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星からもらった名前

その人の名前は、星となっていまだに生きている。
父が、照れくささから伝えていなかった私の名前の由来だ。

自分の名前の由来を知ったのは、父の四十九日に和食店で食事をしているときだった。
まだ若かったが、私は長男として、弔問客の相手をしていた。
その中にいたのが、幼いころかわいがってくれた人だった。

若い父は、渋谷の象徴であった東急文化会館で働いていたころが、もっとも楽しく仕事をしていた時代だったことを、子供ながらにその表情や仲間たちとの交流から感じていた。
そのうちにひとりであるNさんを向かい合い、私の知らない父の話を聞いていた。
何がきっかけかはわからない。
私の名前の話になった。

小学生のころ、宿題で「自分の名前の由来」を尋ねるものがあった。
父に聞くと、面倒くさそうに
「語呂がいいからな。それと、まあ、俺の名前が一文字だからだろ」
と素っ気なく答えた。
ただNさんの話で、それが違うことを知った。

まだ私が生まれる前の頃だ。
「ああいう人が偉いというんだ」とつぶやいたという。
自分の部下たちに「お疲れ様」と一人一人に頭を下げるYさん、アルバイトや掃除夫にも視線を合わせて「ご苦労様」と穏やかに声をかけていた。
アルバイトが「あのおじさん誰ですか?」と近くの人に聞き「うちの専務」と答えた声が聞こえたときにも、笑顔を見せていた。
父はそんなYさんの姿を見て、感動したようだ。

「威張る人」を嫌った父は、周囲の人を呼び捨てにしないだけでなく、息子の私にさえ幼いころから君付けで呼び続けた。
誰に聞いても「優しい」といわれる父だが、恐いという人もいた。
穏やかな人ではあったが、目下に強く当たる人には、無言で圧を掛ける人だった。
学生アルバイトに無茶な命令をしている人がいたとき、遠慮なく平手を飛ばした父の姿を見て驚いた同僚がいた。
「威張るやつには、威張っていいんだ」
それが父の理屈だった。

私が生まれて、同僚たちが名前を聞くと、Yさんと同じだったことで、仲間たちは悟ったという。
ただ父は人付き合いこそいいが、照れ屋であったため、
「Yさんの名前をもらった」
ことに触れる人はいなかった。
その頃より老けたNさんが、
「照れくさくて言えなかったんだよ」
とビールを一気飲みほすと、コップを強めに置いて遺影に目を移した。
照れくさそうに笑顔を浮かべている写真だ。
それからしばらく動かず、目を赤くしながら穏やかな笑顔を浮かべ、静かにうなずいた。

それから数年後、ふと思い出してYさんの名前を打ち込んだ。
いくつかのエピソードが見つけられたが、その中に異質なものあった。
それは、Yさんの名前を星の名前として紹介しているものだった。

東急文化会館は渋谷のひとつのシンボルだった。
その姿の中でも人々の印象に残るのは、屋上に銀色の帽子のようなドーム。
まるで渋谷の雑踏を見下ろすようにあり、四季によって色が変わって見えた。
その中は星がきらめくプラネタリウムだった。

すでに父が他の会社へ移っていたため知らなかったが、キャリアの最後にYさんはプラネタリウムの名誉館長をしていたという。
そこには、天文学者の卵たちが働いていた。
そんな若者に対しても、礼節を忘れず威張らず、穏やかにYさんは接していたという。

そしてYさんの死後、そのうちの数人がある星を見つけた。
未発見の星を見つけると、命名権が得られる。
彼らは迷いなく、Yさんの名前を付けた。
もうすでに東急の人間ではなく、Yさんは亡くなっている。
気遣いで付ける意味などない。
ただ「あの人の名前を永遠に残したい」理由はそれだけだった。

「まさか星の名前になるほどの人だったとは…」
自分の名前の大きさに、驚いたと同時に、父の人を見る目の正しさがわかり、奇妙な喜びが心の中にあふれた。
それと同時に、あまりに存在が大き過ぎて、天井を向いてため息をついた。

遠くて見えなくても、確実に自分が見上げた空の中に、Yさんの名前を冠した星がある。
常にみられている感覚だ。
このことを知ってから、天からの視線が父だけでなく、Yさんのものも加わったような気がして、いい意味での緊張感と見守ってもらっているという安心感が、共存した不思議な気持ちが生まれた。

そんな人の名前を私はもらった。
父は、Yさんのように出世をしてほしくてつけたのではないはずだ。
それより、どんな相手に対してもしっかりと向き合う、人との接し方を私の名前に思いを込めたのだろう。
名前の由来を教えてくれたNさんは、「Yさんと同じぐらい、まっすぐで優しく人と接する人だったよ」父のことを懐かしそうに私に伝えてくれた。

それは父がYさんのように生きたいと、そんな思いがあったからだろう。
そして息子の私にも、それを受け継いでほしいと願っていたに違いない。

Yさんの名前がついた星は、説明されてもわからないぐらい小さな星だ。
見ることができないのだから、光を感じることもできない。
ただYさんから父へ、そして私へと受け継ごうとしたものを少しは理解して行動しているつもりだ。
空からYさんと父が見つめ続けている。
「今の自分は間違っていないか」
その問いかけに答えてくれる声はもうない。
遠い小さな星からの光は、気づかないうちに届いているのだろう。

父との思い出エッセイ集【物語的起承転結版・最新版】

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他のエッセイは、

紘野涼のフリーハンド紹介 

はこちらにあります。

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