をくしゃくしゃにして泣いている横さんが、窓から見えた。
それが横さんに会った最後だった。

家に客が来ている時は、誰であろうと歓迎してうれしそうに話をする父だったが、彼らが帰る時間になると、きまって黙って部屋に入り出てこなかった。

どんな小さな別れであっても、避けようとするのだ。

そんな父は気管支ぜんそくの重い持病をもっていたこともあって、
「自分は知り合いのだれよりも早く死にたい。そしてみんなに『いいやつだった』と泣いてもらうんだ」
と言っていた。
その願いは、ほぼ叶ったといってもいい。
ただ唯一、父より先に逝くことでその願いを裏切ったのは、横さんだった。

知らせは突然の電話だった。母が台所仕事をしていたので、父が電話を取った。
明るかった返事が一瞬で沈黙に変わった。
そして母を呼び受話器を渡した。
横さんが亡くなったという奥さんからの知らせだった。

大腸がんで、ごつかった身体は骨と皮のようになっていたという。
その姿を見られたくないと、だれにも知らせなかったと聞いた。
母は奥さんを慰めながら、受話器を握り泣いていた。
父はテレビの画面に顔がつきそうなぐらい近づいて、立膝をついてじっとしていた。
視線はテレビに向いているが、見ていないのと同じだ。
ただ黙って動かず、立てた膝を手でしっかり握っていた。

17時4分。

数年後、父は横さんが亡くなったのと同じ時間に逝った。
願いを叶えなかった横さんが迎えに来て、恐い顔を崩しながら、父に謝っているのかもしれない。
同じ時間と聞いたとき、そんなことを思った。

大人になり、年下の友人が名古屋に住んでいたことから、遊びに行ったことがある。
車で様々なところを案内してくれた。
ぽつりと、
「小さかったからよく覚えてないけど、観覧車がついたビルがあったのを覚えているんだ」
そう言うと友人は、
「ああ多分わかります」と車を走らせた。
すると、その観覧車が現れた。
それとともにぼやけていた、横さんの恐く優しい顔がはっきりと浮かんだ。

古い記憶というのは、意外に引き出しさえ見つければ思い出せる。
横さんのことを知らない友人にも、そのときのエピソードを語ることができる。
一度出てくると、話はどんどん広がっていく。

横さんが亡くなってから、ほとんど思い出すことはなかった。
それが「観覧車のあるビル」を見た瞬間、声や笑顔、泣き顔、そして大きないびきまでがよみがえった。

年を取って、寿命からして当然というこの世の去り方ではなく、会話の中で生き生きと浮かび上がる。
「観覧車のあるビル」のような、思い出の象徴。
父が望んだのは、こういう存在だったのかもしれない。
僕はいくつ、そんな記憶をもっているのだろうか。

※一本ずつ独立したエッセイ。以下はテーマが同じもののリンクです。

父についての連作エッセイ①
逃げ場所は映画館

父についての連作エッセイ②
星は威張らない

父についての連作エッセイ③
照れくさそうに見続けた父

父についての連作エッセイ④
”いい男”が墓参りに来なくなった日



いいなと思ったら応援しよう!

紘野涼 チップありがとうございます!神宮球場での観戦費用として使わせていただきます。

この記事が参加している募集